011


「光〜!!昨日はごめーん!!」

鷹野さんは昨日、部活の大会で学校を休んだ。そのことを、今日鷹野さんは登校するなり花城さんに抱きついて謝っていた。俺の席の前でその光景が繰り広げられていたため、俺は自分の席に行くのをちょっと躊躇った。

「おはよう。…朝から仲良いな。」
「あっ、東条くんおはよう!」

鷹野はフレンドリーに挨拶を返してくれる。花城はまだ少し控えめだが、おはよ、と小さく返してくれた。

「昨日光と一緒に帰れなかったからさあ〜」
「ああ…いつも一緒なんだ?仲良いもんな」
「そうだけど、それだけじゃなくて!光は一人で帰るのは危ないの!」

え?と目を瞬く俺。ちょっと、いいから、と鷹野の話を止めようとする花城さん。

「光はストーカーに狙われてんの!一人で帰ったら何されるか…!」
「ちょっと司!大きい声で言わないで」

花城さんの声ではっと口を抑える鷹野。ごめん、と咄嗟に謝った彼女に、花城さんはちょっとため息をつく。

「え…ストーカーって?大丈夫なの?」

それよりもことの重大さに俺は動揺した。

「そう、もうほぼ毎日待ち伏せされてんだから。警察もパトロールくらいしかできないって言うしさぁ」
「そうなんだ…昨日は大丈夫だったの?花城さん」
「…うん、先輩と一緒に帰ったから」
「先輩?」

花城さんの言う先輩って。
…まさか、速水先輩?

「結城先輩だよ、野球部だから東条くん知ってるよね?」
「…え!結城主将!?」
「家が近いんだよー。」

キョトンとした俺に鷹野が教えてくれた。
家が近いなんて、知らなかった。結城主将と花城さんが、二人で帰ったなんて…。
いや、花城さんが危ないのはそうだけど!でもなんだか、ちょっと、羨ましい…。

「そ、そうなんだ、じゃあ…安心だな」
「うん。先輩、ストーカーを撃退したんだって!」
「げ、撃退!?」
「声かけたら逃げてったらしいよー。」

そ…そうなのか。結城主将、身長もあって体つきもがっちりしてて、男らしくて格好いいもんな…。
きっと花城さんの目にも、格好良く映っただろうな…。

俺も…頑張ろう…。




***




「東条!何で最近花城さん達と仲良いの?」

休み時間にクラスメイトの三木から受けた質問に驚いた。俺、花城さん達と仲がいいように見えるんだ…!?

「え、そ、そうかな?」
「今朝もなんか話してたじゃん」
「いや、あれは…。席が近いし、鷹野がいるとたまに話すだけで…」
「でもクラスで花城さんと喋れる男、お前だけだよな?」
「え、えぇ?」

そんな大袈裟な…、とたじろいだ俺に、三木は畳み掛けた。

「なあ東条頼む!花城さんに連絡先聞いて俺に教えてくれない…!?」

顔の前で手を合わせて頭を下げる三木に、俺は困惑した。

「え!?いや、無理だって!」
「お前ならいける!お前、女子ともフツーに喋れるし、女子から人気あんじゃん!」
「いやいや…!そんなこと…!」
「頼むから〜〜!!」
「そ、そういうのは鷹野に聞きなよ」
「もう聞いたって!ダメだってとりつく島なくてさ」

な!頼む!と何度も手を合わせる三木…。

「じゃあ…聞いてみるだけだよ?」
「ありがとう東条〜〜!!」

三木から感謝の抱擁を受け、いいから…、と引き剥がした時。
花城さんが教室に入ってきて、俺の席の後ろの、彼女の席に座った。鷹野…は、都合よくいない。
ほら、東条!と、小声で俺を囃す三木に背中を押され、俺は仕方なく花城さんに近づいた。

「あの…花城さん。」

ふっと俺を見上げる、綺麗な二つの目。無機質な白色蛍光灯の下で、花城さんだけは瞳がキラキラと星屑が入っているみたいに輝いている。そして神秘的な愛らしさのある、端正な顔。そう、まるで天使がいたら、きっとこんな顔なんだって…。

「……。」

…花城さんに話しかけただけで集まる、教室中の注目…!
こ、この中で連絡先なんて聞いたら、俺が花城さんに気があるような噂が広がる…!

「ちょっと、えーと、頼みたいことがあって…来てくれないかな?」
「頼みたいこと…?」

なるべくなんてことない態度で言うと、花城さんは不思議そうに目を動かして、また俺を見上げた。その動作ひとつひとつがまた、可愛すぎる。

「…うん」
「悪いな、じゃあ、こっちに」

三木からアイコンタクトを受けつつ、花城さんと教室を出て、人の少ない廊下の端まで歩いてきた。
俺が立ち止まって振り返ると、花城さんはキョトンと俺を見上げる。

「何?」
「あ…うん、えーと」

…改まると余計に恥ずかしい。
だけどここなら正直に、周りを気にして三木に配慮せずに言える。

「単刀直入に言うんだけど…三木がさ、花城さんの連絡先を知りたいんだって…」
「……。」
「よかったら…教えてあげてくれないかな?」

花城さんはすぐに、ちょっと困ったように目を伏せた。

「あ、嫌…だった?」

ごめん、と咄嗟に謝ると、花城さんはとても言いづらそうに口を開いた。

「嫌とかじゃ、なくて…」
「うん…?」
「……。…ごめん、断ってくれる?」
「え…。い、いいけど」

嫌なわけじゃ…ないのに?
思わず花城さんを見つめると、チラリと俺を見上げた目にドキリとした。

「あと、今後も、他の人も…こういうの、断って欲しいの」
「え…?」
「ごめん。東条くん、よく先輩が来た時とか、呼びに来てくれるでしょ?」
「あ…、まあ…そうだね」
「そういうときも、いないって言って欲しい」

な…、なんで?

「……。」

疑問符を浮かべて目を瞬く俺に、花城さんは一瞥をおくり、もう教室に戻りたそうだった。

「…理由、聞いていい?」

思い切って、そう言った。
花城さんは俺を見上げ、体の前で手を組んで、少し言い淀んで、答えた。

「…禁止されてるの」
「え?」

その時鳴り響く予鈴。タイミング悪く、だけど花城さんは安堵したように踵を返した。

「じゃあ…ごめんね」

先に教室に戻る花城さんの背中を見つめながら、俺は前に聞いた、花城さんがすごいお嬢様なんだと言う噂を、ぼんやりと思い出していた。



HOMEtop prevnext
ALICE+