034
花城と付き合うことになった。
花城が彼女。俺の彼女…。
まだ現実味がなくて、ふわふわする。
「花城。」
生徒会室に顔を出すと、いつものように花城と周防がいた。いつもと違うのは、俺を見て花城が笑顔になったこと。そしてそれを見た周防が驚いたように花城を二度見したこと。
「周防君、先に戻ってて。」
「…わかった」
周防は俺をちらりと見て、そのまま生徒会室を出て行った。
「お疲れさん。」
書類をまとめて山にして置き、席を立ち花城に歩み寄ると、花城ははにかんで首を傾げた。その強請るような仕草に胸を焦がされながら…勢いに任せて、ちゅ、と短くぎこちないキスをする。花城は俺を見つめて恥ずかしそうに目を逸らし、またはにかんだ。
「今思うと…」
「ん?」
「返事する前にキスするってありえない。」
花城がからかうように笑いながらそう言って、俺は恥ずかしくなった。
「…ごめんなさい」
「んふふ」
愛らしく笑いながら部屋を出て行く花城の後を追って、俺も生徒会室を出た。
ああ、俺…ほんとに花城と付き合ってんだな〜…。
「先輩部活は?」
「まだ休み中。6時から病院行くけど」
「そうなんだ。」
花城は頷くと、急に立ち止まって俺を見た。
「悪いんだけど、これからちょっと…」
「何?」
「…呼ばれてるの」
つまりついてくるなと。わかりましたと言いかけて、いや待てよ、と勘が働いた。
「呼ばれてるって?」
「呼ばれてるって言うか…」
「まさか」
「…?」
「告白?」
花城はちょっと顔を赤くして、苦々しくはにかんだ。
「多分…。」
「じゃ、俺も行く。」
「え!?…ちゃんと断るから大丈夫だよ。」
「それは心配してないけど、俺がいた方が話が早いだろ。」
「そうだけど…恥ずかしいからやめて」
チッ。自慢できると思ったのに。
「…わかったよ」
「じゃ…」
「待って。せめて相手が誰か教えて。」
「え〜…?知ってるかな…」
「名前は?」
「私も知らない人なんだけど…今朝靴箱に手紙が入ってて…」
花城はポケットから紙きれを取り出し、開いた。
「2年生の…麻生先輩だって」
「…はい?」
つい変な声が出た。アイツ花城に告るって息巻いてたけど…本気だったのかよ!
「あ…知り合い?」
「…野球部だよソイツ」
「え…そうなんだ」
なぜか花城が気まずそうに俯いた。一番気まずいの俺なんだけど…いや麻生か?
「私と付き合ってること、言ってないんだ?」
他意はなさそうな様子で花城は目を瞬いた。
「え…言っていいの?」
「どうして?」
「いや、間違いなく騒ぎになるし」
「騒ぎ?」
「お前ファン多いじゃん」
「ファン?」
「花城さーん、っていつも騒いでるじゃん、周りが」
「……。」
きょとん、とまた目を瞬く花城。
「…だから?」
「……。」
マジか…。ああそうか、こいつ…昔からそれが当たり前で育ってきたんだな…なるほど…。
「まあ…いいや、気まずいでしょ?とりあえずちゃんと断るから、心配しないで。」
ね、と微笑む花城に、素早く顔を近づけ、軽いキスをしてやった。
「ちょっ…ここ廊下!」
「ごめりんこ♡」
「もう…!」
***
「何で麻生死んでんの?」
「……。」
食堂の机に突っ伏して微動だにしない麻生を倉持がつついた。
「花城さんにフラれたんだよな!な!」
「うるせえ!!バラすんじゃねえ!!」
「え…マジで告ったの?お前」
「あんなにやめとけって言ったのに…」
「うるせえな!!いいんだよ悔いはねえ!!それに…」
「それに?」
「よくあるだろ、告られて断ってから意識し始めるっていう…」
「んなことよくあったら花城さんどんだけ意識すりゃいいんだよ」
「テメーの他にも何十人も玉砕してることを忘れんな」
クッ…と言葉に詰まり、麻生は再び屍と化した。
「……。」
俺は黙って麦茶を飲み込んだ。俺が花城と付き合ってるって知られたら一体どうなることやら…
「なんつってフラれたの?」
「…ごめんなさいとだけ」
「連絡先は?」
「…それもごめんなさいとだけ」
「他には?」
「何も…」
ああぁぁぁ、と麻生は崩れ落ち、あ、死んだ、と周りの奴が呟いた。
「マジで誰とも付き合うつもりないんじゃねーの。」
すると不意に、倉持がそう言って俺を見た。
「前お前言ってたよな?花城さんがそう言ってたって」
「え?あー…」
それは…その時は知らなかったけど、婚約者がいるから…だったんだよな。
「でもそれって何でだ?」
「興味ないらしいぜ」
「興味ないって…どういうこと?」
「そのままの意味だろ」
「男に興味ないって意味だったりして」
「……。」
「……。」
「……。」
沈黙が流れ、全員何かに思いを馳せるように遠い目をした。
「…おい、何妄想してんの?お前ら」
「う…うるせえ!」
***
「は!?今日も呼び出されてる!?」
「う…うん」
昼休みに生徒会室の花城に会いに行くと、これから行くところがある、と花城に言われ、問いただすとまたラブレターを貰ったと打ち明けられた。
「毎日告られるの?お前…」
「そんなわけないでしょ。」
「昨日も告られてんじゃん」
「でも毎日じゃない。」
花城は笑いながら首を横に振り、言い放った。
「せいぜい週に2,3日くらい。」
「……。」
もう突っ込む気もねぇ…。
「じゃー…つまり」
「?」
「そいつらのせいで俺は週の半分しかお前と会えないわけ?」
「……。」
「俺彼氏なのに?」
「……。」
「名前も知らない男たちが優先?」
「優先なんて…」
「条件がある。」
「はい?」
ガシ、と花城の両肩を掴むと、花城は目を丸くした。
「次から告られたら、『付き合ってる人がいる』って言え。」
「え…」
「つーか俺と付き合ってるって言え。いいか?」
「う…うん」
わかった、と頷いた花城を送り出した。付き合ってる相手がいると広まれば、さすがに告白する奴もいなくなるはず…。いなくなってほしい。
***
「ミーティング始めるぞー。」
リハビリから帰り、2年の主力が集まる食堂に入ったところ…
「……。」
「……。」
「……。」
突き刺すような眼光を一身に浴びた。
「……何?」
何か言いたげだな…つーか殺気出てんぞ、と皆を見渡すと、倉持がため息交じりに立ち上がった。
「…俺らお前に聞きたいことがあんだよ」
「はあ…何?」
「まさかとは思ったが…本人に聞いて見なきゃわかんねえと思ってよ」
「だから何?」
何かマジな目してるけど、とちょっとからかうと、倉持は鬼のような形相でずかずか近づいてきて、傍の椅子の上に、ガン!!と足を載せた。
「…なんだよ」
ふー…、と倉持はもったいつけるようにため息を吐く。
「…マジなのか?」
「は?」
「テメーが花城さんと付き合ってるって噂だよ!!」
「……。」
倉持の後ろで、ゾノや麻生や小野…普段温厚なノリやナベたちまでもが真剣な目で俺を睨んでいる。
「…はい」
こくん、と頷いた瞬間――
「ダアアアアクッソふざけんな!!!」
「ウソだろ!!?なあウソだろ!!?」
「うわああああいやだあああああ」
「これは夢だこれは夢だこれは夢だ…」
「ちょっと五寸釘買ってくる」
す…すげえ阿鼻驚嘆…地獄絵図とはこのことか…。
「御幸テメェエいつからだよ!!?」
「えーと…三日くらい前から」
「テメエ俺がフラれたの見て楽しんでやがったな!!?」
「いやそれはマジで告るとは思わなかったし…」
「ケガで戦線離脱してるときに何ちゃっかり女作ってんだよ死ね!!!」
「死ねとは容赦ねーな」
「なんで御幸がぁぁぁ」
「……。」
やっぱ大騒ぎになったか……覚悟はしてたけど、面倒くせぇ〜〜…ま、ちょっと面白いけど…
「花城さんは誰とも付き合わないと思ってたのに…」
「ああ…まさか御幸があの子を手に入れてしまうなんてな…」
「このままでは暴動が起きるぞ…」
「災いの予兆でなければいいが…」
「おめーらは花城を何だと思ってんだ」
***
「……っ、……ふう…」
手の中で果てた熱がすーっと引いていくのを感じながら、トイレットペーパーを引っ張り出して白い液体を拭きとる。チームを引っ張る主将だろうが、投手をまとめる正捕手だろうが、4番を任された主砲だろうが、学校一の美女と付き合ってる幸運な男だろうが…男子高校生である以上、性欲は溜まる。
花城と付き合い始めてからは、特に…妄想が現実味を帯びてきて。
だって、普通付き合ったら大体3か月後には経験するらしいし…俺たちはもうキスもしているし。3か月後っつったら…冬休みが開けた頃には…春になる頃には、そうなるってことで…。全然そんな予感ないけど、キスだってそんな予感はなかった。まああれは、俺が強引にしたとこもあるけど…。
初体験は失敗できない。俺は童貞だし、花城も多分処女。…のはず。失敗する可能性は高い。初めては上手くいかないって話もよく聞く。だから俺がちゃんと、調べておかないと…。それにいつそうなってもいいように、ゴムも買っておかないと…。…気が早い?いやでも、いざというときにないとなると…
悶々としながら便所を出て着替え、寮を出た。軽い挨拶と共に倉持達と合流し、そのまま校舎の方へ歩いていく。
すると校門に差し掛かったところで、花城を見つけた。
校門の傍に寄りかかり、俺と目が合うとはにかんで、胸元で小さく手を振った。
「わり、またな」
俺は倉持達に声を掛け、花城に駆け寄った。
「おはよ。」
「おはよう。さっきあそこで、先輩が来るの見えたから…」
…待ってたのか。俺は胸がくすぐったくなって、頬を緩めて花城の頭をちょっと撫でた。かわいい…。
「……?」
花城が俺の後ろの方を見てきょとんした。振り向いて見ると、倉持達が愕然としてもだえ苦しんでいるのが見えた。
「ああ…あいつらは気にすんな、ただのバカだから」
「聞こえてんぞ御幸ィ!!!」
いいから見てねーでさっさと行けよ、と倉持達が通り過ぎるのを待ち、花城と向き合った。
「…やっと行った」
「え?」
少し開いた赤い唇に、ちゅっ、とキスをすると、不意打ちを狙ったせいでいつもより少し強く押し付けてしまい、そのどこまでも柔らかい感触に胸が苦しくなった。…さっきヌいといてよかった〜…
男子高校生の性欲は底なしだ。いつもキスで反応しないよう必死だし、ちょっと触れただけでも反応しそうになる。でも、触れたいから触れてしまう。
「…またいきなり…。」
花城は顔を赤くして俺を見つめ、照れ隠しのようにぽすんと俺の胸元に触れた。可愛すぎる。
「行こうぜ。」
「うん…」
声を掛けて、花城が隣に並んで歩くのをくすぐったく思いながら、顔が緩んでしまう。
校舎に続くいつも通りの味気ない道を眺めながら、幸せだ、と思った。
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