002


「姫は何してるの?」
「座ってるよ。」
「美しい…」
「何を考えてるのかなぁ…」
「私たちには想像もつかないことだよ」

皆、窓際の席に座っている花城さんを見ている。気づかれないようにこっそりと。花城さんは午後の柔らかな日差しで白い肌を照らされながら、少し物憂げに頬杖をついている。あんな綺麗な子に声をかけるなんて、とてもじゃないけどできない。いや、とてもできない。

「花城さーん。」

そんな中花城さんに声をかけに行くのは、このクラスでも一番目立つ女子グループの4人。鷹野司さん、卯月穂さん、烏丸茜さん、熊谷環さんだ。リーダー的存在でバレーボール部のスポーツ推薦で入学した鷹野さんを始めとし、マイペースな軽音楽部所属でいつもギターを背負ってる卯月さん、いつもクールでちょっと毒舌な烏丸さん、甘いもの好きでいつもお菓子を女子に配ってる熊谷さん。4人ともいつも一緒にいて、クラスで存在感を放っている。

「ねぇ、今日の放課後暇?一緒にカラオケ行かない?」

鷹野さんが声をかけ、その後ろにいる3人は二人の会話を見守っている。
花城さんは当然クラスで…いや、クラスどころか学校中で目立つ存在だし、皆興味がある。鷹野さんたちもそれは同じようだった。

「今日…は、ごめん、予定があって」

花城さんは申し訳なさそうに4人を見上げて答えた。

「そっかー…。じゃ、また今度行こ!」
「うん。」

花城さんが頷くと、鷹野さんは3人を連れて自分たちの席に戻った。だめだって〜、と卯月さんがあくまで悪意のない声で残念がると、鷹野さんが嗜めるように卯月さんを見た。
花城さんが彼女たちの誘いを断るのはこれが初めてではなく、俺が知る限り、まだ一度も誘いに乗ったことはない。
そもそも誘いに乗る気がないのか…迷惑だと思っているのか…と、クラス内には一種の緊張感が漂い始めていた。



***



「信二、行く?」
「おー。」

夕食後の寮で、信二と二人、バットとタオルとグローブを持って待ち合わせた。特に約束しているわけじゃないけど、ほとんど毎日信二と一緒に自主練をするのが日課になってきている。

「先輩たちにパシられんの面倒だから、土手のほうまで行こうぜ。」
「あはは。だね。」

土手のほうまで行くと自主練をしている人もまばらになる。そのほうが冷やかしも入らないし、練習に集中できる。

「そういやお前さぁ」
「うん?」

練習モードに切り替わらないのか、信二はベンチに座ってジュースを飲み始めた。

「あの子と同じクラスつってたよな?あの…姫とか呼ばれてる…」
「ああ…花城さん?」
「そうそう」

俺は脳裏に今日の気まずい空気を思い起こした。花城さん、どうして女子の誘いを断り続けているんだろう。

「どんな感じ?」
「どうって…可愛いよ、噂通り」
「…もっとなんかねーのかよ?」
「えー、なんかって?」
「何か喋った?」
「俺?全然。」
「…え〜〜〜つまんねー。」
「あはは。無理だって、高嶺の花って感じだもん、花城さんは…」
「ふーん…」

興味があってもあまり騒ぐのはカッコ悪いと思ったのか、信二はそう呟いたきり、花城さんの話をやめた。



***



「やばいやばい…」

翌日の朝練中、忘れ物に気付き、グラウンドから走って寮に向かう途中のことだった。
走る俺を追い抜いた黒い車が裏門の前に停まった。ピカピカの高そうなごつい車。映画でしか見たことないような高級車…。
一体どんな人が載っているんだろう、と少し走る速度を落とした時、後部座席から人が降りてきて…息を飲んだ。あ…あれ、花城さん!?やっぱりお嬢様…?そんな雰囲気だとは思ってたけど…。

「今日は迎え…来なくていい。」
「ですが…」
「もう行って。」

ドアを閉め、花城さんが車から離れると、車は諦めたようにゆっくり発進し、走り去っていった。花城さんはちょっと不機嫌そうな顔で振り向き――俺を見てぎくりとした。

「あ…おはよう!」
「……。」

咄嗟に挨拶した俺を、だんだんと青ざめていく顔で見つめる花城さん。

「えーと…俺、同じクラスの…東条だけど…。」
「え…。」

ちらり、と砂だらけのユニフォーム姿の俺を確認し、はっと息を飲む花城さん。お、俺のこと、覚えてなかったんだ…。

「う、うん…おはよう。」

花城さんは青ざめたまま誤魔化すように呟いて、居心地悪そうに肩を竦ませた。

「すごいカッコいい車だと思ったら、花城さんが降りてきたからびっくりしたよ!お父さん?」
「え…?…んん…」
「…?いつも車で来てるんだ?家遠いの?」
「いや…、…うん…ん」
「…???」

煮え切らない声でどんどん焦っていく花城さんを見ていたらなんだか可哀そうになってきた。俺、なんかまずいこと聞いちゃったかな…?

「…あ!やばい練習戻らないと。忘れ物取りに来たんだ。」
「え…。」
「じゃあね花城さん、また教室で!」

花城さんに手を振って、俺は寮に向かって走った。その背中を、花城さんが見つめているとも知らずに。



***



「花城さん!今日はどう?一緒にマックいかない?」

今日も鷹野さんが花城さんを誘いに来ている。また断るのかな…と思っていると、花城さんは意を決したように鷹野さんを見上げた。

「…うん。行こう。」
「…え!?ほんとに!?」

鷹野さんたちもダメもとで誘っていたのか、突然の承諾に嬉しそうに笑って顔を見合わせた。

「え〜何何?花城さん今日は大丈夫なの?」
「よかったね〜司ぁ」

少し離れて様子を見守っていた3人も駆け寄り、5人でどこに寄り道しようか相談が始まったようだ。俺はふと、今朝のことを思いだして胸騒ぎがした。
『今日は迎え…来なくていい。』
花城さんはそう言ったけど、運転していた人は納得してなかった。口調からして、親とかではなさそうで…花城さんもアレが誰だったのかを濁した。
大丈夫なのかなぁ…。
…ん?

「どうしたの?花城さん」
「あ…、ううん、なんでも…」

今…花城さんと目が合ったような…。俺、見すぎてたかな…!?気を付けないと…。



***



「東条!」

練習後、いつものごとく麻生先輩たちに囲まれて、来た〜…、と内心嘆いた。入学式後から麻生先輩たちに目をつけられてしまい、毎日絡んでくる。その理由は…

「花城さんと何か話したか!?」
「今日こそメアド聞いてきたんだろうな!?」

…花城さんだ。

「いや…、花城さん、男子と全然喋らないんで…」

さすがに声かけづらいよ…。花城さんに声をかけに行って、しかもメアドなんて聞いたら、クラスどころか学年中で噂になりそうだ。花城さんにも迷惑かけちゃうし、それは避けたい。

「な〜〜んだよ!度胸ねーなぁお前!」
「そんなんでピッチャー志望か〜〜!?」
「……。」

それは関係ないじゃん…。っていうか、だったら先輩達、自分で聞きに行けばいいのに…。

「つーかさ花城さんって彼氏いんの?」
「中学どこ?」
「さ、さあ…。」
「ハァ!?お前なんも知らねーのかよ!?」
「それでもクラスメイトか!?」

め…めんどくさい…!

「明日こそ何か聞いて来いよ!いいな!?」
「接点ある奴お前しかいねーんだぞ!」
「えぇ…」

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