098


「あ…ここで」
「はい」

カードで、と運転手に告げ、支払いを済まし、タクシーを降りた。

「花城さん…。」
「……。」

背中に手を回すと、花城さんは俺にもたれかかってきて…。
期待と興奮で俺の胸も下半身も膨らむ。
だって2年間片思いして、やっと…。

「…どうぞ」

エレベーターを降り、花城さんを部屋へ招き入れた。
えっと…どうすべき?いきなりベッドに押し倒してもいいのか…?

「……。」
「あ、えっと…す、座る?」

ベッドに花城さんを促すと、花城さんはどさっと座った。そこでなんだか、花城さんの様子がおかしいことに気付いた。さっきまで興奮しててよく考えなかったけど、なんかフラフラしてるし…顔が赤いっつーのも、照れてるっていうより、なんか……。

「…えっ」

ふらり、と力が抜けたように、花城さんはベッドの上に横たわった。

「…は、花城さん?」
「……。」

……寝てる?
すやすやと、無防備な寝息をたてて…。
赤い顔、ほんのり色づいた肌、赤い唇、いつもの彼女とは明らかに違う、無防備な振る舞い…。
もしかして……酔ってる?
そこまで考えて、ハッと思い出した。さっきの店の、あのマスターの意味深な笑みと目配せ……。
……アルコール入れやがったな!!?
そういやあの店紹介するとき先輩が、「ここに連れて来れば絶対ヤレる、いい店だ」って…そういうことかよ!?ふざけやがって…!!

「……んん……。」
「……。」

こんなの生殺しだ…!!
さすがに酔って寝てる女の子を襲うなんて…。ダメだろ、それは…。
…あ〜〜〜、泣きたい…。
眠いって言ったのも、休むって言ったのも、花城さんはそういうつもりじゃなくて、純粋にただ眠くて、休みたかっただけだと…。そういうことかよ…。俺の部屋に行くってことも、よくわからずについてきただけだと……。

花城さんを見ると、その寝顔も胸が苦しくなるくらい、可愛くて…。
…いやだめだ!一晩同じ部屋で過ごすとか俺の身が持たねぇ…!!

「……くそっ!」

おそるおそる、花城さんの体と布団の間に手を差し込む。…うわ〜〜〜、いいにおい…やわらけぇ…
欲望に抗いながら花城さんをちゃんとベッドの上に横たわらせると、毛布を引っ張ってきて体に掛けた。
……ちょ、ちょっとだけなら触っても…バレないかも……。
…いや!ダメだ絶対に!!もしバレたら一生嫌われる…!!

俺は振り払うように踵を返し、脱衣所に避難した。それから思いついて、一旦リビングに戻り、上着を脱衣所に運び込んだ。そして床に座り、壁にもたれて上着に身を包み、目を閉じた。
……眠れねぇ……。




***




――ガラガラガラ…
引き戸の音で目が覚めた。身じろぎをすると肩と背中が痛くて、ケツも痛い。
眩しさに目を細めて顔を上げると、驚いた眼で俺を見下ろしている花城さんと目が合った。

「……。……あっ!」

そうだ、昨日…!

「お……おはよう…」
「……。」

痛む体で立ち上がり、ぼさぼさの頭を掻く。花城さんは周りを見渡して、腕を抱えた。

「ここ…。」
「俺の部屋…だけど…覚えてない?」
「……。」
「な、何もしてないから」

当たり前だけど、と付け足して、花城さんの反応を窺った。花城さんは瞬きをして俯いて、ちらりと目だけで俺を見上げ、少し後ずさった。

「お酒…知ってたんですか?」
「……え!いや!違う、俺じゃない!本当にごめん、俺は知らなかった」
「……。」

ど…どうしよう。
軽蔑…されたよな…。あ〜…!俺は知らなかったのに…!

「…ここで…寝たんですか?昨日…」
「え…、そりゃ…うん。」
「……。」

花城さんは静かに部屋の中へ引き返して行って、バッグを手にした。

「…帰りますね」
「花城さ…」
「今度は…私から誘いますね」
「……え……」

にこ、と少し口角を上げて、頬を赤くする花城さん。

「じゃあ…お邪魔しました」
「あ…、待って!送る!」

俺は車の鍵を拾い上げて、彼女の後を追った。



***



「倉持ご機嫌だな〜〜」

ベンチで先輩が小突いて来て、へへへと笑う。

「何、彼女でもできた?」
「いや〜〜〜まだ付き合ってるわけじゃないんすけど…」
「え!?マジかよどんな子?」
「何何」
「倉持が熱愛中!」
「マジ!?相手は?」
「え〜〜でも言っちゃうとちょっとまずいっていうか…」
「相手芸能人!?」
「言えよ!誰にも言わねーって」
「実は…花城光…さんと最近会ってて」

先輩たちは目を点にしてぽかんと口を開けたまま固まった。

「…花城光!!?」
「ウッソだろお前!どこで!?」
「どうやって!?」
「ヒャハハ…実は高校が一緒で。まあそういう関係になったのは最近っすけど…」
「なんだよ〜〜どこまでいったんだよ!?」
「いやまだ飯食ったりするくらいで…」
「マジかよ〜〜〜」

先輩たちにもみくちゃにされながら幸せをかみしめた。そうだよな、あんな絶世の美女、普通駆け出しの野球選手がつかまえられるもんじゃない。俺は顔がいいわけでもないし、金があるわけでもないし。でも花城さんは、中身を見てくれる子だから…なんて……。
きっとあの日に手を出さなかったことで、俺の誠実さが伝わったんだ。よく我慢した俺…!

「お、御幸一也」

ふと、隣の先輩が呟いた。
向こうのベンチを見ると、チームメイトと離しながらベンチに入ってくる御幸が見えた。
まだ2年目なのにもうすっかりチームの要。うちのチームもかなり注目している。

「イケメンだな〜〜評判通り」
「倉持お前高校一緒だろ?」
「あ、ハイ…」
「御幸が主将で倉持は副だったんだよな」
「まぁ…」
「イケメンで正捕手で4番で主将!モテただろうな〜アイツ」
「今もモテるだろ」

だよな〜、と一通り笑って、先輩達は一斉に俺を見た。

「…ってことは御幸も花城光と同じ高校?」
「…そっすね」
「え?何?なんかあんの?」

…さすがに…昔付き合ってたとかは言わない方がいいよな…。花城さんは今はもう芸能人だし…

「いや…」
「もしかしてあっちも知り合い?花城光と」
「……。」

苦笑した俺を見て、先輩たちは「あ〜…」と呟いた。

「…ま、頑張れや!顔は負けてるけど」
「俺らはお前を応援してるぞ!年俸も負けてるけど」
「……。」

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