020


「東条君、おはよう!」
「あ…おはよ!」

2学期が始まり、この賑やかさが懐かしい。
穂はやっと東条君と挨拶を交わすようになり、私達は穂の片思いを見守っていた。

「残念だったね、野球部…」
「え?あぁ…はは。でも、もう次は秋大があるから!」
「そ…そうなんだ。頑張ってね。」
「ありがとう!」

穂はそこまでで精いっぱいだったようで、赤くなった顔で私たちの元に戻ってきた。

「あ〜〜!朝から爽やかすぎるよ〜…」
「良かったじゃん話せて!」
「はー緊張した〜。…っていうか、あきたいって何?」
「秋の大会じゃないの?ほら、夏大とか春大とか言うでしょ…」
「あ〜!へぇ〜。秋もあるんだ…。…夏と何が違うの?」
「さぁ、そこまでは…」

東条君に一生懸命話しかけるものの、穂も私たちも野球には疎くて、いまひとつ穂の力になれない。それに…

「東条おはよー!」
「おはよ!」
「東条宿題やったか〜?」
「あはは、なんとか!」

…東条君はとても社交的で、男女問わず友達が多い。さらに、一番厄介な問題がある。

「あ…花城!おはよう!」
「おはよう。」

東条君は花城さんに夢中…!!あの絶世の美女に対抗するすべなんてない。頭脳明晰品行方正、性格も良いし男子からモテモテ…その中でも東条君とはかなり仲が良く、よく一緒に喋っているし、クラス内でも二人は特別な雰囲気があって…本人たちもそれを自覚している節がある。付き合うのも時間の問題…っていうか、実は付き合ってますと言われても驚かない自信がある。

「それで昨日信二と食べてみたらさ…、」
「あはは、そうなんだ。」
「花城も今度買ってみなよ。」
「やだよ、不味いんでしょ?」
「沢村は美味いって言ってたよ。」
「誰?」
「C組の…」

…すごい盛り上がってる…。穂はもどかしそうにううぅと唸った。
そこへ、いつもより少し遅れて環がやって来た。

「おはよ〜環…」
「…どうしたの?」
「…これ!」

なんだか興奮気味で顔を赤くした環が、私たちの前に箱を広げた。中には美味しそうなクッキーが入っている。

「わ〜美味しそー!作ったの?」
「う、うん…食べて。」
「いただきまーす!」
「おいし〜しあわせ〜」
「あ〜太る〜…食べるけど」

環はお菓子作りが得意で、よく作ったお菓子を持ってきてくれる。将来はパティシエになるのが夢だそうだ。

「で、どうしたの?遅かったけど」
「…渡してきた」
「え?」
「…御幸先輩に!これ渡してきた…!」
「…え!?」
「今!?」
「…今。」

ひゃ〜〜!!と穂が両頬を手で覆って声を上げた。私たちは夏休み中に野球部の試合の応援に行き、そこで環は御幸先輩に惚れてしまったのだ。イケメンだし、試合してるところはカッコいいし、投手をリードしている姿にキュンとしたのだそう。確かにわかる。野球をしている男の子って真剣でかっこいいんだなぁ、と私も思ったし。

「な、なんて!?」
「…昨日手紙を靴箱に入れといたの。明日の朝校舎裏に来て下さいって…」
「そ、それで!?」
「名前言って、大会お疲れさまでしたって言って、応援してますって言って、お菓子渡した!」
「きゃ〜!」
「先輩何か言ってた!?」
「ありがとうって…あ〜カッコよかったぁ…!」
「頑張ったじゃん環〜!」
「でもメアドとか聞けなかった〜!緊張しすぎて…!」
「次があるよ次が!」

環を励まし、私は茜に視線を移した。

「茜は?その後どうなの?」
「え…。」

茜の顔がにわかに赤くなった。

「な、なにも…。話してすらないし…。」
「え〜いっちゃえいっちゃえ!今チャンスじゃん!大会の話題もあるし」
「そうだよ〜!」
「……。」

茜は隣のクラスの降谷君に片思いしている。寡黙で落ち着いてるところが良いんだそうだ。

「だ、だめ…!初対面だもん」
「そんなこと言ってると他の人に先越されちゃうよ〜?」
「そうだよ、大会で目ぇつけた女の先輩とか多いんだから!」
「わかってるけど〜…!」

穂は東条君、環は御幸先輩、茜は降谷君…。皆恋してるなぁ。

「ねぇ、司は好きな人いないの〜?」
「えっ?私?」

私はつい反射的に、大袈裟に驚いた。

「ないない!私超面食いだし〜」
「え〜、できたら教えてね?」
「私たち協力するから!」
「あはは、そのときはよろしく〜。」

おどけながら、心臓が速まるのを感じた。
思い出すのは、あの暗い廊下で出会ったあの人。結城先輩が、真剣な顔で、花城さんを追いかけて行った後ろ姿…。

「今のところ環が一歩リードだね!お菓子渡すなんてすごいよ!」
「そんなことないよ…もー自分が何言ったかもよく覚えてない」
「私たちの中で一番先に彼氏できるのって誰かな〜?」
「やめてよそんな話〜」


「は…花城さん、いますか?」

教室にぎこちない声が響いた。E組の男子だ。そのただならぬ様子に、クラスが騒然とした。いや、クラスだけじゃない。E組はもちろん、他のクラスで騒ぎに気付いた人たちも集まって、廊下はちょっとした事件現場になった。
男子は花城さんを階段の踊り場まで促し、野次馬の目から少し離れたところで話し始めた。

「告白だって!告白!」
「マジ!?ここで!?」
「スゲェー」

皆の前で告白するなんて、勇気あるなぁ…。花城さん、なんて返事するんだろ…。
廊下には野次馬が溢れ、上からも下からも好奇の目にさらされながら、男子は顔を真っ赤にしている。

「花城さん、あの…」
「……。」
「…俺と付き合ってください!!」

うお、言った、と野次馬が息を飲んだ。

「……。」

花城さんは野次馬を気にして躊躇いながら答えた。

「…ごめんなさい。」

予想通りだ。どうしてか、花城さんは断るような気がしてた。
前、誰とも付き合わないって言ってたし…。なんでかは知らないけど。

うわー、と野次馬が歓声を上げる中、花城さんは階段を降りてどこかへ行った。野次馬たちは海を割ったように道を開け、花城さんを通した。騒ぎが収まるまでどこかで時間をつぶすのかもしれない。たしかに、こんな空気の中普通に教室に戻って席に着く度胸は、私だったらない。
フラれた男子は泣くほど落ち込んで、友達に慰められながら教室に戻っていった。こんなパフォーマンスのような告白をしたけど、想いは真剣だったようだ。

「E組の人可哀そ〜頑張って告白したのに…」

教室に戻ると、穂が両手で頬杖をついて呟いた。

「しょうがないじゃん、好きじゃないんだから」
「そうだけど〜」
「みんなの前で呼び出したのはあっちだしね」
「それもそうだけど〜」

まあ、人目も憚らず泣いちゃうくらい想ってたんだなと、可愛そうになる気持ちはわかるけど…。

「花城さんってどんな人と付き合うのかな。」
「うーん、想像つかないね」
「やっぱ東条君?」

皆で東条君を振り返る。東条君もさっきの告白を見ていたけど、今は男子の友達と宿題の話をしている。

「やめてよ〜!」
「あはは、ごめんごめん」
「冗談だって」

穂が悲しそうにしたので、私たちは慌てて笑って流した。
だけどあんなふうに告白されるのってどんな気分なんだろう。きっと告白自体、花城さんは1度や2度じゃなんだろうなぁ…。

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