018
夏休みに入ってからは、嵐のように日々が過ぎ――…
夏の選手権大会、決勝敗退…準優勝。
だけど俺は予想していたより、落ち込んではいなかった。
人目もはばからず悔しがっている先輩たちを見るのはクるけど、立ち止まって悲しみに浸るのは時間がもったいない。それよりも1日でも…1秒でも多く、次の戦いのために費やしたかった。
新キャプテンに任じられ、残りの夏休みでありったけの練習試合が組まれ、それに没頭する日々。
部内にも、笑顔が戻ってきた。
「…お!」
そんな時にその姿を見つけた。グラウンドの横を通る、花城の姿。
花城は俺の声に気づき、顔をこちらに向けた。
「花ちゃん何してんの〜?」
まだ夏休みは2週間ある。だけど花城は制服姿で、隣にはあの生徒会の1年もいて、二人はあきらかに学校の方へ向かっていた。
「生徒会の仕事?」
「補習です。」
「補習!?」
それは予想外だ。この二人の組み合わせだから、生徒会だと思ったのに。それに…
「意外だな〜花城、補習なんて…」
「え?」
「テストの点悪かったのか〜?」
ニヤニヤ尋ねると、花城は周防と顔を見合わせた。
「成績上位者の補習ですけど。」
「え…。そ、そうですか…」
なんだ…。やっぱりイメージ通り優等生なのか。そういや新入生代表だもんな。早とちりして恥ずかし…
「補習何時から?」
「10時からです。」
「じゃーまだ時間あるよな?」
「…?」
「これから練習試合するから見て行けよ。」
「え…。」
花城はまた周防をちらりと見る。
「お前も男なら野球に興味あるだろ?」
周防に尋ねると、周防は引き締まった顔で大真面目に答えた。
「野球はあまり詳しくな…」
「そうだよなぁ〜〜やっぱり野球はいいよな!!よし試合観てけ!」
「……。」
周防は閉口し、花城はあきれた目で俺を見たけど気にしない。
コラ御幸サボるな!と倉持の怒号が飛んできたので、俺は踵を返した。
「もう始まるから、ここで観てけよ。バッターボックス近いし」
二人に言い残し、俺はチームに合流した。
試合が始まり、青道の先攻。満塁で迎えた4番、俺はバッターボックスに立った。
「よーし花ちゃんのために打っちゃうぞ〜!」
「花ちゃん?」
「…って誰だ?」
「…え!?花城さん!?」
「おい花城さん見てるぞ…!」
ベンチが騒がしくなり、俺はにんまりした。こういう空気は嫌いじゃない。
「花城さん御幸を見に来たのか!?」
「なんで!?付き合ってんの!?」
「はっはっはっは!」
ねじ伏せるようなボールが飛び込んできて、俺はすくい上げるようにバットを振りぬいた。
「ホームランなら花ちゃんゲット〜!」
「打ってから言うな!!!!」
ボールは綺麗に飛んでいき、後ろのネットに当たった。
「よっしゃ〜花ちゃん見たか…」
はっ…。
塁を回ってベンチの方を見ると、ネットの傍で観戦していた花城と…殺気を纏った花城と目が合った。
やべー調子に乗りすぎた…と思っていると、花城は周防に声をかけ、踵を返して行ってしまった。
「ちょっと待って花城!まだ試合始まったばっか!」
「……。」
「ごめんって!冗談だから!」
「クソキャプテンさっさと戻ってこい!!!!!」
***
「……。」
生徒会室を訪れると、花城は「また来た」みたいな顔をしてため息を吐いた。
「来ちゃった♡」
「何の用ですか?」
「今日は花ちゃんに用があるわけじゃないんだな〜。」
「…え?」
花城は驚いて俺を見上げる。
「これよろしく。」
「…はい。」
花城の隣にいた、『文化祭申請書受付』の札の前に座っている周防に紙を手渡した。周防は内容を確認し、一瞬固まって俺を見上げた。ニコリと笑顔を返すと、周防は戸惑いがちに花城を見た。
「何?」
花城は異変に気付き、周防の手から紙を抜き取る。
「ミスコン出場者推薦書?あぁ…。……。」
青道の文化祭でのミスコン、ミスターコンには、立候補枠と推薦枠がある。大体はノリのいい奴が立候補するか、友達同士で盛り上がって推薦するかだ。立候補書も推薦書も、生徒会室前に「ご自由にお持ちください」と用意されている。
「……。」
花城は俺を睨み、推薦書をゴミ箱に捨てた。
「あ!なんで捨てるんだよ。ちゃんと書いてきたじゃん!」
「ふざけないでください。」
「ふざけてねーよ。真面目だよ。」
「受け付けません。」
「はー?ちゃんと不備のない推薦書なのに?いいのかなぁ〜?生徒会がそんなことして」
「……。」
俺はゴミ箱から推薦書を拾い上げた。そこには花城の名前が書いてある。
「それに俺は受付に出してんの。」
推薦書を広げ、改めて周防の前に置く。周防が花城に済まなそうな一瞥を送った後、名簿に名前を書き込んで、花城は裏切られたと訴えるような目で周防を見た。
「……。」
それから周防の前に手を伸ばし、未記入の推薦書を取って、名前を書き始めた。…2年B組御幸一也、と。それを周防の前に突き出し、これでどうだとばかりに俺を睨む花城。
「残念でした。俺はもうエントリーされてます〜」
「…え!?」
花城が周防を見ると、周防は黙って名簿を差し出した。俺は野球部の3年…主に亮さんの悪戯ですでに推薦されている。
「……。」
花城は俺を睨み、不服そうな膨れっ面でそっぽを向いた。
***
練習が終わり、夕暮れの中片づけをしてふと見ると、グラウンドの外で丹波さんと話している花城がいた。生徒会の仕事が終わって帰るところらしい。まあ、話しているというより、丹波さんが一生懸命話しかけている、と言った方が正しいか…。それでもこの前よりは、相手にされている分マシだ。
…ここで俺が行ったら、さすがに邪魔だよなぁ…。いや丹波さんを応援してるわけじゃないけど、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら…と言うし。それに人の邪魔なんてしなくても、俺は正々堂々…
「花城。」
と、そこへ全く構わず介入していく人物がいた。哲さんだ。
「今帰りか?」
「はい。」
「じゃあ、送る。」
さらりと速攻…。天然なんだか狙ってるんだか…あの人は怖い。花城は微笑んだ。一緒に帰るようだ。勇気を振り絞ってやっと話していたのに、一瞬で花城を奪われた丹波さんは呆然としている。
「今日は委員会だったのか?」
「はい。」
「毎日大変だな。」
「先輩も…」
…話も弾んでいるようだし。花城、俺の時と随分態度違くねぇ?あんな風に微笑んだりして…俺のことはいつも睨んでるくせに。
「もうすぐ文化祭だしな。」
「そうですね。」
「文化祭は誰と回るんだ?」
「当日は生徒会の仕事もあるし、特には…」
「決まってないなら、一緒に回らないか?」
「え?」
え?
「……。」
花城…何はにかんでで俯いてんだよ…。頭を横に振れよ。無理です、って言えよ…!まだ夏休みも終わってないんだぞ、お前を誘いたい奴はいっぱいいるんだぞ。もう誰と回るか決めちまうのかよ、まだ…、…まだ俺だって、誘ってもいない…
「…まぁ、考えておいてくれ。」
「あ…。…はい。」
そうしてふたりは夕焼けの中、はにかんで歩いていく。その後姿を見送って、俺はもどかしさに唇を噛み、耐え切れずため息をついた。
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