花城と歩く夜道は、街灯も少なく真っ暗で、静まり返っている。
隣を歩く花城は、ずっとどこか申し訳なさそうにして歩いている。
やがて俺の家の前を通りかかると、花城はうつむいていた顔を上げて立ち止まった。
「あの。本当に…もうここで大丈夫です。」
「いや、家の前まで送る。」
あまりに遠慮する花城には、多少強引にいかないといけないらしい。
「気にするな、いい運動だ。」
「…すみません」
ゆっくりと歩きだす。
もっと、花城の家が遠くてもいいのに。そう考えて、だけどそうすると、こうして送ることもできなかったのかと気づき、やっぱりだめだと考えを改めた。
「俺は、久しぶりに花城と話せて嬉しいぞ。」
「え…。」
「昔、そこの公園で、よく鷹野と遊んでたよな。」
俺の家の少し北にある広い公園。
俺は友人や弟とキャッチボールや野球ごっこをして遊んでいて、鷹野と花城はよく二人で遊具やベンチに座っておしゃべりをしていた。
花城はそのころから人目を惹く美人だったから、俺の友人たちの間でも「あの子がきた」と騒ぎになって、花城がいる間はみんなそわそわしていたのを覚えている。
鷹野の兄もその友人たちの中にいたから、鷹野を呼び寄せたり野球に誘ったりして、あわよくば花城と話ができないかと、皆やきもきしていた。
「よく覚えてますね。」
「ああ。みんな花城の話ばかりしていたからな。」
「え?私の…?」
「みんな、花城と話してみたかったんだ」
みんな子供ながらに、花城には手が届かないと感じていた。
目の前にいても、どこか遠くの世界の人なのだと。
「そんなこと…ないと思いますけど…。司は皆と、仲が良かったけど…私はうまく打ち解けられてなかったし」
「みんな、子供だったんだ」
「……。」
そう、子供だった。
俺も…
「あ…。」
花城が静かに立ち止まった。
深刻そうな顔で見つめる視線の先をたどると、電柱のそばに立っている気の弱そうな男を見つけた。男はぎょろりと落ちくぼんだ目で俺と花城を無遠慮に見、もじもじと挙動不審に足踏みしている。
「…あいつか?」
もしかして、という思いで小さな声で尋ねると、花城は小さく何度かうなずいた。
あいつが…花城のストーカー。確かに、男は花城を待ち構えていたように、あきらかに意識した視線を送ってきていて不審だ。
このまま無視して通り過ぎるのがいいか…釘を刺すべきか。
下手に刺激しないほうがいいだろうが、声をかけてこないということは、自分のやっていることが後ろ暗いことだという自覚があるということ。
「ここにいろ。」
「え…?先輩」
俺は花城を残して、男に歩み寄った。
俺がまっすぐ見つめて近づいていくと、男は明らかに動揺した。
「何か用か?」
堂々とした声で尋ねると、男は挙動不審に目を泳がせた。
「いや、べ、別に…」
しどろもどろにそう言うと、男は背中を丸めて駆け出して、俺たちと反対方向に一目散に逃げて行った。
「帰ろう。」
俺は花城に声をかける。
「…はい。」
花城は少し安どした様子でうなずき、俺に歩みよった。
「ありがとうございます。」
「大したことじゃないさ。」
「……。」
またうつむいた花城が、先ほどまでよりは晴れた表情になっているのを、俺は嬉しく思った。
***
「昨日はどうだった?」
翌日会うなり亮介に訊かれた。何のことか聞かずとも、それが花城のことだとすぐにわかった。
「ああ、ストーカーがいたぞ」
「え!?」
横で聞いていたらしい御幸と倉持も驚いて寄ってきた。
「いたってどういうことですか?どんなヤツでした!?」
御幸が珍しく焦った様子で聞いてきたので、落ち着け、と宥める。すると大ごとにはならなかったことを察知して、御幸は少し落ち着いた。
「家に帰る途中に怪しい奴がいてな。待ち伏せされてる奴だと花城が言うから、声をかけたら逃げてった」
「怪しいってどんな?」
「何もないところに一人で立っていて、ずっと花城を見ていた。」
「…なんて声かけたの?」
「何か用か?と」
「へー。まあ、何事もなくてよかったね」
亮介はそう言って、練習行くよ、と倉持を連れて行く。
「花城さん、哲に惚れちゃったかもよ。」
と、穏やかじゃない言葉を残して。
「……。」
別に、そういうことを期待していたわけではないが。
彼女の中で自分の存在が、良いものになっていたらいいな、とは思う。
脳裏にはずっと、花城の横顔が残っていた。