027
「それだけで足りるのか?」
花城の手にはクリームがサンドされた小さなワッフルが一つ。俺は焼きそばに唐揚げにホットドッグを買って、まだ少し物足りないくらいだ。自分が花城より食べる量が多いのはわかっているが、それにしても花城は小食すぎると思った。
「はい、ミスコンの前に少し食べたので」
「あ、そうか。そうだったな」
そういえば誘ったときにそんなことを言っていた。
ミスコンの会場で花城と出くわした時、俺の腹が鳴って、昼飯は済ませたかと聞くと軽く食べただけだというので、これが終わったら昼飯買いに行かないか、と誘ったのだ。
「さっきはすまなかったな。」
「え?」
「御幸と話してたんだろ?」
花城は包み紙を綺麗に向きながらはにかんだ。
「大丈夫です。」
何を話していたんだろう。柄にもなくそんなことが気になった。
「あ!」
不意に、通りかかった赤ん坊を抱いた若い夫婦の女性が、花城を見止めてやって来た。
「あの。先ほどはありがとうございました。」
「いえ、大丈夫でしたか?」
「はい!ほら、お腹いっぱいでぐっすり眠ってます。」
「本当ですね、可愛い。」
女性は抱いている赤ん坊を花城に見せて微笑んだ。花城も朗らかなほほえみで赤ん坊を見た。
「さっき話した、案内してくれた子だよ。」
「あ!そうなの?ありがとうございました。」
すると女性が夫にそう言って、夫は目を丸くした。ね?と目配せをする妻に、夫は本当だな、と頷いている。
「さっき、すごいキレーな子に助けてもらった、って妻がはしゃいでて。」
「だって男の人に聞き辛くて、やっと女の子見つけた!と思って声掛けたら、びっくりするくらい綺麗な子だったんだもん!」
「え?いえそんな…」
花城は顔を赤くしてはにかんだ。
「最高の彼女さんですね。」
「え?」
不意に女性が俺にそう微笑んできて、驚くと、花城が慌てて首を横に振った。
「あの、ち、違います…」
「え!?やだウソ、ごめんなさい!」
「もー、何言ってるんだよお前。」
「やだ〜本当にごめんなさい。彼氏さんも男らしくてお似合いだな〜って純粋に…」
「失礼だろ〜…」
「ごめんなさい〜!」
いえこちらこそ、すみません、と困ったように笑いながら言う花城を見て、俺は胸の奥底が熱くなった。
「俺は嬉しいです。」
思ったことをそのまま言うと、花城の顔がみるみる赤くなった。
「な、な、何言って…」
夫婦は笑顔になって、お互いに小突き合った。
「あっお邪魔かな…?じゃ、ありがとうございました!」
「どうも。」
女性が夫の腕に掴まり、笑顔で話しながら去っていく。
「青春だね〜。」
「俺らが学生の頃を思い出したよ。」
「文化祭は一緒に回れなかったけどね。」
「誘おうと思ったんだよ。」
「本当に〜?うふふ…」
「……。」
花城はその姿を、どこか悲しそうに見つめていた。
「花城、食べようか。」
「あ、はい…。」
俺たちはベンチに座り、買ったものを広げた。…と言っても、花城は包み紙を剥き終わったワッフルだけだ。
「この後、予定はあるのか?」
「…生徒会に…」
「そうか。忙しいんだな。」
「……。いえ…、…はい」
花城は静かに答えるだけで、黙々とワッフルを食べていた。彼女はいつも悲しげな顔をしている、と思う。せっかく綺麗なのに、と思うけど、その憂い顔もとても綺麗で、いつまでも見ていたい、とも思う。そして…笑顔が見てみたい、とも。
一緒に文化祭を回ろうと、改めて誘おうと思ったけど、忙しいのなら仕方がない。ミスターコンの結果に期待することにして、今は諦めよう。
花城がゆっくり食べていたのと、俺が少し急いで食べたからか、花城がワッフルを食べ終える頃には俺もほとんど食べ終えた。そして総合案内所の方へ向かって、一緒に歩き始めた。
「……。」
会話はない。いつも一緒に帰る時もそうだ。俺は口数が多い方ではないし、花城も同じで、それに、俺は花城のことをあまり知らない。知りたいとは思うのに、大したことも聞けないほど、知らない。
何かを聞こうと思っても、花城が隣にいると…手が触れそうなほど近くにいると、何も考えられなくなる。例えば、今、あの手を俺が握ったら、花城はどんな反応をするんだろう…とか、そういうことで頭がいっぱいになってしまう。
「花城…」
総合案内所の、白いテントの屋根が見えてきた。だけど、まだ…
「…?はい?」
花城と歩いていたい。
「光。」
白い詰襟制服の男が花城の腕を掴んだ。
「!…」
花城は息を飲んで、じっとそいつの顔を見つめた。本当に驚いた顔で。
あの制服は…白栄のもの。花城が中学まで通っていた学校の…
男の後ろには、同じ制服を着た男たちが数人いて、皆無遠慮に俺と花城を見ていた。
「…来てたの?」
「ああ。」
「……。」
男は花城の腕には触れただけで、すぐに離した。
「花城さん、久しぶり。」
「あ…うん。」
「……。」
男の友人のうちの一人が花城さんに友好的に挨拶したが、花城を呼び止めた男が少し睨むと、友人たち同士で肩を竦めて顔を見合わせ、踵を返した。
「じゃー俺たち、適当に回ってるから…」
「ああ。」
去っていく友人たちにそう頷き、男は花城を見る。花城は一瞬きょとんとしたが、あ、と思いついたように俺を振り返った。
「すみません。従弟なんです。」
「あぁ…そうなのか。」
頷きながら、内心安堵している自分がいた。花城の恋人かもしれない…と思ったら、胸に靄がかかったようだったから。
「じゃあ俺は、クラスに行くよ。またな。」
「はい、また…。」
踵を返し、後ろ髪惹かれる思いで校舎に向かった。花城を誘いそびれてしまった。明日は、誰かと約束しているかもな…。ミスターコンで優勝できていれば、いいのだが。
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