006

「降谷、ヤバいよな〜」
「ああ、あいつはすぐ上がってくるだろ」
「亮さんの弟もなかなか…」

今日は半日オフの日。午後の昼下がり、気晴らしに出かけて倉持たちと川沿いを歩いていても、話題は野球のことばかり。
五月晴れの暖かい陽気に眠気を誘われながら、皆の話を聞き流す。

「あ…おい!あれ!」

すると倉持が声を上げて話が中断した。

「あそこのベンチに座ってるの、花城さんじゃねぇ?」

なに?

即座に倉持の言うベンチを見ると、確かに、川沿いの土手のベンチに腰掛ける、キレーな女の子がいた。春の優しい風に髪をなびかせ、いつもの制服と違って上品な白いワンピース姿の花城は、まるで妖精のようだ。

「キレーだな…」
「ああ…」

その場に立ち止まってぽかんと見とれる奴らを置いて、俺は足を速めた。

「花ちゃんやっほ〜♡」
「!!?」

遠巻きにぎょっと息をのむ倉持たちは放っておき、目を丸くして俺を見上げた花城を見つめる。

「今日いつもと雰囲気違うね。カワイー♡」
「……。」

花城の目は、すぐに呆れたように細められた。

「…あっち行ってください」
「え?なんで?誰かと待ち合わせ?」
「いや…。」

気まずそうに口ごもる花城。まさか…

「まさかデート!?」
「は?」

花城はその上品な見た目とは対照的な軽蔑のまなざしを俺に向けた。

「はっはっは!その顔!いーねぇおもしれー笑」
「なに…もう…、いいから早くどっか行ってください!」

花城が立ち上がった時、近づいてくる男に気づいた。
少し年上で、整った凛々しい顔つきの、真面目そうな男…。スーツ姿で、両手にすぐ目の前のカフェ店のロゴがついたプラスチックカップのコーヒーを持っている。

「光さん…知り合い?」

コーヒーを一つ花城に手渡しながら男が尋ねた。俺の頭ははてなでいっぱいだ。
この男は一体…。

「学校の、先輩で…」
「ああ、そうなんだ。こんにちは。」
「…こんにちは。」

悪い奴ではなさそうだが…花城との関係が気になる…。

「僕のことは気にしないで、話してきていいですよ。」

男は親切にも花城にそう促した。

「いえ、大丈夫です」

しかし花城はぴしゃりと、俺を見もせずに断った。

「冷たいな〜」
「うるさいです!あの…行きましょう」
「あ…はい」

そして俺を放置して、いいんですか?と気遣う男にうなずき、花城は行ってしまった。

「おい御幸!」

二人が遠ざかると、倉持たちが俺に駆け寄ってきた。

「今の男、誰!?」
「花城さんの彼氏!?」
「いや…そういうわけじゃなさそうだったけど」
「じゃあ誰?」
「さあ…」

それは俺も知りたい。
まあ、関係ないけど…。妙に引っかかる。



***



「はっなしろ〜」
「……。」

1年の廊下で花城を呼び止めると、花城はうっとうしそうに眉をひそめて俺をにらんだ。

「一昨日はどーも♡」
「あぁ…」
「つめたっ!花城、会うたびに俺に冷たくなってない!?」
「そうですか?」

つれない態度で歩く花城の後をついていく。

「なあ、この前の人だれ?」
「…知り合いです。」
「彼氏?」
「違います。」
「てっきりデートでもしてんのかと…」
「……。」

花城の顔が一瞬暗く沈んで、だけどそれを隠すように俺を見上げてにらみつけた。

「御幸先輩に関係ないですよね。」
「そーだけど、気になるじゃん。」
「ほっといてください。」

ツンとした態度の花城になんてからかってやろうかと考えたとき、右肩にずしりと重みが乗ってきた。

「よお御幸、楽しそうだなァ?」

…倉持だ。

「花城さん、こんにちは♪」

上機嫌で花城に挨拶をする倉持。花城は戸惑いつつ、ぺこりとうなずく。

「こいつが迷惑かけてるみたいですんません!俺がシメとくんで困ったらいつでも言ってください!」
「何お前、エラソーに」
「うるせえデブ、黙ってろ!花城さんに軽々しく近づくなって哲さんに言われてんだろーが!」
「それはお前もじゃん」
「俺はお前みてぇに軽々しくねーからいいんだよ!」
「なにソレ…」

「あの…」

言い争う俺たちを交互に見上げ、花城が戸惑いを言葉にした。

「結城先輩のこと…何の話ですか?」

あ…。
そうか、あの言葉、花城は知らないのか。
やべえ、花城が哲さんのことを怪しんでいる。口を滑らせた倉持も少し青くなっている。

「いや〜、俺らもよくわかんねーけど…なんか、花城の友達から言われたらしいけど?」
「…?」

ますます混乱する花城。だけど、俺たちもこれ以上の説明はできない。
哲さんのあの言葉は、俺たちにとっても謎なのだ。

「…あの。」

控えめに、割って入る声がした。
振り向くと、ぎこちなくはにかんだ速水が立っていて、俺たちの顔を順番に見ていた。

「ごめん。花城さんを探してたんだけど…」

速水がそう言って少し顔を赤らめると、花城も少し頬を赤くした。

「珍しい組み合わせだけど…何話してたの?」

窺うような速水の視線から逃れるように、俺は倉持を見た。

「いや…特に何も。」

そう返すと、速水はまた花城を見る。

「そっか、じゃ…ちょっと花城さん、いいかな?」
「…はい。」

花城はちょっと横目で俺を見上げて、速水の後についていった。

「え…、速水と花城さんってどういう…!?」

わなわな震えだす倉持。
ああもう…花城、男の影が多すぎる。

「花城、モテるからな〜…」
「え!?じゃあやっぱ…そういう…!?」
「速水が気があるらしいよ。」
「ええ…!?くっ…!速水かよォ〜…!!」

あいつ顔がいいからな…、とうなだれる倉持に苦笑して、俺は小さく溜息を吐いた。

ALICE+