011
「う〜〜〜…」
穂が不満そうに唸る。私たちの視線の先では、花城さんと東条君がしゃべっている。何を話してるかまでは聞こえないけど、時々小さく笑い声が響き、とても仲が良さそうだ。男子も何人か、チラチラと二人の様子を見ている。多分、花城さんに好意がある男子だ。花城さんも東条君もモテるから、二人が仲良くしていることにジレンマを感じている人は多そうだった。
「付き合ってるのかな〜…」
「さあ…」
「うーん…」
付き合ってない、とは言い切れない…。というか、お似合いにも見えてくる…。穂には言えないけど。
だって花城さんが可愛いのはもちろん、東条君も爽やかで結構カッコいいし、ああやって笑いながらお喋りしているところを見ると、羨ましささえ感じる。青春、って感じで。
「…私、花城さんに聞いてみるよ!」
私が言うと、穂がえっ、と目を丸くして、嬉しそうに頬を綻ばせた。
「ほんと!?」
「穂聞きづらいでしょ。」
「…司ありがとー!!」
「はいはい。」
それに…私も興味あるし。花城さんが唯一仲のいい、東条君とのこと…。
***
「花城さん。」
花城さんがお手洗いから出てきたところで、私たちは手洗い場の前で遭遇した。…というか、私が出待ちしたんだけど。
「…鷹野さん。」
花城さんは手を洗って、ポケットから出した白いハンカチで手を拭きながら私を見た。何か話でも?というように。
「花城さんてさ、東条君と仲良いよね。」
「……。」
花城さんの目が意外そうに丸まった。
「…普通だよ、別に…」
「え〜仲良いよ。よく話してるじゃん。」
「……。」
「あのさ、変なこと聞いちゃって、気を悪くしないでほしいんだけど…」
「何?」
「東条君のことどう思ってる?」
花城さんは綺麗な青い目を伏せた。瞼と長い睫に隠れてしまったその目は、どこか呆れのような、諦めのような…暗い色に染まった。
「別に…普通に友達。」
「え〜…そうなの?一番仲良いのに…」
「……。」
「好きとかは?ないの?本当に?」
「鷹野さんこそ、東条のこと好きなの?」
え。
私はぎくりとした。いや、別に東条君のことは好きじゃないけど、花城さんがちょっと攻撃的な態度になったように感じたからだ。
「いや!私じゃなくて…」
「……。」
「あ……。」
花城さんは納得したように頷いた。さ、察しが良い…。
「じゃ…熊谷さん?…卯月さん?」
「…えっとぉ…」
「卯月さんか。」
「あの…内緒に…」
「わかってるよ。」
な、なんか、花城さん、いつもと雰囲気が違う…。しつこく質問して怒ったのかなぁ…。
「私も東条もお互い好きじゃないし、付き合うことはあり得ないから、気にしないで。」
「え…?」
「聞きたいことはそれで全部でしょ?」
花城さんはハンカチをポケットに仕舞い、歩き出す。その腕を、私は咄嗟に掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「あり得ないって…なんで?」
「え?」
「東条君は…その…、…好きかもしれないじゃん、花城さんのこと」
「……。」
「東条君のこと…嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「…友達だから。」
「じゃあ…もし東条君に告白されたら?」
十分あり得る。っていうか、私はそうとしか思えないんだけど…。
「…もし、万が一そうなっても、絶対付き合わないから。」
「な、なんで?」
「…なんでも。」
するり、と花城さんの腕が私の手の中から抜き取られた。
「私…誰とも付き合わないから。絶対に」
静かな足音と共に、花城さんは女子トイレから出て行った。
***
「花城光いる?」
昼休みの半ば、クラスメイトの半数ほどが食堂へ行っていて人のまばらな教室に、その先輩たちは突然やって来た。クラスメイトは一斉に花城さんを振り向き、花城さんは静かに立ち上がった。
「…はい」
花城さんは不思議そうな顔で先輩たちの前に進み出た。なんだか派手な女の先輩達が現れたせいで、教室は静まり返っている。
「来て。」
そう言って先輩たちは花城さんを連れてどこかへ行ってしまった。
「…何かヤバくない?」
茜が呟く。
「…行く?」
環と穂を見渡して言うと、二人とも顔を見合わせた。
私達は先輩たちの後を追って教室を出て、こっそり後をつけた。
先輩たちがやっと立ち止まったのは、視聴覚室前の廊下の突き当りで、L字に行き止まりになっていて人気のない場所だった。私たちは視聴覚室に入り、ドアの影からそっと様子を窺った。
「…大したことなくね?」
突き当りに花城さんを立たせると、リーダー的な女の先輩は鼻で笑いながらそう言った。
「これが姫だって。」
クスクス、取り巻きの先輩たちが笑い出す。
「…何なんですか?」
「何なんですかぁ?」
「あははは!」
花城さんが呟くと、先輩が馬鹿にしたようにマネをして、皆で笑い出した。
「…お前男に色目使ってんじゃねーよ。」
「…え?」
「お前みてーなぶりっ子が一番ムカつくんだよ!」
「……。」
あっ、と穂が息を飲んだ。先輩が花城さんをどついて転ばせたのだ。
「ねぇ…ヤバくない…?」
「先生呼ぶ…?」
茜と環も泣きそうになりながら青ざめる。だって、これ…いじめじゃん…。
「身の程知れよブス。」
「次調子に乗ったらマジキレっからな」
「お前なんて誰も見てねーんだよ!」
きゃははは、と笑い声を響かせて、最後に花城さんに蹴りを入れて、先輩たちは小走りで去って言った。
「……。」
私達は青ざめた顔を突き合せた。
「ど…どうするの…?」
穂が呆然と呟いた。どうするって…。助けなきゃ…。
そう思ってドアの向こうを見たら、花城さんが立ち上がり、袖についた靴の痕を払い落として、足早に立ち去ってしまった。
「…行っちゃった…。」
「……。」
私達は胸の中に後ろめたさを残して、動揺してしばらく動けずにいた。
***
教室に戻ると、花城さんは何事もなかったような顔をして席についていた。
「あ…花城!」
そこへ、食堂から戻ってきた東条君が駆け寄った。
「昨日の続きなんだけどさ、今野球部で流行ってる…」
「ごめん。」
花城さんは東条君の話を遮って、席を立った。
「…委員会行かないと。」
「あ、そうなんだ…。」
花城さんが素っ気なく教室を出て行き、東条君は苦さを隠したような顔で頭を掻き、花城さんの背中を目で追って、ため息交じりに自分の席についた。何か悪いことしたかな…とでも考えているような顔だ。
「……。」
穂には悪いけど…なんだか東条君が可哀そうだ。それに…花城さんも。
でも、どうしたら…。このままほっとくわけにはいかない…。
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