016


期末試験が終われば、いよいよ夏の選手権大会。
試験期間中は練習も休みとなり、毎日焦燥感でうずうずしながら試験を受ける。早く野球やりてぇなー…。
けど、全国の選手たちも今こんな気持ちで試験を迎えているのかと思うと、ちょっと面白い。
今日の試験を終えて、昼飯を求めて倉持と寮に戻る途中のことだった。廊下に丹波さんと花城を見つけ、おや、と見ていると、丹波さんが花城に熱い眼差しを向けたのに対し、花城は顔を背けるようにスルーして歩いて行ってしまった。
声もかけられない丹波さんも丹波さんだけど…あれじゃちょっとかわいそうだな〜…。でもしょうがないか、丹波さんはフラれたようなもんなんだから…

「丹波さん無視されてんぞ」
「笑うなよ。」

倉持を嗜め、俺は足を速めた。

「じゃ、先行ってて。」
「は!?おい…」

倉持を置いて花城を追いかけた。丹波さんには悪いけど…俺は結構花城と話せるもんね♪

「はっなしろ〜♡」

簡単に追いついて肩をちょんちょんとつつくと、なぜか花城は振り向きもせずそのまま足を速めた。

「は?ちょ…おい、花城!呼んでんだろ!」
「……。」
「待てって!」

こうなったら意地だ。花城を追いかけていくと、廊下の突き当りで花城はやっと足を止めた。

「は〜〜〜〜…いい運動だぜ…」
「しつこいんですけど…」
「逃げるからだろ!なんで逃げるんだよ。」
「話すことないので。」
「俺はあるから呼んでんの!!」

花城はムッとした顔で俯いて、壁にもたれかかり、腕を組んだ。生意気な態度も様になる。

「何の用ですか?」

…このツンツンした態度とセリフ、なんかクセになるんだよな〜。

「思い出したんだけど…俺さ…ずっとお前に言いたかったことがあるんだよ。」
「…?何ですか?」
「すっげえ重要なことなのに、うっかり言い忘れてて…俺としたことが…」
「…だから、何?」
「もっと早く言うべきだったのに…まじですげえ重大なことなんだけど…」
「…早く言ってください。」
「……。花城ってさ…」
「……?」

俺はぎりぎりまでもったいつけたあとで、真剣な顔で言った。

「ショートヘアすげー可愛いな。」
「………。…はあ?そんな…どうでもいい…全然重要じゃないし…」

花城はそっぽを向いて髪を耳にかけた。…耳が赤い…。
それからからかわれたと思いついたように、花城は唇を噛んで俺を睨んだ。

「…そんなこと言うために追いかけてきたんですか?ふざけ…」
「そーだよ。このために追いかけてきたんだぜ。」
「……ばっかじゃないの」

花城は身を起こして踵を返した。

「もう帰ります。ついてこないでくださいね」
「ホントそっけねーなぁ。もうちょっと俺に付き合えよ。」
「明日の勉強があるので。」
「花ちゃ〜ん勉強と俺とどっちが大事なの?」
「勉強です。」
「はっはっは!知ってた!」
「…!」

びくり、と花城が一瞬立ち止まりかけた。

「どした?」
「……。」
「花城?」

花城は話しかけるなと言うように小さく頭を振り、俯いて、俺から離れて行った。その様子がすごく怯えているようで茶化す気にもなれず、一人で帰っていく花城の背中を見送って…昇降口にたむろしている女子グループの姿を見つけた。
…伊藤さん…。
まさか…花城と何か関係が?花城は伊藤さんに怯えたのか?
人のまばらな昇降口で、伊藤さんたちのグループは不自然なほど、きゃあきゃあ盛り上がっていた。



***



期末試験が終わり、野球部は本格始動。いよいよ夏の選手権大会が始まり、一勝するたびに学校も盛り上がっていくのを感じる日々。
やっと夏が始まったという気分。今日は試合日ではないけど、晴れ渡った空を見上げながら、グラウンドを想ってうずうずした。

寝ても覚めても野球のことで頭がいっぱいだけど、唯一それ以外で胸をよぎることと言えば…花城。
気まずい別れ方をしてから一度も会っていない。そっけないのはいつもだけど、元気がないような気がした。
つーか、単純に、花城に会えなくてつまらない……。あの生意気で刺々しい毒舌で何か言ってほしい。
もうすぐ夏休みで、学校で会うこともなくなってしまうし…。
悶々としていると、ピンポンパンポーン、と校内放送の鐘がなった。

『えー、生徒会役員の1年生、生徒会役員の1年生は、至急生徒会室前に来てください。』

……。…よし。

「御幸?ドコ行くんだよ」
「燃料補給〜。」
「は?」

軽い足取りで階段を降り、生徒会室前に行くと、二人の男女の生徒が教師に何かを言いつけられていた。女子生徒は花城…なんだけど、その姿に俺は目を瞬いた。
でかい眼鏡。…花城、目ぇ悪かったのか?美人なのにあんな眼鏡、顔が隠れて勿体ない…。眼鏡のキレーなお姉さんは好きだけど、花城は掛けてないほうが可愛いのにな。それになにより、このクソ暑い日にマスクまでして。夏風邪でも引いたのか?

「じゃ、あとはよろしくな。」
「はい。」
「はい。」

花城と男子生徒…多分この前いた奴だ、周防とか言ったっけ?…は頷いて、一緒に踵を返した。

「去年の統計使えばできるよな。」
「うん。名簿作って、あとは…」

こちらに歩いてきた二人は俺に気が付き、花城は少し眉を寄せた。

「…じゃあ。」

周防は花城にそう言って、先を歩いて行った。ずいぶん気の利く奴だ。

「どしたの?その眼鏡にマスク。」
「別に。」
「ダサいぞ。」
「……。」

花城は俺を睨んで無視し、階段を上り始めた。

「夏風邪か〜?」
「……。」
「おい無視すんなって。」
「……。」
「花城!」
「ついてこないで。」
「なんで?」
「……。」
「おいっ」

ちょい、と花城のセーターの裾を引っ張ると、花城は振り払うように振り向いた。

「もうほっといてってば!」
「だから、なんでだよ?俺何かした?」
「……。…ていうか、なんで絡んでくるんですか。関係ないのに、話しかけないでよ!」

あまりの拒絶っぷりに閉口すると、花城ははっと顔にバツの悪さを浮かべた。

「花城お前…」
「……。」

俺の低い声に、花城は身構える。

「友達いないだろ。」
「……は?」

そして次の瞬間、気が抜けたようにつぶやいた。

「天使みてーなナリして中身は悪魔だな!はっはっは」
「……。先輩こそ…」
「え?何?聞こえねーよ、マスクで」
「……。」

ぼそぼそ言い返した花城の声はマスクに遮られてほとんど聞き取れない。

「マスク取れよ、風邪ひいてるわけじゃねーんだろ?」
「ちょっ…」

ひょいとマスクをつまんで、いたずらのつもりで下にずらした。花城は慌てて俺の手を掴んで、だけどそれよりも先に、マスクに隠れていた顔が晒された。
不自然に赤黒い痕が残る、薔薇色の頬が。

「…何そのアザ…」
「なんでもない…です」

花城はすぐにマスクを戻し、立ち去ろうとした。俺はその腕をつかみ、引き留めた。

「何でもないじゃねーよ!」
「……。」
「何のアザ?」
「……。」
「…ちゃんと誰かに相談してんのか?」

明らかに転んだ傷ではない。一体誰にやられたんだ?学校関係?それとも家…?考えているうちに、あの物騒な手紙のことが頭をよぎった。…まさかな…。

「…先輩が思ってるようなことじゃ…ないです」
「じゃー何?」
「先輩には…関係ない…」
「誰なら関係あるんだよ。」
「……。」

花城の目にじわりと涙がにじんで、ギクリとした。どうして俺はこういう時、優しい言い方ができないんだ?いつもいつも周りに言われる。冷たい奴だって。だけど…どうすりゃいいんだよ。

「…花城、」
「うるさい!じゃあどうすればいいの!」

俺が考えていたことと全く同じことを花城が言い返してきたから、俺は意表を突かれた。

「私何も悪いことしてないのに!」
「…じゃあ、堂々としてりゃいいじゃん」
「はぁ…?」
「悪いことしてねーなら、胸張ってろ!こんなので顔隠さねーで…」
「……。」
「あと、無視して逃げたりすんな。」

花城は少し落ち着いて黙り込んだ。

「で、このアザは?」
「……叩かれた…。」

…だと思ったよ。そうであってほしくなかったけど…

「誰に?」
「……。」

潤んでこらえていた青い瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

「お…おい」
「…う…ぅ」

花城はうつむいて泣きだし、細い肩が震えた。どうしたらいいの!?コレ…。抱きしめたり…とか…。…いや、やめとこ。

「ちょ…おい…俺が泣かしたみたいじゃんか…」
「…ううぅぅ」

周りを見渡して誰も来ないことを祈りつつ、花城が落ち着くのをハラハラ見守ることしかできない。

「花城〜…何か言ってくれ…」
「……っ、うっ」
「頼むからさ〜…」
「っ…、…知らない、先輩たち…。」

お…?

「知らない先輩?どんな?」
「…2年生…。女の…」
「…2年の女…?」

…まさか……伊藤さん?

「最初は呼び出されて…いきなり、突き飛ばされて…」
「え…」
「2回目は放課後…委員会の後待ち伏せされて…。……。」
「……何?」

花城は震える手で髪をなでた。

「髪…切られて…」
「……。」

愕然として、言葉を失った。だから、礼ちゃんに髪を褒められたとき…。思い返して、胸が痛くなる。

「それで、昨日…手紙で呼び出されて行ったら、その人たちがいて…」
「……。」
「…叩かれて…」
「……。」

そんなことをされていたのに…ずっと黙ってるなんて…

「それで…誰にも言わず一人で耐えてたのか?」
「……。」
「…花城、お前…」
「……。」
「…バカだな〜!」
「…え?」
「そういうときは監督…片岡先生にでもチクッときゃあいいんだよ!震えあがるぜそいつら」
「……。」
「なんで黙ってたんだ?」
「……。」

花城は涙を拭いながら震える声で、でもしっかりと呟いた。

「…悔しいから…」
「……。」

胸の奥が熱くなって、つい口元が緩んだ。そしたら自然と手が出て、花城のうつむいた小さな頭をわしゃわしゃと撫でてしまった。

「やっぱり面白れぇな〜〜お前…」
「……。」

ぽかんと俺を見上げた花城の目に見つめられた途端、急に恥ずかしくなって、俺は手を離した。

「じゃあどうする?」
「え…?」
「このまま黙ってるわけにはいかねーだろ。」

にんまり笑って言うと、花城はつられたのかあきれたのか、ちょっとだけ頬を緩めた。

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