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「さっきの奴は誰だ?」
「え?…先輩だよ。近所に住んでる…」
「ふうん…」

光と学校内を歩きながら、周りを観察する。俺の制服が目立つのもあるけど、光が通りかかると誰もが振り向く。白栄でもそうだった。ただ、ここまで無遠慮な視線には晒されなかったが。

「何で来たの?今試験前でしょ…」
「勉強はもう終わった。」
「そうだろうけど…試験前は外出禁止のはずでしょ」

白栄の学生寮は、試験の2週間前から私用での外出が禁止され、平日は2時間、休日は午前と午後に3時間ずつ自主学習の時間が定められている。こんな修行僧のような生活が小学校から大学まで続くのだから、気が狂いそうだ。

「抜け道はいくらでもある。」
「……。お父さんたちに知られたら…」
「どうにもならないさ。父さんたちは結果にしか興味がない。」
「…そうだけど」

それは光だってよく知ってることだ。だって、だからこそ、光は青道に進学したのだから。

「だからって私の所に来なくても。」
「あいつらが行きたいって言ったんだよ。」
「どうして?」
「楽しそうだと思ったんじゃないか?…それより、」

そんなどうでもいい事を話しに来たわけじゃない。俺は遠慮なく話を変えた。

「ミスコンに出るなんて、意外だな。」
「!…見てたの?」
「まあな。出場者の写真に載ってたから。」
「……。出場させられたんだもん」
「そうだろうと思ったよ。」
「あーもう恥ずかしい。忘れて。」

…忘れるもんか。

「…それで?こっちの学校はどうなんだ?」

人気のない中庭に到着し、百日草や夾竹桃が咲いた花壇の傍のベンチに腰を下ろした。

「別に…普通。」
「そうか。」
「勉強は少し楽かな…それだけは良かったかも。一生懸命勉強したって、どうせ…」
「……。」
「…光臣は?そっちの高校はどう?」
「何も変わらないさ、中学と」
「それって…最悪だね」
「ああ」

ふう、とほとんど同時にため息をついた。

「あーあ…」

光はもう一度自嘲気味にため息をつき、憂鬱そうに空を見上げた。

「私達、あと2年とちょっとで結婚するんだね」
「ああ。」
「実感湧く?」
「全く。」
「私も。」

高校を卒業したら結婚。それは親同士が決めた約束だった。それによって花城家のあらゆる権利や資産を守るためだ。

「光臣って…好きな子いるの?」
「いない。」
「…そう。」
「いるのか?」
「いないよ。」
「ふうん…」

探り合うような会話。光は俺の気持ちに気付く由もなく、俺は光の気持ちに気付かないふりをする。もう何年もずっと。

「自由はあと2年半だぞ。好きに生きろよ。」
「……。どうせなくなるなら…何もいらない」
「そういうものか?」
「私はね。」

俺は…どうせ手に入らないなら、見せかけでも欲しい。

「私と結婚なんて、光臣も嫌だよね…」
「……。」

無理矢理決められた結婚。光は自分を不幸だと思っている。

「仕方ないだろ。」
「そうだけど…結婚だよ?従姉弟同士で。」
「百年くらい前まではよくあることだった。」
「光臣は嫌じゃないの?」
「……。」
「私に気使ってる?正直に言っていいよ、嫌でしょ?当たり前だよ。」
「別に使ってないし、嫌じゃない。」
「……えぇ?」

光は眉を寄せて俺の顔を覗き込んできた。

「ちゃんと考えてる?2年後に結婚式で、私にキスできる?」
「……。」
「ほら!嫌でしょ?」
「別に。」
「…え?」
「今してみようか?」

光は驚いて固まって、知らない人を見るような目で俺を見つめた。

「…冗談だよ。真に受けるなよ。」
「…やだもう、やめてよ!光臣がおかしくなっちゃったかと思った」
「フッ…今の顔…」
「怒るよ?」

光は俺を睨むと、またため息とともにベンチに背をもたれた。

「…お父さん、今どこにいるの?」

それから俯いて、俺にそう尋ねてきた。

「……先週、ボストンに行くと言ってた。」
「やっぱり光臣には言うんだ。」
「……。」
「私…家出してもバレないんじゃないかなぁ。」
「それはさすがにバレるだろ。」
「どうかな…わかんないよ。」

光の父親は資産のことにしか興味がない、と言っても過言ではない。光のことは自分が資産を受け継ぐ道具としか思っていないし、光を思いやるようなことを言うことがあってもそれは光を繋ぎとめるための手段でしかなく、繊細な光は父親の思惑に気付いているし、傷ついている。俺の父親も同様、俺の意思なんてこれっぽっちも理解していない男だけど、光の父親も俺の父親も、俺のことは将来共に権利や資産を運用する男手だと思っているから、必要な連絡は取ってくる。だが光はと言うと、完全に放置で、時々ご機嫌取りのようにプレゼントを与える程度だ。

「大体、意味不明だよね…結婚したら家に入らなきゃならないから、高校生活3年間は自由にしていいって言われて、突然この学校に入学することにされて。お父さん、自由ってどういうことだと思ってるんだろう?」
「白栄のままのほうが良かったのか?」
「…友達と離れたのは寂しいよ、もちろん。でも…白栄に居続けるのは…それはそれで嫌かも。」
「どうして?」
「あそこは…周りの子は皆、目の前に長いレールを敷かれてる子しかいない。でも私は卒業が終着点。3年生の受験シーズンになったら死にたくなるかも。」
「……。」
「…それはここでも同じか。」
「…結婚して所帯を持ったら…俺も少しは意見ができると思う。お前も大学に行ってもいいんじゃないか?」
「お父さんたちが許すわけない。結婚したらすぐ子供を作れって言われたでしょ。」
「……。」
「……。」
「…光?」

光が俯いて両手で顔を覆って、その異変に気が付いて声を掛けると、震える声が返ってきた。

「…ごめん…ちょっと…」

待って、と光は鼻を啜った。
光は追い詰められている。俺と結婚することに絶望している。
俺が幸せにしたい子は、俺と一緒になることが一番の不幸だと思っている…。
俺は沈黙を守り、光が泣き止むのを待った。

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