026
「よお。」
着替えて裏口で花城を待ち伏せていると、制服に着替えてやってきた花城は肝の据わった表情でまっすぐ俺を見つめた。
あんなトラブルの後であんなに堂々とステージに立って、しかも観客の心をわしづかみにするなんて。やっぱり花城って…目が離せない。
「やるじゃん。一番目立ってたぜお前!」
「それ誉め言葉ですか?」
「当たり前だろ!お前ピアノ上手いのな」
「小さい頃からやってただけです」
「つーかナントカ…ナッツって何?あとラベンダー食ったことあんの?」
「うるさいな〜…」
「はっはっは!なんだと…」
はっ、と花城が顔をこわばらせた。何事かと視線の先を見ると、こっちを睨んでいるようにも見える伊藤さんたちがいて、俺はすとんと理解した。やっぱり、伊藤さんが花城に嫌がらせを…?もしかして、呼び出して暴力をふるったり…髪を切ったのも?そして、まさか、あの物騒な投書も…?
「……。」
花城は何を思ったか、急に俺に近づいてきた。
「?何…、」
「御幸先輩。これ、ありがとうございました。」
突然そんな風に抜群の笑顔で言うものだから、つい戸惑った隙に花城がネクタイピンを俺のネクタイにつけた。胸元に触れられた感触と近づいた距離に顔を赤くしながら、踵を返して去っていく花城と、険しい形相で花城を睨む伊藤さんとを見て、全てを察した。
「…待てよ!花城!」
花城を追いかけて体育館裏で捕まえると、先ほどの一瞬の笑顔はなく、いつもの挑戦的で生意気な表情で俺を睨んだ。
「何ですか?」
「スカートを切った犯人って…今の2年の女子なのか?」
「……。」
「花城。」
「…どうしてそんなこと聞くんですか?」
「俺の知ってる奴だから…」
「聞いてどうするんですか?先輩が注意でもしに行くんですか?」
「そりゃ止めるよ!当たり前だろ」
「やめてください、そんなこと。」
「なんでだよ。」
「先輩にそんなことしてもらう義理ありません。」
「…は?」
花城は俺の手を振り払い、素っ気なく振舞った。
「義理とかそういう問題じゃねーの!俺の責任でもあるんだし…」
「どうしてですか?」
「…いやだから…とにかく知ってる奴なんだって!言えよ、あいつお前に何した!?」
「あの先輩、御幸先輩のことが好きなんですよね。」
「だっ…、…え?」
「御幸君に色目使うなって言われました。そんな覚えないですけど」
「…あ、そう…」
「確かに御幸先輩も無関係じゃないけど、これは私とあの人の問題です。ほっといてください。」
「ほっとけるわけねーだろ!これが初めてじゃないんだろ!?」
「……。」
「前言ってた…打たれたり髪切られたのも…あいつら?」
「…言いません」
「だからなんでだよ!」
「御幸先輩に助けられたくない!」
「…頑固だな!このバカ!」
花城の目がびっくりしてまん丸くなった。
「わかったよ、じゃあ助けない。」
「…それはどうも。」
「つーことはさっきのは、お前の仕返しだったってことだよな?」
「…え?」
「俺に珍しく愛想よくしたと思ったら、伊藤に見せつけてたんだろ。」
「……。」
「俺に助けられたくないとか言っといて、利用したんだろ?」
「それは…。…そうだけど」
「フェアじゃねーよな、俺も何かしてもらわないと。」
「……。」
花城の表情がにわかに強張った。いつも生意気で上手だから、俺に翻弄されて動揺してる花城は珍しいし、なんだかクセになりそうな気分だ。
「さーて何してもらおうかな〜…」
「……。」
「うーん…」
「……。」
「…よし!決めた!」
純粋な瞳でおそるおそる俺を見上げる花城。こんな不安そうな顔初めて見るぜ…可愛い…。
「ほっぺにチュー…」
「グーでいいですか?」
右頬を指さして差し出した俺に、花城は握りこぶしを作って言った。
「待てよ冗談だって!ついからかいたくなっちゃってさ〜…」
「もう行っていいですか?行きます」
「コラ!聞いたんだからせめて答えるまで待て!」
「……。」
「おーい。いいのかな〜?俺に借りを作ったままで!」
「……。」
花城は大変不服そうに立ち止まり、振り返った。
「じゃあ…」
一緒に文化祭を回ろう。その一言をいざ伝えようとすると、心臓が暴れ始めた。落ち着け俺…!なんか、こう、いつもみたいに軽〜く誘っちまえばいいんだ。この流れで…
「花城。」
と、そこへ低い声が響いた。
「…御幸。」
哲さんだ。哲さんは花城と俺を交互に見たけど何も言わず、花城に微笑んだ。
「行けるか?」
花城の目が一瞬俺を見た。だけど目が合ったと思ったときにはもう、その目は哲さんを見ていた。
「…はい。でも…」
また遠慮がちに俺に向けられる目。やめてくれよ、そんな目で見られたいわけじゃない…
つーか…なんだ、花城、とっくに哲さんと約束して…
「じゃ…またな花城。」
俺は踵を返し、失礼します、と哲さんにも目礼した。
あー…バカバカしい。みじめな気分だ…
***
「ちょっと一也!!!」
暇なのでクラスの手伝いをして時間をつぶしていると、憤慨した鳴とちょっと飽きてきたような顔のカルロスと白河がやってきた。
3人の登場にクラスの中は「稲実だ」「あの人エースの人じゃない?」と少しざわついた。
「何?」
「光ちゃんってお前らのキャプテンの彼女なの!?」
「……。」
あー…哲さんと花城が一緒にいるところを見たのか。
「知らん。」
「何それ!?本当のこと言いなよ!!」
「うるせーなー。なんでそんなキレてんだよ。」
「べ…!別にキレてるわけじゃないし!!」
「さっきショックでクレープ落としてたけどな。」
「もったいない…」
「ちょっと黙ってろお前ら!!」
プライドの高い鳴は強がったが、カルロスの裏切りによって相当花城に入れ込んでいたことが露呈した。
「へー。お前花城に惚れたんだ?(笑)競争率たけぇぞ〜」
「はっ…!?」
「一目惚れか〜?面食いだな…」
「…ッッそうだよ!!だって可愛いじゃん!!」
鳴が突然素直に認めたことに驚いて、えっ、と息をのんだ。だって絶対見栄張ってはぐらかすと思ったし…。
「悪い!?!?」
「いや悪くねーけど…」
「つーか俺のほうが絶対カッコいいもんね!!見てろよ来年の今頃は俺と光ちゃんが付き合ってるんだから!!」
「あ…そう」
「鳴があんなふうに宣言するとはな。」
「いつもモテてる自慢ばっかしてるくせに…」
カルロスと白河が呟くと、鳴はけろりとした顔で恥ずかしげもなく言い放った。
「だって別に恥ずかしくねーもん。つーかこの俺が一目ぼれした子だよ?自慢してほしいね!」
「うわあ…」
「恥ずかしがって隠してるうちに別の奴にとられるほうがダサいでしょ!」
えっへん、と胸を張って言い切った鳴に、周りにいた奴らはどこか関心すらして顔を見合わせた。
俺は胸の奥に蘇った苦い記憶に気づいて、唇を舐めた。鳴はそんな俺を見て、見通したような顔をして、フッと笑った。
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