029
「花城さん、白栄生の彼氏がいるらしいぜ」
文化祭1日目の夜、まだ遊び足りない顔で寮に戻ってきた1年達からそんな噂話が聞こえた。
「え?嘘だろ」
「いや今日見た奴がいるって。白い白栄の制服の奴と花城さんが一緒に歩いてるとこ」
白栄って…白栄学園?あの、超お金持ち進学校の?全寮制だからか、この辺で制服を見ることはほとんどないけど…。
「あ、俺見たぜ。」
「え!?どんな奴?」
「頭良さそうなイケメン」
「は〜!?クッソやっぱり顔かよ!」
「白栄ってことは顔だけじゃなくて頭もいいがな…」
「しかも家が金持ち。」
「あ〜!死ね!」
「…花城さんって結城先輩と付き合ってるんじゃなかったか?」
するとそこへ、興味津々に話を聞いていた麻生が口を挟んだ。
「何言ってんの。付き合ってないよ。」
「え!あ…そーなんスか?」
そして亮さんが間髪入れずに否定して、麻生は頭を掻いた。
「でも今日俺結城先輩と花城さんが話してるとこ…」
「知り合いなんだから話くらいするだろ。お前は女子と話すこともないの?」
「うっ…」
再度首を傾げた麻生だったが、亮さんの追撃で完全に撃ち落され、沈黙した。
「え!?じゃあ成宮は?」
そして今度は小野が声を上げた。
「俺は今日成宮が花城さんのこと探してたって聞いたけど…」
「成宮って稲実の?」
「あの二人接点あったのかよ」
「じゃあ成宮と付き合ってんの?」
「それは絶対ない。」
たまらず口を挟むと、そうなの?と小野たちは目を丸くした。ない、と再び首を横に振ると、倉持がからかうように俺を見ていることに気付き、澄まして麦茶を喉に流し込んだ。
「じゃやっぱりその白栄生が彼氏?」
「はーマジ最悪」
「お前花城さん好きだったの?」
「いやなんつーか、好きな芸能人の熱愛報道みたいな…」
「あぁなんかわかる。」
「つーか今日ミスコン見たか?花城さん」
「セクシードレス!」
「際どかったよな〜w」
「運営委員グッジョブだろw」
「あ…」
盛り上がり始めた男共が、はっ、と俺を振り返ってニヤニヤし始めた。
「やめようぜ、御幸がまたキレる…」
「は?……。」
ほらな、と耳打ちしてニヤニヤする奴らに呆れ、俺は顔をひきつらせた。
***
「花城さーーーん!!!好きだぁぁぁーーー!!!」
文化祭2日目。今日も屋上から花城への愛の告白が響き渡っている。
「今日は花城さんのとこ行かねぇの?」
クラスで暇をつぶしていると倉持がからかうように聞いてきて、俺は膨らませた風船を弄びながら答えた。
「うるせえ。」
短くそう答えると、何が面白いのか倉持はヒャハハと笑った。
さすがに二日連続で鳴たちが来るわけもないし、今日はこのまま何事もなく1日が終わりそうだ。
「あの…御幸君!」
するとそこへ、他のクラスの女子たちがやって来た。
「今日空いてる時間ある?」
「え?…あー」
ほら行きなよ、と友達に小突かれてはにかむ一人の女子。去年同じクラスだった子だ。
「いや…今日は…クラスとミスターコンで忙しい」
「あ…そっか、ごめん」
落ち込んだ様子で友達に励まされながら教室を出て行く女子から目を背け、手持ち無沙汰に風船を抱き込んだ。
「てめーマジムカつくわ」
「なんでだよ…」
チッ、と隣の倉持から舌打ちをぶつけられ、小さく呟いた。
「なーにが忙しいだ、暇を持て余してるくせによぉ…」
「お前もじゃん…。…あ」
時計を見上げると、もう昼前だった。俺は立ち上がり、風船を倉持の膝の上に投げた。
「ミスターコン行ってくる」
「もうそんな時間かよ」
倉持はそう言って、俺についてきた。…ついてくんのかよ。
***
準備のために体育館裏に行くと、花城がやって来るのを見つけた。まだ少し時間が早いからか、他には誰もいない。
「よっ。」
軽い調子で声を掛けると、花城はいつものようにちらりと俺を見ただけで、つんと立ち去ろうとした。
「あいかわらずつれないね〜花ちゃん!」
「あいかわらずしつこいな…」
「はっはっは!それが俺の取り柄♡」
「最悪じゃないですか」
なんだと〜、と花城を小突いたとき、伊藤さんがやってきて俺たちに目を止め、ぎくりとした。やっぱ伊藤さんの前であまり花城に近づかない方がいいよな…今更だけど。俺ならともかく、被害を受けるのは花城だし…
「…ねぇ御幸先輩。」
しかしそう思った矢先、なんと花城が突然俺の腕に触れてきた。
「昨日のスカートのこと、本当にありがとうございました。」
「え?あ、あぁ…」
「今日、先輩と優勝出来たらいいなぁ。」
にこっ、と天使のような微笑みを浮かべ、上目遣いで俺を見つめる花城。…俺をからかうためにわざとやってんなこいつ。だけどそうわかってても、あざとすぎると思っていても、悔しいけど…ドキドキする。俺の負けだ。顔が熱くなって、今に花城に小突かれてからかわれるんだきっと、と覚悟した直後。
―――パチン!
「えっ」
伊藤さんがいつの間にか目の前にいて、それに気づいたときにはもう、伊藤さんの平手が花城の小さな頬を打っていた。
「な…なにしてるんだよ!」
「ふざけんじゃないわよアンタ!私を挑発してんの!?」
「……。」
伊藤さんを腕でブロックする俺、花城に向かって怒鳴る伊藤さん、打たれた頬を撫でて、ゆっくりと伊藤さんを睨む花城。
「なんのことですか?」
「わかってるんでしょ!!ほんとムカつく!!言いたいことあんなら私の所に来なさいよ!!」
「名前も知らない先輩に言いたいことなんてないです。」
「……っ!!!」
「おい…花城ももう何も言うな!」
「どうかしたの?」
そこへ運営委員がやってきて、あきらかに揉め事が起きている俺たちをぽかんと見つめて言った。何か言おうとして何も言えずにいる伊藤さんを無視して、花城が堂々と答えた。
「全く、大したことじゃないです。」
「…!!!」
その言葉が伊藤さんを挑発したものだと、俺にもわかった。花城…ほんっと負けず嫌いだな…。ふたりの喧嘩の原因は…俺、らしいけど…。確かにもう俺には止められそうもない。
「そう?じゃ…中に入って準備してて。」
「はい。」
花城が頷くと、伊藤さんが怒った態度のまま踵を返して先に中に入って行った。
「…なるほどな。」
「え?」
「また俺を利用したんだな。」
言葉にしてみるとその事実は俺の胸を冷やした。花城は異変を感じ取ったような顔で俺を見上げた。
「俺は仕返しの道具かよ。」
そう言い捨てて、言葉を失って俺を見ている花城を置いて、俺も中に入った。
酷く悲しい気分だった。一瞬でもドキドキした自分がバカみたいで。普段の素っ気ないやり取りも、それなりに仲良くなれてきたからこそだと思っていたけど。花城にとって自分は、ただの手段にできるほど、どうでもいい存在だったのかもしれない。
「みんな揃ってる!?出番もうすぐだからね!」
はーい、とまばらな返事が上がる。あれから続々と出場者が揃い、今はきちんと列になって並んでいた。俺は隣の花城を見ないように立っていて、花城がどんな顔をしているかわからなかった。
『さあそれではいよいよ、青道ミスターコンテスト・ミスコンテストの投票結果を発表したいと思います!まずは出場者の方々、ステージへお上がりください!』
さあ行って、と運営委員に送り出され、俺たちは登壇した。拍手と喝さいの中で、司会者は面白可笑しいスピーチを交え、早めに結果発表へに移った。
『まずはミスターコングランプリからの発表です!今年度ミスターコンは、上位がかなり僅差での争いとなりました!2位とわずか2票差でグランプリに輝いたのは……』
皆が息を飲んで静寂が降り、司会者はもったいぶってマイクを話して息をためてから、大きく息を吸い込み、手を広げて言った。
『……3年生の結城哲也君!!おめでとうございます!!』
大喝采とはじけるような拍手。哲さんは司会者に促されてマイクの前に進み出て、投票への感謝と喜びを述べる。
その後姿を見ながら、俺は静かな気持ちでいた。俺じゃなかった…。どうしてショックなんだろう。出場前は、こんな恥ずかしいコンテスト、適当にさっさと終わらせようと思っていたのに。
『…さてさて!それではいよいよお待ちかね、ミスコンのグランプリの発表です!』
きっと花城だ。それ以外考えられない。
『今回のミスコンは前代未聞、衝撃的なぶっちぎりの投票数を獲得し、1位が決定しました!その優勝者は…』
花城さんだろ、と会場の誰かが呟いた。そうだ。誰もが認める。花城が一番綺麗だって。
『…1年生の花城光さんでした!!おめでとうございます!!』
…やっぱりな。後夜祭でダンスをする目標がかなって…哲さん、嬉しいだろうな。
花城は司会者に促され、マイクの前に進んだ。うるさいほどの拍手に包まれ、花城さーん、と叫ぶ誰かの声に呼ばれたように顔を上げ、花城は話し始めた。
『…投票、ありがとうございました。』
だけどグランプリのスピーチというにはなぜか、落ち込んだように静かな声だと思った。
『……。…でも…』
……でも?
おかしな接続詞に眉を顰め、俺や他の出場者たちは花城の背中を見上げた。
『私は……棄権します。』
え?
『えっ?…』
司会者も呆気に取られて言葉を失う中、花城は勝手にお辞儀をしてスピーチを終わらせ、振り向かずに体育館を出て行ってしまった。体育館内がざわつき、出場者も観客も顔を見合わせ、予想外の事態に目を丸くするばかり。
司会者は運営委員と暫く小声で相談し合って、それから慌ててマイクを握った。
『え…えーと…き、棄権ということですので…2位の方を繰り上げてグランプリとします…』
その直後ブーイングが上がり、2位だと紹介された3年の女子は気まずそうに俯いてしまった。あまりに可哀想すぎる。
だけど花城、どうして棄権なんて…。
哲さんの方を見ると、哲さんはただ静かに足元を見つめていた。
***
後夜祭が始まると、危惧していた花城ファンが騒ぎを起こすことは全くなく、何の違和感もなく哲さんと3年女子のダンスが行われた。哲さんのぎこちないダンスに亮さんや純さんは笑っていて、俺はその様子を体育館の2階から眺めていた。
「哲さんのダンスひでぇな」
「俺優勝しなくてよかった〜」
「ヒャハハハ…、…あ」
おい、と倉持が俺を小突き、後ろを見るよう目で合図してきた。倉持の視線の先を見ると、そこにはバツの悪そうな顔の花城がいた。まさか俺に用があるわけじゃあるまい、いや、でも俺を見てる?なんでだろう、と思っていると、花城はうつ向きがちなままおずおずと近づいてきた。
「…あ、あの…」
そしてそう呟いたものだから、俺は少し動揺した。花城の方から俺を探しに来るなんて前代未聞だ。
「…え、俺?何?」
少し強張った声で尋ねると、花城は珍しく口ごもって、なかなか口を開けずにいた。
「……。」
気まずそうに開いた花城の唇から、一瞬吐息のような声がこぼれたか?という瞬間、どたばたと騒がしい音が近づいて来て、それが掻き消されてしまった。
「うおっ!?姫だ!!」
「えっ?あ…沢村君…」
「ゲッ!!倉持先輩もいる!!」
「ゲッとはなんだコラ、アァ?」
「しまった!口が滑った!!」
覚悟はできてんだろうな〜!!と倉持が沢村を懲らしめ、小湊は呆れたように二人を見ている。
…それで何の話だ、と改めて花城に聞こうと振り向くと、花城の傍に降谷がやって来た。
「…もうダンスする相手決まった?」
「え?」
え?なんで降谷、花城にそんなこと…。…えっ、ま、まさか…
「う…ううん」
花城が頭を横に振ると、降谷はどことなく熱いまなざしで花城を見つめ、さらりと言い放った。
「じゃあ、僕と踊って。」
「え…」
花城が息を飲み、倉持や沢村も黙り込んで、予想外の行動を起こした降谷を凝視した。
「…ごめん私は…踊らないの」
花城は降谷から目を逸らしてそう言い、踵を返して階段を降りて行った。
ガーン…と立ち尽くす降谷に、倉持が肩を抱いてニヤニヤ迫った。
「おいおいマジかよ〜〜〜降谷お前も花城さんのこと好きなのか〜?」
「……。」
すると降谷は照れもせず、ぽつりと答えた。
「可愛いから」
「ヒャハハハこいつマジ大物だわ」
ま…マジかよ〜〜〜…恋愛のれの字も知らなそうな降谷が花城狙い!?いや望みは薄そうだし焦りもしないけど…
「降谷お前花城のこと好きなのかよ!?」
「悪い?」
「えっ、マ、マジで!?ちょっとまて動揺がデカい!!春っち知ってたか!?」
「いや初めて知ったよ…」
沢村と小湊も驚いている。そりゃそうだ。降谷に好きな子がいるとはちょっと想像がつかなかった。しかも超ミーハーなチョイスの花城。もしかして降谷って単純に面食い?
「一体いつから!?」
「……。」
「おい無視すんな!」
「花城さんのどういうところが好きなの?」
「お姫様みたいだから」
「なぜ春っちには答えるんだ!コラ!」
「あと…脚が綺麗」
「むっつりさんかお前!!」
「降谷お前も男だったか!!ヒャハハ!!」
…馬鹿どもは放っておいて。
結局花城が俺に何を言いに来たか、聞きそびれちまったな…。
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