032
今日は秋大決勝。
純たちと観戦に行く約束をしていた俺は、少し早めに家を出て走って学校へ行き、純たちと同流した。
「いよいよだな」
「ああ…」
皆でゾロゾロと校門を出たところで、二人の1年生と出くわした。
お…、と隣の純が呟く。1年生のうちの一人――花城は、俺に気が付くとぺこりと頭を下げた。
「生徒会か?」
「はい。」
花城の隣にいたのはもう一人の生徒会役員の1年生だ。予想を尋ねると、その通りだった。
花城は野球部3年勢ぞろいの俺たちを不思議そうに見た。
「これから試合を見に行くんだ。」
「あ…そうなんですか。」
少し微笑む花城。可愛いな、と後ろの方の奴が呟いた。
「決勝戦だ。一緒に来るか?」
「え…?」
「……。」
花城は戸惑いを顔に浮かべ、隣の1年は花城の反応を窺うように花城を見た。花城が行くと言えば行く、というように。
「御幸と…1年は降谷に沢村に小湊…東条も出るぞ。」
「…そうなんですか。」
「行こう。きっとあいつらも喜ぶ」
まだ躊躇う花城に、皆答えを待つように口を噤んで注目した。
「…俺も行っていいですか。」
すると花城の隣の1年が進み出て、低く落ち着いた声で申し出た。
「おっ!いいぜ行こうぜ、お前名前は?」
「1年の周防護です。」
「お前全校集会で見たことあんぜ!」
周防は早速純に肩を組まれ、俺たちの集団に引きずり込まれた。
「花城も行こう。」
「……。」
周防が振り返って花城にそう声を掛けると、花城は息を飲んで周防を見上げた。
***
「花城さんこっち座れよ!」
「あっテメェずりぃぞ!」
「……。」
球場に着き、間もなく試合が始まる頃。席の順番で揉める男たちを前に、花城は戸惑った目で俺を見た。
「結城先輩…どうぞ」
「俺はここでいい。花城が座ってくれ。」
一つ空いた席を指して花城は俺に席を譲ったが、そう断ると、花城は俺の隣にやって来た。
「じゃあ…私もここで…」
「……。」
「……。」
「……。」
席の取り合いをしていた奴らは言葉を失って消沈し、周防は静かに花城の隣に並んで立った。俺はと言うと、少し胸がくすぐったくなった。
「…お前らも来てたか」
不意に隣から声がかかり、振り向くと、稲実の原田たちがいた。
「…あれ!光ちゃんじゃん」
ひらひらと手を振って来たのは神谷。知り合いなのか、と青道の奴らが騒ぎ出し、あの可愛い子誰だ、と稲実の奴らが騒ぎ出した。
「青道の文化祭で会って…」
神谷がそう説明しはじめるのを横目に、原田は俺の隣に並んだ。
「相変わらずだなお前ら」
「そっちこそ珍しい。今のチームの主力が決勝を見に来るなんて」
俺は席に並んで座った稲実生達を見て言った。しかし一人見当たらない人物がいる。
「成宮も来るのか?」
「わからん、昨日は渋ってたな」
そういうものか。まああいつは人一倍、負けん気が強いからな…。
『一塁側青道高校、三塁側薬師高校、先攻は青道高校』
「一塁って…?」
花城が隣の周防に小声で尋ねると、周防はグラウンドを指さした。
「あそこの白いところだ。」
「ふうん…」
「多分。野球はよく知らない」
「知らねぇのかよ!」
純が立ち上がって周防をつかまえ、隣に座らせた。
「お前行きたいつったくせに塁もまともに知らねーのか!?」
「俺はサッカー派なので…」
「テメェ俺らの前でよくもそんなことが言えたなゴルァ!!よーし今日はこの俺がみっちり教えてやるから頭に叩き込んで帰れ!!思い知れ!!野球の面白さってやつを!!」
「お願いします。」
「テメー素直でいい奴じゃねーかコノヤロオ!!」
「純うるさい。」
1番倉持が出塁し、すかさずスチール。花城も息を飲んで目を瞬く。
「…お前の彼女か?」
するとこっそりと、原田が花城に聞こえないように尋ねてきた。
「いや。」
「…そうか」
首を横に振ると、心なしか拍子抜けしたような顔をされた。
「家が近所なんだ。」
「……そうか」
しかしそう言うと、原田は煮え切らない複雑な顔をした。
「あ…東条」
花城が呟き、2番の東条が打席に立った。東条は送りバントを決め、倉持は3塁に進んだ。
「今のって…?」
「バントだ。打球の勢いを意を殺して時間を稼ぎ、ランナーの進塁を助けて得点を狙うんだ。今はとにかく先取点が欲しいからな」
「先取点…」
「倉持が今3塁にいるだろう?あそこからホーム…キャッチャーがいるところまで戻ってくれば1点だ。」
あぁ、と花城は理解した様子で呟いた。その目は真剣に試合を見ている。楽しんでいるならよかった、と俺も前を向いた。
「…1年か?」
「ん?あぁ」
原田がまた小声で花城のことを尋ねてきて、俺は頷いた。
「…仲良いのか?」
「うむ…」
仲がいいというのがよくわからず、首を傾げると、原田は黙って俺の答えを待った。
「時々一緒に帰る。」
「……。」
「家が近所だからな。」
それはもう聞いた、と原田は面白くなさそうに前を向いた。
「光?」
ふと花城の名前を呼ぶ声が聞こえて、花城だけでなくつられて何人かが振り向いた。
そこにはおそらく中学生の男が二人いて、一人は驚いた顔で花城を、もう一人は笑みを浮かべた顔で花城を見ていた。
「光舟?」
花城が男を振り返って呟いた。
「え!?おい光舟、誰だよあの子!?」
「……。」
友達につつかれながら、男はただ黙って花城を見つめていた。呆然としているようにも見える。
「あの…親戚の子なんです。ちょっと話してきます」
「あぁ…」
花城は俺に断って、男の方に駆けよった。
「誰?」
「花城さんの親戚だと」
親戚もイケメンかよ、と純が呟いた。
花城は本当に少し話しただけで、俺たちの方に戻ってきた。
「いいのか?」
「はい。久しぶりに会ったので…驚きました。」
花城はそう言って、また試合を見始めた。花城の親戚という男は、俺たちから少し離れた場所に友達と立った。
『4番キャッチャー御幸君』
アナウンスが流れ、御幸が打席に立った。
「初めて4番を任されたときは力みまくったな。新チーム結成からしばらく打率上がんなくてよ」
原田がその頃のことを思いだすように話し始めた。
「あのヤローがいちいちうるせーし…黙らせる為にどんだけバット振ったか!」
その話を聞きながら、俺も胸の中に懐かしい気持ちが湧き上がってきた。
「ああ…俺も周りが見えなくなるくらい必死だった…」
打席に立つ御幸の背中を眺めながら、俺はふと、当時の自分の姿をそこに重ねた。
「周りの期待がプレッシャーになるようなタマじゃねーか、あいつは」
同じように御幸を見ていた原田が言い捨て、御幸の話をしていることに気付いた花城がちょっと原田を見上げた。
「ずいぶん買ってんだな」
「嫌いだけどな!」
そして俺の声を遮るように強い口調でそう言った原田に花城はちょっと目を丸くし、静かに試合に視線を戻した。
俺は御幸がキャプテンに選ばれたことを相談しに来た時のことを思いだし、少し笑った。
「あいつもいろいろ迷いがあったみたいだぞ。」
それを表面に出さなかった。飄々としてるけど、御幸はああ見えて誰よりも周りが見えているし、その中で自分を貫く強さを持っている。
花城は少し俺を見上げ、何も言わずに視線を戻した。
「あ…!」
御幸の打った打球が投手の三島の利き手にぶつかった。御幸が一瞬動揺したように動きが遅れた。それは仕方ない。だかここはゲッツーで討ち取られてしまった。
青道の攻撃が終わり、1回裏――薬師の攻撃が始まる。
***
2回表、青道が先制点を取り、3回表で追加点。
打席には御幸、マウンドには轟が立ったこの注目すべき場面。
あの轟がマウンドに立つのかと、その一球目に皆が固唾を飲んだ。
「ひゃ…!」
鋭い投球が御幸の顔すれすれを抉り、ミットに収まった。その拍子に花城が小さく悲鳴を上げ、俺たちの視線を集めてしまい、花城は赤面した。
「可愛いなぁ。ね、お前もそう思わない?」
「はあ…。」
亮介にからかわれた周防は、顔色一つ変えずに頷いた。
「お前全然表情変えないよね。つまんないな」
「すみません。」
「謝られても。」
「インコース厳しめ、これはもう4番の宿命だな」
原田が呟くと、花城は目を瞬いた。
――キィン
バットが鳴り、打球が跳ね返る。しかしそのボールはショートのミットに収まってしまった。
「チャンスで2打席凡退、らしくねぇな御幸の奴…」
「……。」
青道がリードしているとはいえ、チームの要で4番、キャプテンの御幸に勢いがないのは気がかりだ。
「今のはボールの勢いに押されてだろ」
するとそこへ、無遠慮な声が響いた。
「一也って今調子崩してんの?」
見ると、稲実の奴らのところに成宮と1年が遅れて合流したところだった。遅かったな鳴、と神谷が微笑んだ。
あいつ、来たのか…。
「樹の奴が寄り道ばっかするからさ〜〜」
「鳴さん!!」
「相変わらずの荷物持ち乙」
成宮はこちらをチラリと見て、はっ、と目を丸くした。
「光ちゃん!えーなんでいるの!?ラッキー!」
「……。」
駆け寄ってきた成宮に、花城はうざそうに少し目を細めた。
「なぁ今日こそメアド教えてよ!文化祭で聞きそびれちゃったしさぁ」
「今携帯壊れてて。」
「じゃあ俺のメアド教えてあげる!紙とペンある?」
「今持ってません。」
「じゃ手に書いちゃっていい?樹!ペン!」
「インクアレルギーなのでそれはちょっと。」
「断り文句があからさま過ぎる…」
「諦めろ鳴…」
稲実生が呟く中、樹と呼ばれた1年が重そうなバックを両肩に提げてやって来た。
「なんですか?ペン?」
「遅すぎ!もういいよ」
「……。」
成宮にパシられる1年を、花城はじっと見つめている。
「わかった光ちゃん、メールはもうちょっと仲良くなってからってことだね?」
「……。」
「めげねぇなアイツ」
花城は成宮に少しうんざりした視線をやって、パシられている1年を見た。
「大丈夫ですか?それ…」
「え?」
「重そうだから」
それ、と、花城は両肩のスクールバッグを指した。おそらく一つは自分のもので、もう一つは成宮のものだろう。1年は顔を赤くしてはにかんだ。
「ああいや全然…」
「全然ヘーキヘーキ!こいつ丈夫だから!光ちゃんのも持たせようか?」
えっ、と顔をひきつらせた1年に、花城は成宮を見上げた。
「酷い…」
「へ??」
「後輩を荷物持ちにするなんて」
「……。」
「成宮さんって…そういう人だったんですね」
ガーン…と成宮は真っ白になり、ギギギと1年を振り向き、その肩から自分のスクールバッグを奪った。
「あ…大丈夫ですよ俺」
「いーんだよ!ちょっと持っててもらってただけだし!!」
「いやいつも持たせてるよな?」
「カルロス黙ってて!!」
「自分の鞄持ったの1年ぶりじゃない?」
「勝之も黙ってて!!」
『か…空振り三振ーー!!!』
轟がまたもバッターを打ち取り、観客が沸いた。去年まで全く無名だった薬師が、強豪校として知られる青道にかみついているということが、外部からすると盛り上がるのだ。
「あの人すごいですね…」
速いボール…、と花城が呟いた。
「でも…投手として公式戦に出るのは今回が初めてなんですよ。」
「え?そうなんだ…」
稲実の1年が答えると、花城は感心したように頷き、ふとそいつの顔を見上げた。
「あの…1年生だよね?敬語じゃなくていいよ」
「え?あ…君も1年?」
「うん。」
「なんだ、同級生か…大人っぽいから…」
あ、いや…、と照れるそいつに、花城は柔らかく微笑んだ。
「俺…多田野です。多田野樹。」
「花城光です。」
なんだかウマが合ってしまったようだ。並んで観戦し始めた二人を、成宮は仏頂面で眺め、多田野をどついた。
「野球好きなの?」
「詳しくないけど、友達が出てるから…それに結城先輩に誘われて」
「そうなんだ。友達って?」
「東条…知ってる?東条秀明」
「東条?」
「2番のセンターだ。」
俺が補足すると、へぇ、と多田野は頷いた。
「同じクラスなの。」
「そうなんだ。あれ?でも東条秀明って何か、聞いたことあるような…」
「そうなの?」
「…あ!思い出した。中学の時シニアで有名だった…松方シニアの東条!」
「へー、東条ってすごいんだ…」
すごいよ、シニアではエースで、と多田野は東条の話を始める。花城は東条の話に興味があるのか、多田野に好意があるのか、興味深そうに多田野の話に耳を傾けていた。そして多田野がちょっとした冗談を言った拍子に、花城は咲き乱れる花のような笑顔で笑い出した。
「あはは!やだいっくん…」
いっくん!?とその場にいた全員が花城を振り返り、成宮は硬直し、多田野は一瞬で顔を真っ赤にした。花城は自分の発言に気付いて顔を赤くし、慌てて多田野に謝った。
「あ…!ご、ごめん!」
「い、いや、全然…俺は別に…」
「多田野君、あの、うちの犬にそっくりで…」
「へ…」
「イリスって名前で、いっくんっていつも呼んでるから…つい…!本当にごめん…」
「いや…気にしないで…」
「ブッ…い、犬…!」
「ちょ…鳴さん!」
成宮が噴出し、多田野は顔を赤くして声を上げた。
だから光ちゃんあんなにあいつのこと気に入ってたのか、と分析したように神谷が呟いた。
「ごめんね本当に…」
「いや、平気だから…」
「気にしなくていいよ光ちゃん!なんならこいつボール遊びもできるしほぼ犬だから!」
「鳴さん!!!!」
「多田野センパイ!」
そこへまた新たな人物が現れた。背の高い中学生だ。
「お久しぶりです。」
多田野は振り向き、笑顔を浮かべた。
「また背ぇ伸びたか?晋二!」
「はい…今年は成長痛であんまり投げられなかったです」
どうやらよく知っている仲らしい。
「多田野先輩とまた野球するの楽しみです」
晋二と呼ばれた男はそう言って笑顔を浮かべると、ふと花城を見て、また多田野を見た。
「さすがですね多田野先輩…」
「え?」
「こんな可愛い彼女…」
「え!?ち、違う!」
「違うんですか?」
多田野と花城は並んで立っていたから、そう誤解する奴もいるだろう。顔を赤くして慌てて否定した多田野に、花城は苦笑を浮かべた。
中学生は、すみません、と花城に謝ると、成宮に近づいた。
「夏の甲子園見てました、成宮さん」
成宮はちらりとソイツを振り向く。
「尊敬する投手と早く一緒にプレーしてみたいです。」
すると成宮はまんざらでもなさそうに頬を染めた。
「なかなか礼儀正しい少年だな」
「ありがとうございます!」
「名前は?」
「赤松です!赤松晋二です」
成宮は試合に視線を戻している花城の隣にやって来た。
「ねぇねぇ聞いた?尊敬する投手だって!」
「よかったですね。」
「俺スゲーピッチャーなんだからね光ちゃん!名もなき少年が尊敬してしまうくらいに!」
「あ…もしかして成宮さんの彼女さんだったんですか!?失礼しました!お似合いですね!」
「なかなか正直な少年だな赤松少年!!」
「違います!!この人とは無関係です」
「無関係だなんてそんな光ちゃん!!」
なにやってんだあいつら、と青道や稲実の奴らは成宮たちを見て笑った。
***
3点を奪われ逆転を許し、ピッチャーが沢村に変わって4回裏を締め、5回表――バッター御幸。
『三球三振ーー!!!このチャンスにも主砲のバットから快音は聞かれず!!』
「どーしたあのヤロォ」
「初球の見逃しもらしくないね」
調子が悪いのか、なんだかいつもと様子も違う気がする。あいつはチャンスになると調子が上がる奴だが…
「御幸先輩って…」
言いかけた花城が、苦そうに口を噤んだ。
「どうしたの?」
それに促したのは多田野だ。
「…なんか…いつもと違う気がして」
「ボールを読み切れないってのもあるかもしれないけど、轟の調子もよさそうだから…相性も悪そうだし」
「……。」
多田野の言葉を聞いても、花城はどこか腑に落ちない顔でベンチに戻っていく御幸を見つめていた。
前園の打球で倉持がホームインし、同点に追いつき再び満塁になるも、エース真田が締めて3-3。薬師の攻撃が始まる。しかし青道はベンチ前に選手が集まったまま、まだ守備につかず話し込んでいる。
「どうした?ベンチ前で」
その異変に気付き始めた時、どこかからか声が上がった。
「えっ、昨日のクロスプレー?」
「ケガ?」
「そんな素振り全く見せてなかったろ」
「昨日の夜も…今だって普通にプレーしてんじゃん」
ざわつき始めた皆を、花城はきょとんと見渡した。
「ちょっと待て主将で4番、ましてや投手をまとめる守備の要だぞ!もし御幸が抜けたらどうなっちまうんだ!」
「それがわかってるから黙ってたのかもね…」
その声を聞いた途端、花城は俺を見上げた。
「えっ…御幸先輩?怪我って…?」
「どうやら…ここまでチャンスで打てなかったのは相性の問題じゃなかったらしいな」
「……。」
「昨日の試合でクロスプレーがあったんだ…相手チームのランナーの強引なホームインで御幸に突っ込んでな」
「……え…」
花城は息を飲んで前を見た。御幸を見つめて――
「……。」
辛そうに眉を寄せた。
***
『9回表、2死一塁1点を追う青道高校――』
ここで追加点を取らなければ…俺たちの負けだ。
『準決勝ではサヨナラ本塁打を放ち、圧倒的存在感でチームを牽引。青道守備の要であり、チームをまとめる主砲』
花城は食い入るように前を見つめている。バッターボックスに立つ御幸を。
『4番キャッチャー御幸一也』
「……。」
今にも泣きそうなその顔を見て、声を掛けようとした多田野は思いとどまったように口を噤んだ。
初球スチール。真田はランナーには無関心…いや、御幸しか眼中にないような投球を放つ。一塁の小湊が二塁に進み、得点圏へ。ボールツー、薬師は伝令を挟み、肩の力を抜いた真田が放つ三球目――
御幸がバットを振った。
「…!」
花城が胸元で手を握りしめた。ランナー一・三塁。前園が打席へ上がる。そして初球――
『またも初球から!青道この回2つ目の盗塁!!』
「うお…御幸が盗塁!?」
「……。」
興奮して湧きたつ奴らを前に、花城は息を止めるように唇を噛み、苦しそうな顔で御幸を見つめている。
「ゾノ―!!」
「前園先輩!!」
「打てよオラァ!!!」
「外が多いな」
湧く青道生達の横で、成宮が冷静に呟く。
『6球目ーーー!!』
――ゴッ、と鈍い音が響いて、打球が野手の上を越えて行った…。
『超えたあぁ!!!』
『三塁走者の小湊ホームへ!!同点ーー!!』
『二塁走者御幸もサードを回ったぁ!!』
歓声が湧き、球場中の視線が三塁を蹴った御幸に降り注ぐ。
「つっこめーーーー!!!!!」
ボールが捕手の手元に飛び込んでいき、御幸が飛び込んで――
『――セーフ!!!ホームイン逆転ーーー!!!!!』
「うおおおお!!きたぁ!!!」
「ゾノぉ〜〜〜!!」
「やりやがった!!あいつ!!」
皆が立ち上がり、歓声を上げる中――花城はうるんだ目で、泣き出しそうな顔で、まだうつぶせている御幸を見つめていた。そして御幸が地面を叩き…何度も叩き、駆け寄ってきた白州に拳を突き出し、立ち上がってガッツポーズをすると…
「…え…」
花城の青い瞳から、ぽろっ、と雫が一粒零れ落ちた。気づいた多田野が慌てだし、ポケットを探りだした。
「大丈夫か?」
声を掛けると、花城は咄嗟に涙を拭って、涙を隠すように踵を返した。
「はい、ちょっと…すみません」
「あ…花城さん!」
追いかけようとして一瞬ためらった多田野の横を、風のように周防が追い抜いて行って、花城の後を追って階段を降りて行った。
「え!?なにアイツ!?光ちゃんの何なの!?」
「……。」
成宮が声を上げ、多田野は立ち尽くした。
prev next
Back to main nobel