030
「あれは事件だったよね〜」
文化祭が終わってからも、ミスコンでの花城のグランプリ棄権事件は学校中で騒がれていた。
「あれなんで棄権したの?」
「さあ…ダンスが嫌だったとか?」
「とりあえず優勝したかっただけだったりして」
「運営委員の子に聞いたけど、票差エグかったらしいよ」
「聞いた聞いた、花城さんぶっちぎりで、残りの人たちは友達票くらいしかなかったって」
「そーそー、だから急遽投票数公開しないことにしたんだってね」
「2位の3年生ちょっとかわいそうだったよね〜…ブーイングされて」
ガラッ、とドアが開く音で女子たちは噂話を中断した。そして教室に入って来たのが花城さんだったから、女子たちは顔を見合わせて口を噤んだまま頷いた。
「…花城、おはよう!」
気まずい空気を感じ取ったような顔の花城に子をかけると、少し笑顔を浮かべてくれた。
「東条…おはよう。」
「自販機行くの?」
「うん。」
「じゃ、俺も行こうかな。」
財布を取り出した花城にそう言うと、うん、と花城はまた頷いた。
「…それで沢村が始めた時、ちょうど片岡先生が来てさ」
「あはは。もう想像ついた。」
「え〜待ってよ、オチまで言わせてよ。」
「ふふふ、どうぞ。」
「沢村が気づかずにバットをこう…」
「あははは。」
花城が笑うと、皆が振り向いて見惚れる。まるで花が開いた瞬間を見つけたような顔で。
だけど花城はふと、笑うのをやめてその顔に緊張を浮かべた。どうしたんだろうと思ったら、前から歩いてきた人物が片手をあげた。
「よお、相変わらず仲良いな」
御幸先輩…と、倉持先輩。
おはようございます、と挨拶すると、俺の隣で花城はぎこちない会釈だけをした。
「お前ら付き合ってんの?」
「な、なんでですか!違います」
「……。」
御幸先輩がニヤニヤからかってきて、俺は慌てて否定したけど、花城は思いつめたように俯いたまま黙り込んでいる。
すると御幸先輩も頭を掻いて、行くか、と倉持先輩に声を掛けた。
御幸先輩、前はすごい花城に絡んでいたのに…。それに、野球部内では御幸先輩は花城のことが好きだって、噂になってるけど…一体どうしたんだろう?何かあったのかな…。
倉持先輩と去っていく御幸先輩の後姿を、花城は少し見つめて、堪えるような顔で目を逸らした。
「…御幸先輩と何かあった?」
「え?ううん、何もないよ。」
なんで?と花城は笑って、話から逃れるように、自販機に駆け寄った。
***
「東条〜…あ、勉強中?」
部屋にやって来た信二が、机に向かっている俺に気付いて遠慮するように踏みとどまった。
「うん、でも、もう終わるよ。あと半分だけ…」
「あー、ノートか」
「うん。」
俺たちは試合で時々学校を休む。秋大が始まり、昨日学校を休んだ俺は、昨日撮り損ねたノートを借りて書き写しているところだった。
「うわ!このノートめっちゃ綺麗。」
「だろ?」
「この字…女子か!?東条てめぇ」
「はは…、花城に借りたんだ。」
「何!?」
仲良いなチクショウ、と信二は呟いて、花城のノートをパラパラ捲りだした。
「頭良い奴ってノートも綺麗だよなー。」
「だよね。それに花城、板書を写すだけじゃなくて自分で書き加えてるみたいで、写させてもらうと先生にすぐバレるんだ。花城さんのノート借りたでしょ、って。」
「へー。」
「おかげでノート提出の評価も上がるし…」
「ずりー」
「感謝してます、マジで。」
それにテスト前に見直すにも、花城のノートって見やすいんだよな…。あれこれってなんだっけ、と思った時に、すぐ隣に注釈が書いてあって。あと間違えやすいところとか。
「よし終わり!自主練行く?」
「おう」
タオルやバットを持って、信二と寮を出た。もう外は真っ暗で、秋めいて夜風が涼しくなってきた。
「人少ないね。」
「麻生先輩たちはウェイトいってるしな」
お互いにフォームを指摘し合ったりして、時間が過ぎていく。初めはきついと思っていた野球漬けのこんな毎日も、いつの間にか慣れていて、今ではここに来て本当に良かったと思っている。
「東条、お前花城さんと仲良いよな?」
不意に、信二がそう尋ねてきた。
「仲良いって言うか…まぁ話すけど…」
「ウソつけ、A組の奴に聞いたらお前が一番仲良いって言ってたぞ。」
「ははは…どうかな。」
「花城さんてさ、いろんな噂あるじゃん。」
「噂?」
「文化祭の時!白栄の彼氏がいるとか…」
「あ〜…」
「あと稲実の成宮さんとか、結城先輩とか…」
「う、うん」
「お前、何か聞いてねぇの?本命とか」
「ほ、本命?」
本命も何も、多分、花城はたんにモテるってだけだと思うけど…。
「さあ…」
「お前が本命だったりして?」
「そ、それはないよ!」
「ほんとか〜?」
「ないない。俺全然意識されてないと思うし」
「じゃ、聞いてみろよ!誰が本命なのか」
「え?いや…」
俺はそっと花城のことを想像して、咄嗟に首を傾げた。
「そういうこと聞くのは何か…面白がってるみたいで花城は嫌だろ。」
「……。」
すると信二はぽかんとして、バツが悪そうにため息をついた。
「…なんかわかったぜ、お前が花城さんと仲良い理由…」
「え?」
「お前モテるだろ。」
「え!…いやモテないよ全然!」
「ウソつけ!夏休み明けD組の子から告られたくせに」
「あ…ははは。」
「チッ!」
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