033
秋大で優勝を勝ち取ったものの、俺はこってり絞られ、完治するまで練習から外されることになった。
とはいえ春の甲子園まで時間はたっぷりある。今は休息を楽しむことにして、冬合宿までに調子を整えることに集中することに切り替えた。
「お…。」
階段を上がっていくと、踊り場で花城とばったり出くわした。
「久しぶり〜花ちゃん♡」
「……。」
ふん、と無視されるかと思ったら、花城は驚いたように俺を見つめた。
「…え、何そんなびっくりしてんの?」
「え…あの…」
花城は何やらバツが悪そうに口ごもり、ぽそぽそと呟いた。
「何?」
「…あの…すみませんでした…」
「え?」
俺は目を瞬いて、階段を登り切り、花城の俯く頭を見下ろした。
「何が?」
「え?…だから…ぶ、文化祭の時の…こと…」
「文化祭の時のこと?」
俺はしばらく考え込んで、遠い記憶を掘り起こした。
「ごめんマジでわからん。なんかあったっけ?」
「……。」
花城はぽかんとして言葉を失った。
「…もういいです」
「え〜気になる…あっ!もしかしてあれか…ミスコンの時のこと?」
「……。」
「そんなこと気にしてたの花ちゃん?ずっと?」
「べ…別に…」
「はっはっは!そうか〜ずっと俺で頭がいっぱいだったと…」
「そこまで言ってない!」
ぽすん、と俺の胸元を花城の手のひらが叩いた。
「コラコラけが人を叩くな!」
「あ…!ご、ごめんなさい…」
「……。そんな深刻に謝んなくても…」
「……。」
「…決勝、観に来てくれたんだって?」
「……。」
黙り込む花城の顔が赤くなった。
「なんだどうしたらしくねぇな!」
「……。」
「…おーい?花城?」
花城は赤い顔を俺から背け、またぽそぽそと呟いた。
「…優勝…おめでとうございます」
「お?おー…ありがとう」
「それじゃ…」
「え?」
そしてぱたぱたと階段を駆け下りて行ってしまった。…何なんだ?
***
「決めた!!!」
夜の寮で突然、麻生が立ち上がった。
関や倉持やゾノ、ノリ、白州、ナベ…とにかくその場にいた2年が一斉に麻生を見上げた。
「俺花城さんに告るわ」
「……。」
「……。」
「……。」
「…いやお前それは無理だろ」
暫くの沈黙の後、倉持が冷静に突っ込んだ。
「何で言いきれんだよ!やってみなきゃわかんねーじゃねーか!」
「いやさすがにわかる。多分お前顔も覚えられてない」
「なんだとクソ!!」
「な!な!」
「そもそもなんでそんなこと思いついちゃったの?」
「な…!だってもうすぐ冬休みだし…しばらく会えなくなるし…」
「だから会えねーも何も向こうはお前のこと知らねーって」
「うるせー!!」
「つーか麻生と同じこと考えてる奴あと10人はいそう」
「30人はいるだろ」
確かに…長期休み前とかってそういうの増えるんだよな…経験が身に染みてる。
「だって今までに無数の男たちが告って玉砕してんだぞ!?これはもう特定の好きな奴がいるとしか…!」
「だからお前もその無数の中の一人だってば」
「花城さん、誰から告られてもオッケーしないし連絡先すら教えてくれなくて、難攻不落過ぎるから『大阪城』って呼んでる奴いるらしいぞ」
「なんだそれww」
「花城さんの好きな奴って可能性ある奴誰?」
「やっぱ東条か?」
「哲さんじゃね?」
「そのふたりだったらとっくにくっついてるだろ。」
「そうかもしれないけど…」
今日も花城の噂話か…男は皆可愛い子の話が好きだからな…
「じゃ、成宮?」
「だから白栄の彼氏がいるっつってたじゃん、誰かが」
「でも告ったヤツが彼氏はいないって言われたって」
「御幸は?花城さんのこと好きなんじゃなかった?」
不意にナベが俺に話を振ってきた。
「え?俺?」
「仲良いんじゃないの?」
「ないない!ナベちゃん、こいつは嫌われてんだよ。一方的に付き纏ってるだけ!」
「倉持…」
***
「よお色男!」
風呂上がり、自販機でジュースを買っていると、亮さんと純さんがやってきてそう声を掛けてきた。
「はあ…どうも。」
「んだよその返事は!イケメンだからって調子に乗りやがってよぉ〜〜〜」
「えーと…なんで俺こんな絡まれてるんですかね…」
こんな嫌味を言われるようなことは、身に覚えがない。すると亮さんがクスリと笑った。
「そりゃ…キャプテンだし」
「えぇ?」
「大阪城を落城させたとあっては、嫌味の一つくらい言いたくなるよね。」
「大阪城?」
目を瞬き、さっきの噂話が頭をよぎった。花城が難攻不落の大阪城と呼ばれてるって…いやまさか。
「何の話ですか?」
苦笑いして尋ねると、亮さんと純さんは顔を見合わせ、亮さんはふっと笑みを浮かべた。
「泣いてたよ。」
「え?」
「花城さん。」
…???俺はますます疑問符を浮かべた。
「決勝戦で、お前の怪我のこと知って…心配そうに見ててさ」
「……。」
「9回表、お前が逆転ホームインした後も…起き上がるまでずっと泣きそうな顔で見てて」
「……。」
「起き上がってガッツポーズした瞬間、ぽろぽろ泣き始めて…」
「…え?」
花城が?俺を心配して…泣いたって?
「…え!?」
「何回驚くんだよ」
「いやだって…え?冗談…ですか?マジ?」
「残念ながらマジだよ。」
「え…」
「爆発しろこのヤロォ!!」
もげろ!と純さんは吐き捨てて、ファンタを買って踵を返し、亮さんも豆乳を買って去っていった。
…マジ?だって今日会ったとき花城、そんなこと一言も…。
……マジか!?
***
「ちゃんと安静にしてるのよ。体育も休んでね」
「わかってるよ。」
職員室前で礼ちゃんに会い、説教の続きのような小言を聞かされていると、あら、と礼ちゃんが不意に表情を柔らかくした。
「花城さん。どうしたの?」
花城だって?
振り向くと確かに花城がいて、俺を一瞥すると、礼ちゃんに会釈をした。
「放送準備室の鍵をお借りしたくて…」
「あ、生徒会のね。ちょっと待ってて。」
礼ちゃんは踵を返し、職員室の中に入って行った。
「よ。」
「……。」
声を掛けるも、花城はちらっと俺を睨むように見て黙り込んだ。
「おいっ」
「……。」
「花城〜。花ちゃ〜ん?」
「……。」
「ひ・か・り…」
「御幸君、後輩にちょっかい出しちゃダメよ。」
すると礼ちゃんが戻ってきて、ぴしゃりと注意された。
「はい花城さん。」
「ありがとうございます。」
「生徒会、来期も続けるのよね?」
「そのつもりです。」
「工藤先生、あなたを書記に推薦するって。ノートがいつもきれいだから」
「……。」
花城はちょっと照れ臭そうにはにかんだ。
「周防君も続けてくれるのかしら?」
「だと思います。」
「よかった。あなたたちがいてくれたら生徒会も安心ね。引き留めてごめんなさい。頑張ってね。」
「はい。失礼します。」
礼ちゃんは職員室に戻り、花城は階段を上がっていった。
「…なんでついてくるんですか」
「暇だから。」
「……。」
花城は放送準備室の鍵を開け、中に入った。俺はドアに寄りかかり、本棚で何かを探す花城を眺める。そういやここ…花城と初めてまともに話した場所だ。花城は覚えてるかな。
そう、ちょうど今みたいに、花城が背伸びをして…窓から差し込む日差しが、花城を照らしていて…
「…花城。」
ちら、と花城の青い目が俺を見た。あれ…俺、今何を聞こうと思ったんだっけ。
「…はい?」
花城は棚の上の方に並んでいる本を背伸びで取って、中身を捲って首を傾げ、元の場所に戻した。そしてその隣の本へと手を伸ばした。
「俺と付き合って。」
――ガタン、バサバサバサッ
花城の手元から本が数冊取りこぼれ、床に散らばって落ちた。
「……。」
「……。」
花城と目が合った。真っ赤な顔の花城と。…俺も顔は真っ赤だ。顔が熱い。たぶん、今までの人生で一番。
背後でドアが閉まるのも構わず、花城に歩み寄った。花城は戸惑ったように後ずさり、本棚に背中を付けた。
日差しに照らされて亜麻色の髪はつやめき、肌は真っ白に輝き、空色の瞳の中には小さな光がチラチラ光っている。このすべてを俺のものにしたい。近づきたい。触れたい。
「好きだ。」
「……。」
花城の顔がまた赤くなっていく。赤い唇が舐められ、ごくり、と細い喉が動いた。
何も答えないけど…嫌がってはない。むしろ、即答で断られないってことは…もしかして…。
そんな期待を湧き起こし、俺は花城の肩口越しに棚に手をついた。花城の顔に俺の影が落ち、顔の赤さがはっきりとした。俺を見上げた花城が、顔を背けなかったから――俺はゆっくりと、顔を近づけた。
――――…。
…唇同士が触れた。柔らかい、胸をぎゅっと締め付ける感触。花城とキスをした…。ウソのような、夢のような瞬間。花城…、拒否、しなかった。
そう舞い上がった瞬間、花城の手が俺の胸元を押し返した。
「ご…ごめん」
「……。」
咄嗟に謝ると、花城は無言のままドアに向かった。そしてドアノブを回し――立ち尽くした。そうだ、ここ、ドアが壊れてて…。
「……。」
「……。」
なんとも気まずい空気の中、花城は俺に背を向けたまま俯いた。
「花城、ごめん、本当に」
「……。」
「もうしない…当たり前だけど」
やってしまった。自分が受け入れられたと勘違いして。だって、あっけなく振られるかと思っていたのに、花城が迷うように沈黙していたから…。いや、言い訳だ、それは。とにかく俺は、返事をもらう前に無理やりキスをしたんだ。
「……っ」
「え」
突如花城の背中が震え、俺は嫌な予感を覚えた。え…な、泣いてる!?
「ちょっ…花城ごめんって…」
「…う…っ、うう…」
「ごめん!ごめんなさい!気持ち悪かったな〜…ごめんな〜…」
「うう〜〜…」
「俺のこと殴っていいぞ〜…できればわき腹以外で」
「…っ…うう…」
俺も泣きそうだよ…、と心の中で呟いた。好きな子にここまで嫌われてるなんて…一体どうして?キスしたのそんなにまずかった…!?ヤベェ、どーしよう…
「…青道…来なければよかった…」
「え?」
……。それは…俺と出会いたくもなかったとかそういう…?
「……。」
花城は涙を流しながら俺を振り向き、歩み寄ってきた。
「あ…な、殴るか?」
「……。」
「わき腹以外でお願いします…ほら今怪我してるから…」
「……。」
「あ!だからそこ怪我…」
花城は俺の体に手を伸ばし――抱き着いてきた。
「…え!?ちょ…どうした!?」
「……。」
「花城?」
嫌われてるわけではなかった…のか?俺の胸に顔を埋めて泣く花城の背中に、おそるおそる腕を回してみる。…ほっせぇ〜…やわらけぇ〜…なんかいいニオイするし…
「私も…好き」
「……。」
「でも…付き合えない…。」
「……。」
「付き合っても…2年後には別れなきゃいけない…。」
嗚咽に交じる震える声。その意味を理解するのに、俺は少々時間を要した。
「…え?えーと…なんで?」
「……。」
花城はまだ流れる涙を拭きながら体を離した。
「……。」
それから唇を噛み、まるで懺悔するように、呟いた。
「私…。…っ婚約者が…いる…。」
「……。」
婚約者…?待てよ、なんだそれ。俺たちまだ高校生だぞ…
「婚約者って…なんで」
「…家の…事情で…。…高校を卒業したら、従弟と結婚する…」
「……。」
「だから…誰も、好きにならないように…してた…」
「……。」
「でも…。」
…俺のことが好きだと花城は言った。じゃあ…今まで冷たかったのは…俺を遠ざけるため?
色んな奴に告られても、連絡先さえ教えないのも…。誰とも付き合わないと断言していたのも…。婚約者がすでにいるから…。
初恋もまだです、…とミスコンで微笑んでいた花城。あれはあの場を盛り上げるための冗談だと思っていた。だけど本当に…その婚約の為に、花城は今までずっと、人を遠ざけていたんだ。
「その事情って…どうしようもないのか?」
「……。」
「…それでいいのかよ、お前は…」
「…仕方ないもん…。」
「……。」
「従弟は…悪い人じゃないし…。…いつかは好きになれるかもしれない」
「……。」
「もう、御幸先輩には会わない」
「……。」
「辛くなるから…」
なんだよそれ…。せっかく、やっと、両想いになったと思ったら…もう会わないって?納得できるわけない。
「……。」
暫くの間涙を拭う花城を見つめていると、想いがあふれ出てきた。
「…俺が会いに行く。」
「……。」
花城は俺を見上げた。諦めてたまるか…諦めなきゃ何とかなるって、俺はもう知ってる。
「まだ2年あるんだろ。」
「……。」
「初恋は俺にしとけ。」
「……。」
「…絶対叶えるから。」
そのまま花城を抱きしめると、花城の手が俺の背中に回った。胸の奥が暖かい。花城が好きだ。これで…よかったんだ。
――ガチャ、ゴン、と少々乱暴にドアが開く音がして、俺たちは咄嗟に体を離した。
「……。」
ドアを開けたのは周防で、泣き顔の花城を見てぎょっとして、すぐさま俺を睨んだ。
「待て待て…誤解だ!違うから!」
「す…周防君、御幸先輩は何も…悪くないの」
「…花城がそう言うなら…いいけど」
殺気を放ち始めた周防に花城が言うと、周防は矛先をおさめた。
「ドアが開かなくて…周防君が来てくれてよかった。」
「追加の探し物があって、職員室に行ったらさっき鍵を花城に渡したって高島先生から聞いたんだ」
「そうなんだ。」
…今までなぜか特に気にならなかったけど、周防って特殊だよな〜…。何気に花城と一番仲がいい男って、東条じゃなくコイツじゃないか?なぜか花城も、他の男にするように警戒していないし、生徒会で休みの日も一緒にいるし…。いつも影のように花城の後ろにいるから、目立たないけど…。
俺はそんなことを考え、ちょっと首を傾げた。
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