「ねえ!見て見てコレ!」
ある日鷹野が野球雑誌を持ってきて、俺と花城さんの前に広げて見せた。
「これ、御幸先輩でしょ!」
鷹野が開いたページには確かに御幸先輩の記事が載っている。天才捕手御幸一也、プロが注目する今期待の高校球児…。
「本当にすごい人なんだね〜。1年から正捕手に選ばれたんだぁ!ウチの兄貴とは大違い!」
「鷹野のお兄さんも野球やってるの?」
「一応ね〜。強豪でやりたいって稲実行ったけど、まだ一度も試合出れてないよ。」
「そーなんだ…」
「中学の時はいってたシニアが弱小チームでエースナンバー背負えてたから、調子に乗ったんだよね〜。」
うっ…。そ、それは俺の胸にも刺さる。
「将来はプロ野球選手?しかもイケメンだし!御幸先輩、めちゃくちゃモテるだろうな〜!」
「あー、うん…練習見に来てる女子、結構いるよ」
「へええ〜やっぱり!ねー光、うちらも見に行く〜?」
面白そうだしー、東条君も見れるしー、とからかうように言う鷹野。
「…え?」
だけど花城はきょとんとして、俺と鷹野の顔を交互に見て、はっと息をのんだ。
「…ごめん、ぼーっとしてた」
「え〜光大丈夫?」
「ごめん…寝不足で。」
「体調悪いの?」
「大丈夫。」
花城さん、今日はどこか、心ここにあらず…だ。
何かあったのかな…?
花城さんは少し落ち込んだような顔で、じっと記事を見つめていた。
***
「あの。花城さん、呼んでくれる?」
昼休み。廊下で俺を呼び止めたのは、あのイケメンの速水先輩。
「あ…はい。」
初めて花城さんを呼び出してから、この人は週に1,2回くらいの頻度で花城さんに会いに来る。付き合うのも秒読みじゃないか…と、クラスでは噂になっている…。
俺は教室に入って、花城さんを探した。
花城さんは女子の輪の中にいて、廊下からは見えない場所にいた。
「あの…花城さん。また速水先輩、来てるけど…」
「おお〜!?速水先輩、相変わらずベタ惚れだね〜!」
声をかけると盛り上がる女子たち。いってらっしゃーい、と背中を押された花城さんは、しかし、困ったように俺を見た。
「…いないって言ってくれる?」
「え?」
申し訳なさそうに言った花城さんを、俺も女子たちも驚いて見つめた。
「えー光ちゃんなんで!?」
「何かあったの?」
「いや、そうじゃないけど…ごめん東条君、いい?」
「い、いいけど…。」
花城さんに任を託された俺は困惑しつつもうなずいて、廊下に戻った。
期待しているような笑みで待っていた速水先輩に声をかけるのは少し気が引けた。
「あの…すみません、今、花城さんいなくて。」
「え、あ…そうなんだ。今日休み?」
「いや、来てはいるんですけど…どこか行ったみたいで。」
「あー…そうなんだ」
速水先輩は明らかに落胆して、照れくさそうに苦笑して、分かった、ありがとう、と言った。
先輩なのに腰が低くて優しくて、いい人だと思うけど…。
それに、すごくイケメンだし。
花城さんはどうして…。
だけど、少しほっとしている自分もいて…。
俺はモヤモヤを振り払って、教室に戻った。