014
「礼ちゃーん。」
職員室の中に向かって呼びかけると、礼ちゃんは呆れたように笑いながら廊下に出てきた。
「高島先生、でしょう。」
「高島センセー、これ返しにきました!」
「はいご苦労様。」
「それで、この間の黒士館との試合のも借りたいんだけど…」
「あら、花城さん。」
不意に礼ちゃんが俺の後ろを見て目を丸くし、微笑んだ。
え?花城?とつられて振り向いて――言葉を失った。
「…おはようございます。」
そこに立っていた花城は…髪をバッサリ切っていて、短めのショートボブになっていた。あの天使のようなふわふわさらさらヘアーが…!!…って…待てよ、もしかして…
「えっ…!!俺のせい…!?」
「……。」
ちらり、と花城が呆れたように俺を睨んだ。
「御幸君どういう事?」
「いや…、この間…」
…俺が髪を褒めたから、マジで切った…!?冗談で言ってると思ったけど、そんなに嫌だったのか!?嘘だろ!?俺どんだけ嫌われてんの!?
「前から切ろうと思ってたんです。」
花城は髪を耳にかけてツンとした態度で言った。
なぁんだ、と胸をなでおろしたのもつかの間。
「先輩のことなんて微塵も気にしてないので勘違いしないでください。」
「…今日も毒舌が冴えわたってるじゃねーか…」
「うふふふ。」
礼ちゃんは俺が花城にやりこめられているのを楽しむように笑った。
「…高島先生、これ…生徒会室の鍵、返しに来ました」
「ありがとう。戻しておくわね。」
「お願いします。」
失礼します、と礼儀正しく踵を返す花城。やっぱ優等生だなぁ。いつも澄ました顔で…疲れねーのかな。
「花城さん。」
「はい…?」
「髪、短いのも可愛いわよ。」
礼ちゃんがちょっと呼び止めてそう言うと、花城はぽかんとして――その澄ました顔が、ふにゃりとゆがんだ。
「えっ」
動揺した俺の横を、礼ちゃんが素早く通り抜けて、花城に歩み寄る。
「どうしたの?大丈夫?」
「う……」
は…花城が泣いた…!な、なんで!?今泣くとこあった!?
「御幸君、悪いけどまた今度ね。」
「あ…ハイ」
「花城さん、少し休んでいって。ね?」
「……っ」
花城は礼ちゃんに肩を抱かれ、職員室の隣の進路指導室に促された。
な…何かあったのか…?…髪に関係すること?わからん…。
***
「姫が髪切ったって知ってるか!?」
「え?」
「どのくらい?」
「ばっさりだよ!ショートカット!」
「ウソだろ!?」
「マジだよ、ほら写真…」
「ええええ!!?」
「マジじゃん!」
いつも花城花城と騒いでいる奴らが今日も騒ぎ始めた。生徒会で人前に出るようになってから、こうした一部の変わったヤツが花城のファンを自称し始め、今ではファンクラブとまで呼ばれているらしい。…本人知ってんのかな。
つーか、髪切っただけでこんなに周りに騒がれるのか、花城は…。
「さすが姫…」
「ショートも似合う…」
「つーか超可愛い…」
「おい!姫を変な目で見るなよ」
「ご、ごめん」
……。
「お前何一人で笑ってんだ…キメェな」
いつの間にか傍に居た倉持が本当に気持ち悪そうに顔を歪めて俺を見ていた。
別に、と呟いて席を立つと、どこ行くの?と倉持も暇そうについてきた。
「なあ、昨日のことどう思う?」
「昨日?」
「哲さんと花城さんのことだよ!」
俺は脳裏に部活の前に哲さんと花城が話していた光景を蘇らせた。昨日…一緒に帰ったのかな。
「付き合ってんのかな?」
「…付き合ってねーだろ」
「なんで?」
「付き合ってたら今更連絡先聞こうとするかよ」
「あ…そっか」
でも、一緒に帰るくらいには仲が親密なのも事実…。
「でもそれお前の願望入ってねぇ?」
「……。」
否定はしない。…誰とも付き合う気はない、と言った花城の言葉を、今は信じたい…。
「今朝花城と会ったんだけどさ」
「え?え?何で??」
「…偶然!」
「ヒャハハ…はいはい。そんで?」
「…髪ばっさり切ってた」
俺が顎のあたりに手を当ててこのへん、とジェスチャーすると、へー、と目を丸くする倉持。
「それで…」
「……?」
「……。」
…花城、何で泣いたんだろう。切りたくなかったけどしょうがなく切った…とか?でも、なんで?
昨日まではいつも通り、綺麗な長い髪だった。
長い髪はもちろん、似合ってた。短いのも俺は似合うと思うけど、本人は…傷ついているように見えた。礼ちゃんが言った通り、短いのも可愛い。…可愛いぞって、俺も言えばよかった。冗談交じりでも。
「…スゲー可愛かった♡」
「お、おう…」
「俺どっちかっつーとショート派なんだよね。」
「あっそ。でも花城さんはお前のために切ったわけじゃねーから。」
「はっはっは…知ってる♡」
むしろ当てつけかと思ったぜ。
「でもあのツンツンしたとこがまたカワイーんだよな〜」
「花城さんもこんな奴に好かれて災難だな…」
「はっはっはっはっ確かに!」
「ハァ…」
「花城ちゃん、ショートヘアになってますます可愛くなっ…」
はっ、と口を噤んだ。廊下に伊藤さんたちがたむろしていたのだ。彼女たちの横を通り抜け、教室に入った途端、倉持がからかうように噴き出して俺を小突いた。
俺は苦笑しながら、ちょっと焦った。やべぇ…梅本たちに気を付けるよう言われてたのに。いやでも…まさか。何かするわけじゃないだろう…。
***
「花城!」
校長室に呼ばれた帰り、生徒会室の前に花城の姿を見つけた。花城はちょっと気まずそうに顔を赤くした。俺の前で泣いたことを悔しく思ってるらしい。
「おっ、泣き止んだか〜?」
「…いつの話してるんですか。」
ふん、とそっぽを向く花城。笑う俺を鬱陶しそうに睨む。よかった…元気そうだ。
「何してんの?」
「目安箱の中身の回収です。」
花城は言いながら、木製の目安箱の蓋の南京錠を外し、中身を箱に移し始めた。内容をちらりと確認し、数枚を小さなトレー上の箱に、そしてほとんどをゴミ箱に。
「貴重なご意見をゴミに!?生徒会ってやつは…」
「ほとんどいたずらなんです!人聞きの悪いこと言わないでください。御幸先輩じゃあるまいし。」
「最後の一言いるか?」
しかしいたずらねぇ…。俺は目安箱の中から一枚抜き取り、開いた。
「あっ!見ちゃダメです!」
「いーじゃんどうせ匿名だろ?こういうのは…」
返してください!と手を伸ばす花城から届かないように頭上で紙を開くと、乱雑で判読も面倒なほどへたくそな文字が書かれていた。
『花城光ちゃんのスリーサイズを教えてください』
「……。」
「ちょっと!早く返して!真面目な相談もあるんですから。」
「これはゴミだから見なくていい。」
「は?あ…!ちょっと…」
びりびりに紙を破いてぎゅうぎゅうに丸めてゴミ箱にシュートすると、花城は俺を睨んでため息を吐いた。こんなのばっかなのかよ…こんな目安箱は撤去するべきだ。俺は続けてまた目安箱から紙を抜き取った。
「…もう!だから見ないでください!部外者でしょ!」
「はいはい。」
花城の手をかいくぐりつつ中身を確認する。
『花城さんに彼氏はいますか?』
『光ちゃん僕と付き合ってください!』
『花城光さんと両想いになれますように』
…こんなのばっかりかよ…つーか最後のに至っては願い事じゃん…
「花城お前モテすぎだろ…」
「…ただのいたずらです」
いつもこんなのばかりなのか、花城は謙遜でなく本当にうんざりしたように言った。
「コレ、回収した後どーすんの?」
「生徒総会で説明したじゃないですか。」
「聞いてなかった。」
「……。…いくつかピックアップして、掲示板に回答を載せたり…学校に要望として提出したりするんです」
「へ〜真面目に仕事してんだな」
「……。」
「いつも真面目でいい子ちゃんで…疲れない?お前」
ぽかんと俺を見上げた花城は、何言ってんの?とでも言うように眉を寄せた。
「そーそーその嫌そうな顔(笑)おしとやかなお姫様よりそっちのほうが面白いぜ。もっと自己主張しろよ。」
「何?お姫様って…」
「えっ気づいてねーの?お前のファンクラブの奴らがそう呼んでんだけど」
「はぁ…?何言ってるんですか?」
「だから〜お前のファンクラブがあるんだって!自称だけど」
「もーいいです。わかりました。」
「嘘じゃないんだけどなー。」
「花城さん。」
不意に、ひょい、と生徒会室から男子生徒が顔を出した。銀縁根金でインテリっぽい真面目そうな奴だ。
「回収終わった?」
「あ…もうすぐ。私施錠するから、周防君戻っていいよ。」
「じゃあ…よろしく。お疲れ」
「お疲れ様。」
周防君、と呼ばれた男子生徒は、俺をちらりと見ながら、何も言わずに教室のほうへ歩いて行った。
「誰?今の」
「生徒会の総務の周防君です。」
「1年?」
「そうです。」
仕分けを続ける花城の手元から、ふと目に着いた紙を取り上げた。ノートから破り取ったみたいな汚い紙切れだ。
「返してください。」
花城はあきらめ気味にため息をつきながら手を休めずに言った。取り返そうとするのはあきらめたらしい。
「んー」
俺は空返事をしながら紙を開いた。
「…先輩?早く返して。」
「…これはダメ〜」
「はぁ?ダメとかじゃなくて…」
「駄目。」
言い張って紙をポケットに突っ込んだ。花城は眉を寄せ、あきらめたように空になった目安箱の南京錠をかけ、ボードに記録をつけ始めた。
「先輩クラスとフルネームは?」
「え?B組御幸一也…」
「回収5枚、破棄18枚、紛失1枚(2B御幸一也)…」
「あっコラ俺の名前を書くな。」
「だって返してくれないから。」
花城はボードを生徒会室の棚に戻して扉の施錠をした。…まあいいか。これを見せるより…。
「じゃ、さよなら。」
「またねー花城ちゃん」
「……。」
「はっはっはつれねぇ!」
俺は踵を返し、ポケットの中の紙を握りしめた。
『花城光ブス死ね』…。
…冗談じゃねーぞ。誰だよ…こんなこと書いた奴…。
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