036


今日は俺は病院へ行くまで暇だし、花城も生徒会が早く終わるというので、花城を途中まで送りがてら学校の傍のコンビニに立ち寄ることになった。
一緒に校門を出て並んで歩いているだけで胸の奥がふわふわ揺れる。
…手、つないでもいいかなー…。

「先輩。」
「んっ?」

俺はなぜかぎくりとして花城を見た。

「冬休みは予定あるんですか?」
「ん…あぁ冬合宿があるけど…」

そう答えながら、花城は冬休みに予定が合うか…俺と会えるかを確認してるんだと気づき、じわりと胸がくすぐったくなった。

「…合宿終わったらそのまま帰省して…」
「……。」
「正月明けたら寮に戻るけど…次の日から練習が始まる」
「…忙しいですね」

そーだった…高校球児の休みと言える休みは試験期間中と年末年始くらい…。野球部内の数少ない彼女持ちの奴らもいつもそれを嘆いていたっけ。彼女と予定が合わな過ぎてフラれるって…。俺はぞっとしてその考えを振り払った。

「…1日早く戻ろうかな」
「え?」
「正月明け…」
「…大丈夫なんですか?」
「寮は開いてるから」
「でも…」
「花城に会いたいし」
「……。」

花城の顔が真っ赤になった。

「顔赤ぇぞ(笑)」
「う うるさい…」

花城はうつむいて、マフラーに口元をうずめた。

「で…三日空いてる?予定。」
「…うん。」

こくん、と頷いた花城に、俺は頬を緩ませて肩を抱き込んだ。

「ひゃ…!何?」
「カワイイな〜と思って♡」
「もー、くっつかないで…」
「照れるな照れるな!」

照れたように笑う花城に、俺もついつい笑顔になってしまって。
好きな子と付き合うって、こんなに幸せなもんなんだな…。昔は恋愛なんて邪魔でしかないと思ってた。でも、今はすごく満たされているのを感じる。

コンビニにつき、自動ドアをくぐって店内に入ると、店員の元気のいい声が響いてきた。

「あっ!いらっしゃ…」

しかし俺と目が合った瞬間、店員が固まった。…なんなんだ?

「先輩、何買うの?」
「ん?んー、コーヒーと…」

ふーん、と花城は呟いて、お菓子コーナーのチョコレートを選び始めた。

「どっちがいいかな〜…」
「ん?」
「これとこれ。」

花城が指したのは、フランボワーズチーズケーキ風味のチョコレートと、オレンジティラミス風味のチョコレート。

「…甘そうだな」
「もしかして先輩甘いの苦手?」
「うん」
「…そうなんだ」

頷いて、俺は隣の文具雑貨コーナーに視線を移した。文房具やアメニティ、ちょっとした医療品なども揃えた抜かりのない棚。その中にひっそりと並ぶ、目立たない地味な黒い小箱。表には太いフォントで数字だけがでかでかと書かれ、それと知らない小さな子供にはどんなものなのかわからない。
…買おうか迷ってたけど…さすがに花城がいないときに買いに来よう。

俺はガムを持ってレジへ行き、コーヒーを一つ買った。なぜか店員にじろじろ見られながら会計を済ませると、店員がコーヒーを淹れにレジを離れた後、花城がホットミルクティーを持ってレジにやって来た。

「あれ、チョコやめんの?」
「うん」
「なんで?」
「…太るかなぁと思って」

ぶっ…、と小さく噴き出すと、花城はムッと俺を睨んだ。

「…コーヒーお待たせしました」

店員が訝しげに戻ってきて、俺にコーヒーを手渡し、花城の会計に移った。

「こんにちは。」

店員は花城の顔を見つめ、ニコリと笑みを浮かべてそう言った。花城の知り合いかと思ったが、花城はペコッと会釈をしただけだった。

「今日は早いんですね。」
「え?…あ、はい」
「暗くなると危ないですもんね。」
「……。」

花城は微笑を浮かべて頷き、財布を開く。だけど店員は見ているこっちがイラつくほどもたもたと袋を取り出した。

「あ、袋はいいです。」

花城が言うと、わかりました、と店員は言って、またもたもたと袋をしまい、テープを引っ張った。

「甘いもん好きなんですか?」
「え?」
「さっきチョコ迷ってたから。」
「あぁ…。」
「俺も好きなんすよ、甘いもの!」

あー、なるほどね…。そういうことかよ。

「そうですか。」

花城は頷いて、すでにぴったり130円をカウンターに置いている。

「レシートは…」
「いいです。」

まだ時間を稼ごうとする店員に断って、花城はミルクティーを取って踵を返した。

「ありがとうございまし…」

その店員が見ている前で、俺はわざと、花城の手をからめとった。
この子は俺の彼女だぞと見せつけたくて。

「……。」

花城は指をからめてつないだ手を、しっかりと握り返してきた。店を出て、二人きりになってもずっと。
柔らかい手だな…。すべすべで…小さくて、壊れてしまいそうで…。
手をつなぐことが、こんなに特別なことだったなんて。もうキスもしたことあるのに。それとはまた別の幸福感だ。

「先輩、もうここで…」
「え、平気だよ。哲さんちの近くだろ?家の前まで送る。暗くなってきたし」
「……。」

花城は急に静かになった。照れているのかと思ったけどどうやらそうでもない…?どうしたというのだろう。
でも、手は繋いだままだし…嫌ってわけじゃないよな?それにもう少し一緒に居たいし、そもそも最初から家まで送るつもりだった。遠慮されると思って途中までと言ったけど。
家の前まで送ったら、雰囲気の流れで…キス、できたらいいなーなんて…。

…つーか…花城の手、ほんっと柔らけぇな〜…ちっさ…指細っ…なんかやらしー気分になってくる。この手がいつか、俺の…

「先輩、あの…。」
「お、おう」

花城が立ち止まり、俺もちょっと慌てて立ち止まった。

「どした?」
「…着きました」
「え?」
「…私の家」

え?と、俺は周りを見渡した。道端にはうっそうと生い茂る木々を取り囲む堅牢なレンガの壁と物々しい鉄格子の門。道の向かい側には広々とした公園。近くに民家らしきものはない。…となると…
まさか…?と花城を見ると、花城はちらりと鉄格子の門の方を見て、俺を見た。

「…ここ?」
「…ここ。」

こくん、と頷く花城。いやいやちょっと待て…

「はっはっは、冗談…」
「……。」

え…マジ?だってここ…門の外から建物が見えないんですけど…。

「…引きますよね?」

ぽつりと、花城は悲しそうにつぶやいた。家まで送ると言ったら元気がなくなっていたのはそういうことか…。
つーか哲さん、言ってくれよ…。

「え、いやそんなことないけど…」
「……。」
「…まぁちょっとびっくりした…けど…」
「……。」

しゅんとしてしまった花城を見て、やっぱり愛おしい気持ちになる。俺に引かれると思って、悩んでたんだろうな〜…。婚約者のことを聞いた時にも、どんな家だよと思ったけど、なんとなく納得いった。普通の家じゃないってことね…。
とんでもないお嬢様だったのか、花城って…。思い返してみれば、ミスコンの時にもアーチェリーだの乗馬だの…一般家庭離れしたこと言ってたし…。

「花城。」

ぽん、と頭をなでると、花城は俺を見上げた。

「引かねーよ、そんなことで。婚約者の話聞いた時点で、普通じゃないことは覚悟してたし…」
「……。」
「…今度、家族のことも教えてくれよ。お前のこと知りたいから…。」
「……。」

花城ははにかんで、ぽすんと体を預けて抱き着いてきた。いて、とこぼすと、慌てて体を離したけど。

「じゃあ…。」
「ああ。また明日。」

花城が踵を返し、門の横のブザーを鳴らした。

『――おかえりなさいませお嬢様。』
『ただいま。開けてくれる?』
『はい、すぐに参ります。』

ぽかんとしている俺の前で、鉄格子がガラガラ音を立てて自動で開き始めた。そしてすぐあとに、門の向こうの道の先から黒塗りの車が静かに近づいてきて、スーツ姿の男が降りてきた。

「おかえりなさいませ。」
「ただいま。」

花城は車に近づいていく。え…家まで車移動…?マジ?

「先輩、ありがとう。」
「えっ…お、おう…」

俺は呆気にとられたまま操り人形のように手を振り返し、花城を載せた車が去っていくのを、自動的に閉まる鉄格子の門の外から見送った。



***



「花城さんとどこまでいったんだよ。」

夜寮に帰るなり、倉持達にぞろぞろ取り囲まれて絡まれた。

「え…コンビニ」
「ちげぇーよ!!」
「わかってて言ってんだろ!!」
「どこまで進展してんのかって意味だよ!!」

うるせーなー、と横を通り過ぎ、食堂に向かう。

「もうチューした!?」
「ヤッた!?」
「サル共が発情期でうるせえ〜」
「んだとゴルァ御幸ィ!!!!」

食堂のドアを開けると、俺にゾロゾロ続いてくる倉持達を見て、先に集まっていたナベたちが目を丸くした。

「おうコラ吐けよ御幸ィ!!」
「ちょ…マジで吐きそう…」
「花城さんとチューしたのか!?アァ!?」
「ぐぇ」

そのとき、落ち着きなよ、とナベが来て皆を黙らせてくれ、俺はなんとか解放された。

「なんだよナベちゃんも気になるだろ!?」
「いや別に…」
「ああ〜〜あの天使のような花城さんが…クソ眼鏡なんかと…クソ眼鏡なんかとおおお!!」
「やめろよ想像したくない!!」
「しなくていーよ。つーかするな。」



***



――パチン、パチン、とホチキスの音が静かな部屋の中に響く。

「そういえばさ、連絡先教えてよ。」

今日も生徒会室に押しかけて花城の仕事を観察し…途中から手伝っていたが、ふと思い出してそう言うと、花城もそういえばという顔をした。

「そうだった。私も聞こうと思ってたの」

花城は携帯を取り出し、操作する。

「はい。」

そしてあっけなく目の前に差し出された花城のメアドと電話番号に、感動すら覚えた。

「…どうしたの?」
「いや〜…なんか…俺がこの学校で唯一、花城のメアド教えたもらったんだな〜と思うと面白くて」
「え?……。」

花城は口元に手を当ててちょっと考え込み、済まなさそうに言った。

「…周防君も知ってるけど」
「は!!?なんで!?」
「生徒会のことで連絡とるから…」
「……。」

…やっぱあいつ油断ならねー…!!
…けど、まあ、ほぼ毎日一緒にいて、唯一花城の連絡先までゲットしておきながら、1年間変な気を起さず真面目に生徒会の仕事にいそしんでいる点は、評価せざるを得ない。

「…そういや今日周防は?」
「生徒会長のお手伝いに行ってるよ。」
「ふーん…?」

…てことは…今日は花城一人なのか。

「…終わった!」

花城はホチキス止めを終え、書類をそろえて置き、名簿を片付けた。俺は登録が終わった花城の携帯を返し、手伝っていた書類の束をまとめて花城の隣に並べた。ありがとう、と花城が微笑んだ。
その花城の肩に手を回し、首を傾けると、花城は顔を赤くして俺の腕に頭を預けてきた。少し上を向いた花城の唇に、そっ、とキスをして、続けて2度、3度、ちゅ、ちゅ、と唇を奪った。3度目のキスの後花城が笑いだし、もうやめてよと恥ずかしそうに俺を押し返した。…もーちょい、こう、いい雰囲気に持っていきたかった…。

「花城。ほら。」
「?」

ちょいちょい、と自分の口元を指しながら言うと、花城は首を傾げてから、意味を理解した様子で顔を赤くしてはにかんだ。

「やだよ。」
「なんでだよ、1回くらいいいじゃん。」
「やだ…」
「いつも俺からだな〜。悲しいな〜。」
「……。」
「なー、お願い。」

む…、と唇を引き結んでいた花城は、観念したように俺の肩につかまり、背伸びをして――ちゅっ、とキスをした。

「…エヘヘヘヘ♡」
「何その笑い。」
「初めて花城からチューしてくれたんだもーん」
「うるさいな。」

照れてる照れてる…。可愛いなぁほんと。

「皆に自慢していい?」
「絶対イヤ。」

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