022


「たのもー!」

ある日の休み時間、とても騒がしい男子がうちのクラスに飛び込んできた。他の何人かの友達を引き連れて。
それが野球部の沢村君、金丸君、小湊君、降谷君だと気づいたとき、東条君が席を立った。
茜は突然の降谷君の来訪に色めき立ち、私たちはからかうように視線を向けた。

「沢村?どうしたの?」

東条君は、どうしたの?の部分は金丸君に向けて尋ねた。

「あいつ止めたのに聞きやしねーんだよ…!」
「何を?」
「栄純君!教室に戻るよ!」

小湊君が沢村君を止めに入った瞬間、沢村君が叫んだ。

「花城光さんはいらっしゃいますか!」
「え?」

クラス中の視線が花城さんに向き、沢村君が花城さんに気づいた。

「うおっ!?君が噂の!?」
「…噂?」

訝しげに眉を顰める花城さんに、沢村君はずかずか近づいていく。花城さんを呼び出す男子闇に来る男子は結構いるけど、彼のように不躾で無遠慮なのは初めてだ。だからか、花城さんも若干戸惑ったように身を引いた。

「おい!花城さん困ってんだろ…!」

金丸君も止めに入るが、沢村君は止まらない。

「アンタが姫だろ!?」
「は?」
「姫って呼ばれてるじゃん!皆に!」
「皆って誰?」

花城さんは迷惑そうに眉をしかめた。確かに、姫と呼んでいるのは花城さんに憧れている一部の人たちで、本人に面と向かって言う人はいない。

「とにかくそうなんだよ!」
「知らないけど」
「でも何で姫なんだ?」
「知らないって」
「いい加減にしろバカ村!!」

金丸君のチョップが沢村君に命中し、花城さんごめん、こいつバカで、と謝る金丸君に、花城さんは引き気味に苦笑した。そんな中、ずっと静かに立っていた降谷君が、静かに言い放った。

「可愛いからじゃない?」

茜が息をのんで、悲しげに眉を下げた。思わず視線をやると、茜は平気とでも言うように口角を上げ、俯いた。

「……。」
「……。」
「……。」

沢村君たちは閉口し、降谷君を見上げて、しばらく沈黙が流れた。

「……成程!!」

沈黙を破ったのは沢村君だった。

「可愛いから姫なのか!…けど安直すぎねーかそれ?やっぱあだ名マスターのこの俺がもっとふさわしい二つ名を…」
「意味わからないんだけど…何の用?」

花城さんはちょっと顔を赤くして沢村君たちを睨んだ。

「ああ!そうだった!」

忘れるところだった、と沢村君は携帯を取り出した。

「頼みがあって来たんだよ!」
「…何?」
「メアド教えてくれ!」
「…!!?」

沢村君の後ろにいた金丸君や小湊君が顔を赤くして言葉を失った。

「昨日倉持先輩とゲームで賭けたら負けちまって!花城のメアド聞けなかったら1か月パシリの刑なんだよ!!」
「……。」
「けど花城のメアド聞いてきたらチャラだって!助かったぜぇ〜こんなことでいいなんて!ほら早く教えてくれ!」
「…やだ。」
「…え!?」

それまで意気揚々としていた沢村君が一瞬で凍り付いた。

「な、なんで!?」
「そんなよく知らない人に連絡先教えたくない。」
「な!なんてリテラシー意識の高さだ!!感心するけど今は大目に見てくれよ頼む!!」
「嫌。」
「マジで頼むから!俺1か月パシられんだぞ!救えるのは花城だけなんだぞ!!」
「そんな賭けするほうが悪い。」

確かにね、と東条君が笑って、小湊君も頷いた。
そんなぁ〜…、と崩れ落ちた沢村君を見て、花城さんも笑い出した。

「…東条!!」
「な、何?」

すると沢村君は標的を変え、東条君の両肩に縋りついた。

「花城のメアド知ってるだろ!?頼む!教えてくれ!!」
「いや、俺も知らないよ。」
「え!?」

沢村君とともに、私たちも驚いて穂と顔を見合わせた。東条君も花城さんとメアド交換してないの…!?

「誰か!!花城のメアド知ってるヤツいないのか!?」
「いないよ。」
「え!?なぜ!?」

困惑する沢村君から目を逸らし、気まずそうに沈黙する男子。1学期に花城さんに強引にメアドを聞こうとした男子だった。あのときは東条君が嗜めて、収まったのだけど…。

「くっそ〜こんなに入手難易度の高いレア物だったとは!!」
「お前ゲーム思考になってるぞ」
「姫!!どうしたらメアドを教えてくれるんだ!!供物か!?魔物退治か!?」
「姫って呼ぶのやめて。」



***



「花城さん。」

トイレで花城さんに会った。今度は偶然。手洗い場で並んで手を洗いながら声をかけると、花城さんは手をハンカチで拭きながら私を見た。

「花城さんって、モテるね…」
「……。」

花城さんは一度手元を見て、曖昧に苦笑し手首を傾げた。

「男子はみんな花城さんのことが好きだし…」
「そんなことないよ。」
「そんなことあるって!今日沢村君たちも可愛いって言ってたじゃん。」

褒めたつもりが、花城さんは悲しげに私を見つめた。

「…私それになんて言えばいいの?そうだねって言えばいいの?」
「え…、あ、いや…」
「それってすごく嫌な人間みたいじゃない?」
「ご、ごめん…」

た、確かに…。反応に困ること言っちゃった。褒めたつもりだったけど…。

「ただ羨ましいなって…。花城さん、綺麗で、頭もよくて…だから…」
「…私は鷹野さんたちの方が羨ましい。」
「え?な、なんで?」
「私もそう思う。私なんかが羨ましいなんて」
「……。」

は、花城さん、なんか怒ってる…のかな?

「ご…ごめん…?」
「……。」
「で、でも、こんな…可愛いしさ…」
「……。」

…うわーん!何言っても怒られる気分…!なんで!?

「で、でもびっくりしたな…!東条君も花城さんのメアド知らないなんて…」
「そもそも、聞かれてないから。」
「そ、そうなんだ…。」

東条君と花城さんの関係がますますわからない…。

「前、言ってたよね…」
「…?」
「誰とも付き合わない、って…。」
「あぁ…うん」
「今も変わらないの?」

東条君とも…結城先輩とも、付き合うつもりはないの?

「うん。」

花城さんはためらいなく頷いて、ハンカチをしまい、立ち去りたそうにトイレのドアをちょっと振り返った。

「それって、なんで?」
「……?」
「だって、花城さんすごいモテるのに…。」

この間もみんなの前で告白されたりして…。

「んー…」

花城さんは髪を耳にかけ、ちょっと考え込んだ。別に、とか言われて、話を切り上げられてしまうかと思ったから、意外だった。

「…そもそも、誰かと付き合いたいとも思わないんだよね。」
「…え!?なんで?」
「なんでって言われても…。」
「好きな人とかいたことないの!?」
「…ないかなぁ。」

私は、ぽかん、と口を開けたまま、首をかしげる美少女を見つめた。こ、こんな、皆のあこがれの的でありながら、こんな…!

「せっかくモテるんだから、付き合ってみればいいのに。」
「……。」
「付き合ってみたらだんだん好きになるかもよ?」
「鷹野さん、そうまでして誰かと付き合いたいの?」
「え?あ…そういうわけじゃないけど…」
「大体…なんで付き合わないのとか、好きな人いないのとか、皆聞くけどさ…」
「……。」
「理由なんてないし、興味がないの。それってそんなにおかしいこと?」
「おかし…くはないかもだけど、変わってるんじゃないかな…」
「そうかな。」

花城さんが何考えてるか全然わかんない…。

「まぁ…どっちにしても私、誰とも付き合えないんだけどね。」
「…好きになれないから、ってこと?」
「…ううん。婚約者がいるから。」

……え?

「え!?えっ何…婚約者!?ウソ?冗談?」
「家の都合で従弟と結婚するの。だから、誰と付き合っても意味ないし…婚約者がいる人となんて誰も付き合いたくないでしょ。」
「……。」

ほ、本当なの…?婚約者?
花城さんは冗談を言ってるようには見えない。手洗い場に手をついて、少し寄りかかって落ち着いた態度だ。

「誰にも言わないでね。色々噂されるの嫌だから」
「え…!う、うん…。言わない…。」
「…そういうわけだから、私、誰とも付き合えないから。気にしなくていいよ。」
「あ…」

花城さんは踵を返し、トイレを出て行ってしまった。
前にも似たような質問をしたから…しつこいから、本当のことを話してくれたのかな…。
婚約者…か。
じゃあ花城さんは、もし好きな人ができても…叶わないんだ…。あんなに、綺麗な子なのに…。きっとどんな素敵な人とも、両想いになれるのに…。
花城さんが、私たちを羨ましいっていった意味って…そういうこと…?

prev next
Back to main nobel
ALICE+