005


3年前、俺の父の兄の妻であり、光の母親である人が死んだ。
昔から体の弱い人で、よくベッドに臥せっていたが、緩やかにその命は尽きていった。
一人娘を失ったことで、お爺様も先立っていた妻と娘を追うように、あっけなく亡くなってしまった。

光の母は、父に愛想をつかして家を出て行った俺の母親と違い、朗らかで優しく、俺にもあたたかい人だった。

光はそんな母親にそっくりで、美しく成長した。
ただ、明るかった母親と違うところは、光はすっかり元気をなくし、無口になってしまったこと。

俺はしばらく光の笑顔を見ていない。


そしてその母親が亡くなってから、花城家はゆっくりと傾いている。
現在代表を務めている光の父親と、それをサポートしている光の父親の弟…俺の父には、これだけの大財閥を支える手腕がなかった。
そこで伯父と父が考え付いた、この家を救う方法というのが…

…光と有名財閥の御曹司の次男坊との結婚だ。


「光。次の土曜は九条家との食事会だ。予定を開けておきなさい。」

夕食時、伯父が物言わせぬ尊大な態度で言った。光はほとんど手を付けていない自分の皿を見つめてうつむいた。

「…はい」

九条家とは、花城家と並ぶ財閥の家系で、そこの次男である九条壮真との縁談が出ている。代々続く御曹司を婿養子にとり、九条家の力で花城家を立て直してもらおうという情けない魂胆だ。

「光臣も出席するんだぞ。」

俺の父が付け加えて、俺は遠慮なくうんざりした顔をした。

「…はいはい」

珍しく家に呼ばれるといつもこうして面倒を言いつけられる。早く学校の寮に帰りたい。
家での食事は、味がしない。



***



「九条壮真と申します。」

土曜日、料亭の一室で、九条家との顔合わせが行われた。
光の婚約者は、今年20歳になる大学生で、真面目そうな奴だ。

つまらない親同士の会話を聞き流しながら、婚約者の会話にぎこちなく相槌を打つ光を見る。まだ高校生で、もう結婚相手が決まっているなんて…つまらない人生だ。

俺の父親たちが、花城家に寄生するのをやめれば、光は自由になれるのに。

「光さんは、今高校1年生でしたよね。」
「はい…」
「結婚なんて、まだ…実感がわきませんよね。」
「……。」
「あの…僕は少しずつ、お互いのことを知っていけたらと思っています。今度一緒にドライブにでも行きませんか?」
「あ…。」

浮かない顔でうつむいてしまう光。
相手は光のこと、まんざらでもなさそうだが。光は思い切り、憂鬱さを漂わせている。

「…無駄ですよ。こいつ、愛想ないから…退屈なだけですよ。」
「…光臣!口を慎みなさい!」

自棄気味に嘲笑すると、すかさず父に叱られた。
九条家に光が気に入られないと、花城家はいよいよまずいのだ。けど…父たちが花城家から手を引けば、光一人ならば、生きていくのに不自由がないだけの金は残るはずだ。
それを光を犠牲に、まだ甘い汁を吸おうとしているのだから…反吐が出る。
こんな席、ぶち壊したっていいんだ。

「…そうだ!壮真、光さんと少しお散歩してきたら?」

気を使ったように、壮真の母親が言った。上品で物腰の柔らかい人だ。

「そうですね。光さん、行きましょう。」
「…。…はい…」

光は父親の顔を見て、諦めたように立ち上がった。



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