035
「ねぇ聞いた!?」
朝学校に来ると、学校中がソワソワしているような気がして、教室に着くとその違和感はますます強くなった。
「どしたのー?」
「あっ司!ねぇ聞いてよ、昨日チア部の先輩に聞いたんだけどさ…」
興奮気味の女子に相槌を打つと、その子はとんでもないことを言い放った。
「花城さんと2年の御幸先輩、付き合ってるんだって!!」
どよっ…という音を初めて聞いたかもしれない。そのどよめきのあと、教室中が大騒ぎになった。
「花城さんが!?」
「御幸先輩ってあの野球部の!?」
「なんで!?いつから!?」
「嘘でしょ!?」
大騒ぎを目の当たりにしながら、私は咄嗟に環を振り向いた。
「環…」
環は悲しそうな顔で私を見上げ、隣にいた穂になぐされられるように肩を抱かれていた。
環は御幸先輩のことが好きだ。少しずつ距離を縮めようとしていたところだったのに…。花城さんは悪くないのはもちろんわかってるけど、環が辛い思いをしているのも事実。でも花城さんは、環の気持ちを知る由もなかったし、知っていたとしても身を引けなんて言えることじゃない。わかってる。わかってるけど…しょうがないことだって。
でも花城さん、御幸先輩とそこまで親密だったなんて…寝耳に水をかけられた気分だ。
ガラッ、と教室のドアが開き、皆が静まり返った。
大注目を浴びて、花城さんはちょっと訝しげに、だけど静かに教室に入ってきて、席に着いた。
……皆めちゃくちゃ興味あるのに、誰も聞きにいかない…いや、行けない。
花城さんも御幸先輩も学校ではかなりモテるほうで、片想いをしていた人も多いし、二人とも目立つからただでさえ注目を浴びる。花城さんはその自覚があるのかないのか、バッグを机の横に掛けると文庫本を中から取り出し、読み始めた。花城さんはよく本を読んでいる。
「おはよー…」
…と、そこへ東条君がやって来た。静まり返った教室の異変に気付いた東条君は、さわやかな笑顔のまま目を瞬いた。
「なんかあったの?」
「東条!ちょっとこっち…」
男子たちが東条君を手招きし、何かを耳打ちして、行ってこい、と背中を押した。多分花城さんと御幸先輩のことを教え、本当なのかどうか聞いて来いと言ったのだろう。でも東条君も花城さんのこと好きだったんじゃ…。ハラハラしてみていると、東条君はけろりとした笑顔で言った。
「ああ…そのことなら知ってるよ。」
「…え!?じゃあマジなの!?」
詳しく、と東条君を輪に引き込む男子たち。
「いや、俺も昨日寮で聞いただけだから。驚くのはわかるけど、あんまり騒ぐなよ。」
しかし東条君は嫌味なくそう言って輪から抜け、いつものように花城さんに軽い挨拶をし、自分の席に着いた。お…大人だ…。
***
「あ…花城さん。」
トイレの個室から出てきた花城さんは、私をちらっと見て、手洗い場で手を洗い始めた。少し伸びてきた髪はもう肩につき、毛先は緩くカールしている。コテで巻いたような不自然なカールじゃなくて、自然な癖のような綺麗な巻き方。本当に自然なままで綺麗な女の子だという証明。
「何?」
花城さんは手をハンカチで拭きながら私に向き直った。
「聞いたんだけど…野球部の御幸先輩と付き合ってるって」
「…それで?」
首を傾げ手続きを促す花城さんに、私は息をのんだ。
「え…本当なの!?」
「…本当だけど」
「だ、だって…婚約者がいるって…」
「親が勝手に決めたことだし…先輩ともそれは話してる」
「……。」
「鷹野さんに関係ある?」
眉を寄せた花城さんに、私ははっと口を噤む。
「な、ないけど…」
「……。」
「ただ…」
「……。」
「…御幸先輩のこと好きな子、結構いるから…。」
花城さんはますます眉をひそめた。
「あっごめん…!花城さんはもちろん悪くないんだけど…」
「…つまり何が言いたいの?」
確かに私…何言ってるかよくわかんないな…。これじゃ花城さんを責めてるみたいだし…。
「あの…いつから付き合ってるの?どっちから告ったの?」
「……。」
花城さんは目を伏せてハンカチを綺麗にたたみ、ポケットにしまった。
「悪いけど…」
花城さんは私の横を通り抜け、トイレの入り口に立った。
「噂されたくない。」
そして静かに、廊下に出て行った。
……うまくいかない……。
***
「もう超ショックなんだけど〜〜…」
今日何度目になるかわからない環の嘆き。それに反して東条君を取られる心配がなくなったからか穂はちょっと浮かれた様子でそわそわ東条君を見てる。
東条君は今は男子の友達と話していて、花城さんは自分の席で本を読んでいる。その横顔がまた…綺麗だ。花城さんの少し斜め後ろの席の男子なんか、頬杖をついて見惚れちゃってるし…。それもいつもの光景だ。
「もう、なんで?って言葉しか出てこない」
「わかるわかる。」
「まずなんであんなに可愛いの?納得できない」
「落ち着け。」
「ちょっといい?」
不意に低い声がかかって振り返り、息が止まった。
「花城呼んでくれる?」
いつの間にか教室の入り口に御幸先輩が立っていて、私たちに声をかけたのだった。
「えっ…あっ…はい…。」
「は、花城さん!先輩が呼んでる…」
私の声で花城さんは顔を上げ、御幸先輩に気づいて本を閉じた。
そして席を立ち、教室中の注目を浴びながら御幸先輩に駆け寄り、目の前まで来ると、恥ずかしさとうれしさの混じったようなはにかみ顔で御幸先輩を見上げ、御幸先輩も嬉しそうに微笑んで、二人で教室を出て行った。
花城さんのあんな笑顔、初めて見た…。それに…なんか…
「うっ…なんかもうダメ…幸せオーラで死にそう」
「環…どんまい…」
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