037
冬期休暇に入り、年末を前に屋敷に帰ったが、父も叔父もそれぞれ別の別荘で年を越すから日本には帰らない、という連絡に出迎えられた。
「あ…光臣おかえり。」
というわけで、まともに俺の帰りを出迎えてくれた家族は光だけだった。俺の母はとっくの昔に父と離婚して外国へ移住し、光の母は病気で昨年末に亡くなった。男ばかりとなった今の花城家で、光は唯一の花だ。
「光臣…あのさぁ…」
「なんだ?」
「…光臣って甘いもの苦手だったよね?」
質問の意図が分からず、俺は眉をしかめた。
「それが?」
「…もしもバレンタインに彼女からチョコもらったら…嬉しい?」
「……。光が俺にくれるってこと?」
「違う。」
「……。」
…ということは…誰の話だ?
考え込んだ俺が気を悪くしたと思ったのか、光は気遣うように俺を見上げた。
「あ…欲しいならあげるけど」
「…別にいい」
「そう。」
「命が惜しい」
「どういう意味よ。」
余計な一言を言ってしまったので、すぐさま話題を変えることにした。
「で、誰にあげるんだ?」
「……。」
光はちょっと顔を赤くして俯いた。
「…今ね…付き合ってる人がいるの」
…来てしまった。恐れていた日が。
「…よかったな」
「そうだけど、よくないの!」
「何が?」
「その人甘いものが苦手なんだって。バレンタインどうしよう?」
「まだ1か月以上先だろ…」
「だってちゃんとしたいんだもん。クリスマスは会えないから、バレンタインはちゃんとしたもの渡したいの!」
「渡せばいいじゃん」
「だから聞いてるでしょ、チョコもらって嬉しいかどうか!」
「……。嬉しいんじゃないか?」
「何でそんな他人事なの?」
「他人事だから。」
「人でなし。」
もういい、と光は俺の部屋を出て行った。…嵐が去ってやっと静かになった。
光と付き合ってる奴か…どんな奴なんだろう。
***
「まずは…先に卵白とお砂糖を合わせてから泡立てます。そうするとしっかりしたメレンゲができますからね。」
「お砂糖こんなに入れるの?」
「これでもレシピの3分の1程度に抑えているんですよ。大丈夫です、ちゃんと甘さ控えめのお味になりますから。」
キッチンのそばを通りかかると、料理人と光の話し声が聞こえた。俺は昨日の光の話を思い出す。バレンタインに作るお菓子の練習か…。ずいぶん熱心なんだな。
こっそりと中を覗くと、エプロン姿の光が一生懸命ボウルの中身を泡立てていた。
「光臣様へのバレンタインのチョコですか?」
「…まだ決めてない。」
「ははは。甘さ控えめという時点でバレバレですよ、お嬢様。大丈夫です、きっと喜ばれますよ。」
「……。」
…誤解されてるし。まさか屋敷の者に交際相手がいるとは言えなかったのだろう。
俺はそっとその場を離れ、自室へと向かった。
***
「お嬢様!旦那様からプレゼントが届いていますよ。」
クリスマスの朝。使用人が喜びを誘うようなうきうきした声で呼んだのに、光は浮かない顔を上げた。
「はーい…」
全く期待のかけらもない声で返事をし、使用人が次々運んでくる箱や包みを一瞥し、一つ膝の上にのせて開け始めた。
「ドレスだ。」
「よかったな。」
「どこが?」
光は怒った声で俺に言い返した。八つ当たりはやめてほしい。
「これから一生この家にいるのにいつ着ろって言うの?」
「……。」
光は言い捨てて、ドレスを箱に戻しはじめた。
その時テーブルに置いてあった光の携帯が無音のまま通知を表示した。『着信中:御幸一也』…。
「光。」
「何?」
「電話。」
携帯電話を手に取った光は、急いでバルコニーに出て行った。相手の名前は御幸一也…か。
「あら…お嬢様は…。」
追加のプレゼントを運んできた使用人が部屋の中を見渡した。
「電話中だ。」
俺がバルコニーを指すと、使用人は笑顔を浮かべた。
「旦那様からでしょうかね。」
「まさか。間違い電話の可能性の方が高いだろ。」
「……。」
しかし俺の言葉に気まずそうに口を噤み、プレゼントの箱を並べる仕事に戻った。
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