013


「司ー!帰るよー。」
「はーい!」

部活が終わり、先輩に返事をしながら荷物を鞄に突っ込む。

「…あれ!?」
「どしたー?」
「携帯がなーい!教室かなぁ…」
「えー!?アンタってほんとそそっかしいわねー」
「取ってきます!先行っててください!」
「はいはーい」

早くねー!という先輩の声を背中に受けながら、私は真っ暗な廊下の中教室に向かった。うう、ちょっと怖い…。
何とか教室にたどり着き、真っ暗な教室のドアを開け、電気をつけて――

「ひゃっ!!?」
「!!」

窓際にいた人物に驚いて悲鳴を上げた。だ、誰もいないと思ったから…!
しかもその人物が、頭にタオルを被っていて、それが花城さんだという事に気付いたのと同時に、タオルの下からはみ出す綺麗な亜麻色の髪の毛がやけに短いことにも気づいて、私は言葉を失った。だって、花城さんの髪は…胸元までふわふわさらさら伸びてて、すごく綺麗で…なのに…

「は…花城さん?」
「……。」

花城さんは顔を隠すように俯いた。泣いてる…?

「ど、どうしたの?それ?」
「……。」

駆け寄って腕を掴んで尋ねると、花城さんはさらに頑なに顔を背ける。

「…もしかして…2年?」
「え…?」

花城さんはやっと私の顔を見た。いつも凛として綺麗な顔は涙で濡れていた。

「…ごめん…この前、2年の女の先輩たちが花城さんを呼び出したでしょ。なんか変な感じだったから…うちら、後をつけて…見てたの…」
「……。」
「花城さんが…その…。…ぶたれたり、してたとこ…」
「……。」
「…助けられなくてごめん!見てたのに…何もしなかった…」
「……。」

…そして…すごく後悔した。

「…同じ先輩にやられたの?」
「……。」
「見せて。」

タオルに手をかけると、花城さんは抵抗しなかった。髪は顎のあたりまで乱暴に切られていて、めちゃくちゃだった。

「……。」

…酷い。言葉にならずに、私まで泣きそうになって、花城さんを抱きしめた。

「…ごめん!もう見て見ぬふりなんてしないから…!ほんとにごめん…!」
「……っ」

腕の中で花城さんが震えた。私はしばらく花城さんを抱きしめてから、体を離した。

「…そうだ、これ着て帰って。フードついてるから…」

私はバッグからジャージを引っ張り出し、花城さんに渡した。

「汗臭いけどごめん。帰り一人?大丈夫?」
「…大丈夫。」

花城さんは頷いて、ジャージを着てフードを被った。

「…本当に?私と一緒に帰ろうよ。」
「…ううん、大丈夫。駅と逆方向だし…」
「でも…」
「それより…ひとつお願いがあるんだけど…」
「え?」

お願い?意外な申し出に私は目を丸くした。

「生徒会室に…結城先輩っていう3年生が来る…。」
「結城先輩?」
「来たら、私は先に帰ったって伝えてほしいんだけど…」
「…いいけど…いいの?一緒に帰る約束してたんじゃないの?」
「いいの。…お願い。」

花城さんは涙を拭いてバッグを肩にかけた。

「わ、わかった…。」
「ありがとう。」

そして花城さんは、風のように帰って行ってしまった。


***



生徒会室の前に立っていると、少しして、男の先輩がひとりやって来た。背の高い、男らしい、結構イケメンな…。

「……。」

先輩は私をちらりと見て、真っ暗で施錠された生徒会室を見て、…?と首を傾げた。こ、この人が結城先輩…かな。

「あ、あの…。」
「む?」
「結城先輩…ですか?」
「…そうだが。」

花城さん、この間の眼鏡の人といい、カッコいい先輩の知り合い多いな〜…!ちょっとうらやましい…。

「あの!花城さんから伝言があって。」
「花城から?」
「はい、先に帰るって…、…あっ!」

それを聞くなり、結城先輩は駆け出して行ってしまった。あ、あんなに迷いなく追いかけて…。え、追いかけて行ったんだよね、今!?ひゃ〜…。花城さん…う、羨ましい…!!



***



翌日…

「…おい!見ろよ…」
「…えっ!」

涼しい顔で登校してきた花城さん。あの長い輝くような髪は、顎程の長さで綺麗に切りそろえられ、それがすごく似合ってて…。男子がぽーっと見惚れてしまっているほどだ。

「…花城さん!おはよう。」
「…鷹野さん。」

花城さんは微笑んで、紙袋から綺麗に畳まれたジャージを取り出した。

「これ…ありがとう。」
「ううん、全然!…えっ、洗濯してくれたの!?わざわざ…」

にこ、と微笑んで、花城さんは席を立った。

「花城さん、昨日のこと…。」

私が言うと、花城さんは頷いた。
私達は女子トイレに場所を移した。

「…あ、そうだ…あの後結城先輩に会った?」
「え?」
「花城さんが先に帰ったって聞いたら、すぐ走り出して…追いかけて行ったんだよ。」
「……。」

花城さんは静かに目を伏せた。

「会ってない。急いで帰ったから…」
「…そっか…。」

私は昨日の結城先輩の様子を思い出して、少し胸が痛んだ。

「…それで…どうするの?うちらに何かできることある?」
「……。」

何か協力したい。できれば先輩からのいじめを止めたい。だって…髪を切るなんて、酷すぎる。

「別に…髪くらい、大したことじゃない。」
「何言って…!」

びっくりして言い返そうとしたけど、花城さんがあまりにもショートカットが似合っているから、確かに本人からしたら大したことじゃないのかもと思った。私だったら絶対許せないけど…。

「でも、せっかく綺麗な髪だったのに…」
「……。」
「…そもそも、なんでそんなことするの?その人たち」
「…さぁ…」

花城さんが俯いて、泣いてしまうのかと思って、私は足を踏み出した。

「…花城さん…」
「大丈夫。」

しかし花城さんは頭を振って、息を吐いた。

「誰にも言わないで。」
「え…」
「騒がれたくないから。」
「で、でも…!」

花城さんはそれだけ言って、教室に戻ってしまった。
誰にも言わないでって…。先生なりに相談した方がいいんじゃ…。これ以上、エスカレートする前に…。



***



「花城!髪切ったの?」

東条君が登校して開口一番驚きの声を上げた。花城さんは笑って頷いて、何も言わなかった。

「びっくりした〜!ばっさりいったなー!」
「うん。」

似合うね、と少し照れながら小さく付け足す東条君。彼にはそれが精一杯のようだ。

「は…花城さん。」

そこへ、遠慮がちにクラスメイトの女子が花城さんを呼びに来た。

「3年生が呼んでるよ。」
「え?」

花城さんが立ち上がった。教室の入り口に立っていたのは…結城先輩。花城さんのことが心配で様子を見に来たのだろうか。

「……。」

結城先輩は花城さんを見るなり、目を見開いたまま固まって、ゴトン、と持っていたジュースを落とした。め…めちゃくちゃ驚いてる…。

「結城先輩…」
「……髪……」
「あの…、あっちで…。」

花城さんは慌てたように結城先輩に駆け寄り、教室から離れたところに連れて行った。そして少し話をして、朝礼が始まる直前に、花城さん一人で教室に戻ってきた。
何を話したんだろう…。でも、たぶん…髪を切られたってことは、言ってないんだろうな…。

prev next
Back to main nobel
ALICE+