097


今年…俺はやっと一軍入りを果たした。それでもなかなかスタメン起用はされず、時々代走に駆り出されるのみ…。よほどの球団のファンじゃない限り、俺のことは「足が速い奴」呼ばわりだし、他球団のファンからはほとんど認知されてないだろう。
クソッ、御幸は新人賞まで獲ったのに……。

高校の時は御幸に対して野球のことで劣等感を感じることなんてなかったし、比べもしなかった。そもそもポジションが違うし、同じチームだったから。まあ、御幸が1年でいち早くレギュラー入りしたときはちょっと悔しかったけど、それだけだ。ただ今は何かと張り合ってしまう。その陰にはやっぱり、花城さんの存在がある…。
花城さんは野球ができるから御幸が好きなわけじゃない。そんなことわかりきってるけど。
俺には野球がすべてだから…これでアイツに勝つしかねぇんだ…。

手持ち無沙汰にスマホを弄る。時間は午後19時…そろそろ…

――コツ、コツ、コツ、と足音がした。顔を上げると、花城さんが歩いてきているのが見えた。

「よ。お疲れ」
「…お疲れさまです」

今年モデルと女優としてデビューした花城さんは、ファッション雑誌の専属モデルとなってここのビルでよく撮影している。俺はよく球団関係で同じビルの別の階に顔を出すことがあり、偶然再会を果たした。
再会したときは運命だと思った。いや、今でも思ってる。

「撮影?」
「はい」
「良かったら帰り…」
「迎えが来るので」

…めちゃくちゃ素っ気ないけど。デビューしたばっかだし、スキャンダルに気を付けてんのもわかるけどさ。目も合わせてもらえないのは辛い。取り付く島もない。だけどそれは俺に限った話ではなくて、花城さんは“難攻不落”だと業界ではすっかり噂になっていた。

「なぁ、花城さん」

改まって呼び止めると、一応元後輩として思うところがあるのか、足を止めて振り向く花城さん。

「まだ御幸のことが好きなのか?」
「……。」

花城さんはうつ向き、目を伏せる。

「アイツと別れて、もう婚約もしてなくて…なのに誰からの誘いも断り続ける理由って何だ?」
「……。」
「こうやって言い寄ってくんの、俺だけじゃないだろ。」
「……。」

花城さん自身…まだ、答えの出ないことなのかもしれない。迷うような彼女の表情を見てそう思った。

「一回…恋愛とか抜きにしてさ、俺が花城さんのこと好きなのは忘れて、1回でいいから、飯付き合ってくれねぇか?」
「……。」
「絶対楽しい時間にするから。また会いたいと思ってもらえるように」
「……。」

花城さんの目が、ぎこちなく動いて俺を見た。

「……いつですか?」
「…!!えっと…、じゃあ…、今週の金曜…とか」
「……。」

花城さんはスマホを見て、おそらく予定を確認した。

「…大丈夫です。」
「え!!…あ、じゃあ、夜の7時頃迎えに…」
「夜はちょっと。」
「……。」

めちゃくちゃ警戒されてる…。俺信用ねえぇぇ〜…。

「そ…そうだな、じゃあ、昼の…12時頃迎えに行くから」
「…はい」
「連絡先と…家の場所教えて。」
「…LINEでいいですか?」
「おう!」

やっと…!!2年アプローチし続けて、やっと花城さんの連絡先をゲット…!!長かった…。

「で、住所は…」
「…12時頃、このビルの前で。」
「あ…ハイ」

…まだまだ先は長そうだ…。



***



「よ、お疲れ。」

そんな初めてのデートから早くも1か月。今日は3度目のデートで、家の前までの迎えと、夜に会う約束を取り付けた。やっと。やっと…!

「…こんばんは。」

花城さんは黒いワンピース姿でいつもより大人っぽい。
今日は絶対成功させて、そんで…可能ならばホテルに……。
…ゴムは準備してきた。バーの近くのホテルの場所も把握済み。ホテルに誘い辛くても、俺のマンションまでタクシーで10分程度。よし…やるぞ…。

「どこに行くんですか?」
「ああ、近くに良いバーがあって…」
「バー?」

花城さんは眉をひそめた。ヤバイ!下心に気付いたか?

「私まだ19歳です。」
「……あっ」

…そうだったー!!俺が今年20歳になったんだから…後輩の花城さんは…。…俺すげぇバカ!!

「ご、ごめん!!ちょっと待って、今店を…」
「…ふふ」
「…え?」

慌てる俺を見て、花城さんは怒るでも不機嫌になるでもなく、笑い始めた。

「ふふふ…あはは」
「ちょ…笑うなって…」
「だって…あはは」

花城さんはひとしきり笑って、慌てて別の店を探す俺のスマホの画面に手を被せた。

「いいですよそのお店で。」
「え、だって、酒…」
「ノンアルコールを飲みます。いいお店なんでしょ?」
「いや、でも…」
「今からお店探すなんて、ちょっとカッコ悪いですよ。」
「……。」

花城さんには敵わねぇ…。俺、カッコ悪いとこばっか見せてる気がするな…。
はい、と大人しくスマホを仕舞い、運転手に予定通りの店に行くよう伝えた。
花城さんは窓の外を見つめている。いつもそうだ。決して彼女から、俺を盛り上げようとはしない。デートを盛り上げようとは。いつも俺が頑張って、花城さんが楽しめるように頑張って…結局空回りしたりもするけど、いつもいつも…俺の片思いなんだと痛感する。
御幸とはどんなデートしてたのかな…。
そんな、考えたくもないことを考えてしまう。

「…夜…会ってくれて嬉しい」

けど、そうだ。俺たちの仲は確実に進展してる。
俺は花城さんの連絡先も住所も知ってる。夜のデートにも応じてもらえる。
今は御幸は、花城さんの少し落ち着いた笑顔すら知らない。

「…夜会うと、何かあるんですか?」
「……。」

…クソ…!これだから花城さんは…!!
小悪魔だ。翻弄されっぱなし。ドキドキしっぱなし。弄ばれまくり。
でも、それがいい…なんて。

「はい、着きました。」
「カードで。」

スマートに装ってカードで支払いをする。一応一軍所属のプロ野球選手。タクシー代くらい些細なものだ。
…あっという間に花城さんに稼ぎ抜かされる気がするけど。いや…もう抜かされてたりして…
タクシーを降り、店に入った。芸能人がお忍びで来ることも少なくない隠れ家的なバー。俺はチームの先輩に教えてもらった。…遊び人の。

「……。」

花城さんは初めての店に来たとは思えないほど落ち着いた様子で入店し、カウンター席に上品に座った。するとまるでそこが貴族の高級バーのように思えて、誘ったはずの俺の方が気後れした。…が、必死で取り繕った。

「よく来るんですか?このお店」
「え…、まーたまに…?」
「……。」

な、なんだ…?なんだか分析されてるような目つき…。
本当は先輩に紹介してもらった時に来たっきりで、人生で2度目なんだけど。咄嗟に見栄を張って嘘をつき、たじたじになる俺と澄ました花城さんの前に、マスターが音もなくメニューを置いた。会話を邪魔しないよう配慮してくれたらしい。…むしろ緊張が解れるよう何か言って欲しかった。

「…何にする?」
「……。モスコミュールのノンアルコール。」

花城さんはマスターに視線を送って言い、マスターは微笑みを浮かべて頷いた。こういうところでは男がカッコつけて注文するもんだと思っていた俺は意表を突かれた。

「えーと…ウイスキーで」

マスターは花城さんにしたように俺にも微笑んで頷き、鮮やかな手さばきでカクテルを作り始めた。

「……。なんか…慣れてるな、花城さん」
「そうですか?」
「いや…うん。…バーとかよく…来るの?」
「え?そんなわけないじゃないですか。19歳ですよ?初めてです。」
「そ…そうだよな」
「“初めての場所”に慣れてるだけです。」

……なるほど。
そういや、花城さんってすげえお嬢様だって御幸が昔言ってたけど、どういうもんなんだろ。確かに花城さんは時々浮世離れしたところがある。変に度胸があるというか、肝が据わっているというか。繊細そうに見えて意外と豪快だったり。かと思えば予想以上に奥ゆかしかったり。
とにかく、魅力に底がない。会えば会うほど…好きになる。

「モスコミュールです。」

マスターが花城さんの前にグラスを置き、花城さんは微笑んだ。

「ウイスキーです。」

続けてマスターは俺の前にもグラスを置いた。その時やけに合図を送るような笑みを浮かべてマスターが俺を数秒見つめて、少し違和感を感じた。

「乾杯しますか?」

花城さんがグラスを上げた。

「あぁ…乾杯。」

コツン、と軽くグラスがぶつかる。お互い少しグラスに口をつけた。
俺は花城さんの横顔に、今日何度目になるかわからない胸の苦しさを覚えながら見惚れた。高校の時だったら考えられないこと…花城さんとデートしてるのに、まだまだ届く気がしない。こんな女の子を惚れさせたなんて、やっぱスゲェよ……クソ眼鏡……。

「……綺麗…だな」

ぼんやりと呟いた俺を、花城さんはちらりと見て、戸惑ったように微笑み、首を横に振る。

「…なんですかそれ」

笑って、誤魔化すようにカクテルを飲む花城さん。俺が一生懸命いい雰囲気に持って行こうとしても、いつもこうやってはぐらかされてしまう。
俺は思い切って、カウンターの上の彼女の手を握った。はっとして、やっと俺の顔を見た花城さん。顔が赤くなるのをそのままに、俺は意地になって花城さんを見つめた。彼女の、魔法がかかっていそうな、宝石みたいな青い瞳を。

「俺は本気で言ってるんだ」
「……。」

花城さんの目がゆっくりと手元を見る。俺に握られている自分の手を。
……やばい手汗かいてきた。つーか花城さんの手、ちっちゃくて柔らかくてすべすべすぎて…!!

「…すぐに御幸のこと忘れてくれなんて言わない。」
「……。」
「けど…俺と会ってくれるってことは、可能性があるって思ってもいいんだよな?」
「…そういうのは抜きって、倉持さん…」
「もう3回目だぞ、会うの」
「……。」
「俺は最初からデートだと思ってる。」

花城さんはグラスを握り、指先で撫でた。

「…3回会ったら…特別なんですか?」
「…え?」
「4回デートしたら恋人になるんですか?」

俺を見た花城さんの目。この目に見つめられると、いつもぎくりとする。見透かされているようで…

「え…、いや、そういう意味じゃ…」
「……。」
「けど…わかるだろ、俺がずっと花城さんのこと…そういう風に見てるって」
「……。」
「こんな時間に…こんな店について来てくれたら、普通男は期待する」
「……。」

花城さんはまたカクテルを飲んで、俺の手の中で少し手を引いた。

「…慣れてるんですね」
「……ん?」
「このお店、やっぱりよく来るんですか?」
「……。」

また同じ質問…?なんとなく嫌な予感がして、その意味を考えていると、花城さんは付け足した。

「女の子連れて…」
「…え!?いや、違う!」

遊んでると思われてる…!?何て理不尽な!
そりゃ、女経験ゼロの童貞とは思われたくないけど、いや事実だけど、でも、遊び人だと思われるのはごめんだ。

「初めてだよ!」
「え?でも…」
「女の子連れてきたのは初めて…、来たのは2回目。1回目は、先輩に紹介してもらって…」
「……。」

花城さんの手を握りなおして、勝負を仕掛けるつもりで、彼女を見つめた。

「俺…本気で花城さんのことが…」
「……。」

花城さんはどこかポーッとして俺を見つめて…。
あれ…?もしかして、脈あり…?
赤い顔で、目が潤んでて、とんでもなく艶っぽい…。
…今だ。今しかねぇだろ…!
ホテル…。いや、やっぱ俺の部屋の方が誠実か…?一応念のため、掃除しといたし…

「……俺んち、近いんだけど…」
「……。」

花城さんは頬杖をつき、赤い顔で目を閉じた。

「…眠い…。」

ごくり、と喉が鳴った。

「…や、休む?」

マジか、マジか俺…

「……。」

こくん、と頷く花城さん。
ついに……。…童貞卒業…彼女ゲット……!?

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