038
年が明け――1月3日。
「いらっしゃいませー…」
店内に入ると、コンビニ店員は白々しい目で俺を追った。その視線を背中に感じつつ、店内を歩き回っていくつかのものを取り、レジへと向かう。
このバイト、花城に気があるんだよな。今も俺のことめちゃくちゃ睨んでるし。すっかり敵視されている。でもちょっと、からかってやろう。
商品をカウンターに無造作に置いた。コーヒーと、のど飴と、それから小さな黒い箱…コンドーム。
「……。」
店員の手が明らかに一瞬固まった。…あとで、ぎこちなく会計を始めた。
動揺してる…やべー、笑いそう。
代金を払い、袋を受け取って、呆然としている店員に「どーも」と声を掛けて店を出た。
ちょっと気分がいい。
***
「先輩!」
駅前で花城と待ち合わせて、駆け寄ってきた女神に胸が躍った。
薄いブルーのコートにクリーム色のマフラーを巻いている花城。可愛い。俺の彼女可愛いだろって自慢したくなる。
「あけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとう。」
儀礼的にわざと畏まってお辞儀をした後、花城は笑って俺の隣に並んだ。
今日は電車に乗って近くの神社に行き初詣をした後、適当に遊んで花城を家まで送り、夕方には解散する予定だ。
「……。」
「何してんの?」
券売機の前で固まる花城。迷惑だぞ、と引っ張って自分の隣に並ばせた。
「な…、ど…、…え…?」
「何も言葉になってねーぞ。しっかりしろ…」
戸惑う花城を前に、もしかして、と思いつく。
「券売機初めてか?」
「……うん」
「じゃ、俺一緒に買うよ」
「……。」
花城は俺が券売機を操作するのを、まるで魔法でも見ているみたいに見つめた。
「ほら。」
「…ありがとうございます…」
花城はぽかんとした顔で小さな切符を受け取り、あ、お金、と財布を開いた。いいよ、とその手を繋ぎ、改札口に連れて行く。
「ま、待って」
「ん?」
「何?これ?どうすればいいの?」
「……。」
…まさか…こいつって…
「…電車自体初めて?」
「……。」
こくん、と花城は恥ずかしそうに頷いた。マジか…そこまでお嬢様か、花城…。
「切符をあそこに入れるんだよ。」
「どっち?こっち?」
「こっち。俺先に行くから、真似しろ。」
「う、うん…」
先に改札口を通ってみせると、花城もおそるおそる改札口を通ってきた。
「できた!怖かった〜…」
「はっはっは。…切符取ろうな。」
きょろきょろ物珍しそうにする花城と手を繋ぎ、何とか電車に乗り込んで、空いている席に並んで座った。
「先輩の実家ってどこなの?」
「都内だよ。ここからだと電車で…」
人の少ない電車に揺られ、花城とお喋りをしていたら、あっという間に目的の駅についた。
「正月何してた?」
「別に何も…。いっくんと散歩したり」
「い、いっくん?」
「飼ってる犬。ホワイトシェパード。」
「へ…へぇ」
なんだ、犬か…驚かさないでほしい。
「…お店がいっぱい」
神社に近づくにつれて、道に屋台がたくさん並び始めた。参拝客を狙っているのだろう。明るい呼び込みの掛け声が響く。
「何か食う?」
「ん〜…あ!あれ食べたい」
あれ、と花城が指さしたのは、いちご飴。本物のいちごに赤い飴がかかっているものだ。
「甘いもんは太るんじゃなかったか?」
「……やっぱりやめようかな」
「ウソだよ!そんなに気にすんなって」
悪かったよ、と渋る花城を屋台に連れて行き、いちご飴を買った。
「だいたいお前細いんだからんなこと気にしなくて平気だって。」
「………。」
「おい!どんだけ気にしてんだよ」
「…油断するとすぐ太るもん」
「太った花城も見てみたい気が…」
「絶対イヤ。」
花城は断言して、いちご飴に赤い舌を這わせた。…なんか、卑猥…。
「おー、結構並んでるな」
元旦よりは少ないのだろうが、一応まだお正月三箇日真っただ中。手水を過ぎるとなかなか長い列が見えた。俺たちはその最後尾に並び、のんびり順番を待つことになった。
「……。」
花城の赤い唇の間から、ぷるん、といちご飴が現れる。そしてその先端を唇がふみふみ食み、下からすくい上げるように赤い舌が表面を舐めた。…あんま見ないでおこ。なんか変な気分になっちゃうから。
お参りをして、おみくじを引いて、花城はお守りを買うから待ってろというので花城を待ち、俺たちは神社を後にした。それから駅の方へと戻って、チェーン店のカフェで昼食を済ませ、駅の周りで少し遊んでから学校の方に戻った。
うっすらと暮れ始めた空を見上げて、学校が見えてきた頃、花城がそうだ、とバッグの中から小袋を取り出した。
「はい。」
「え?」
それは今日神社で買っていたお守りだった。
「…俺に?」
「うん。」
照れ臭そうにはにかむ光に頬を緩め、お守りを出してみた。無病息災。青い布地に真っ白な字でそう刺繍されていた。俺の怪我を心配してくれていた花城。そのことを思うと、胸がぎゅっと締め付けられた。
「…ありがとう。」
花城ははにかんだ顔で頷いた。学校を通り過ぎて10分ほど歩けば花城の家に着く。だけど校門前に差し掛かった時、俺は思い切って、花城の肩を抱き寄せた。
「帰り…もうちょっと遅くなってもいい?送るから」
「……。…うん。」
頷いた花城の手を取り、校門をくぐった。
誰もいない寮の前を、さすがに男子寮に連れて行くのはまずいな、と通り過ぎ、練習場に入った。
見慣れない場所を見渡す花城の手を引いてベンチに座らせ、今まで抑えていた衝動を解き放つようにキスを迫った。目を瞑った花城の唇に軽く唇を重ね、そろそろもっといってもいいだろ、と思い立つ。
…やっちまえ、俺。今を逃すとまた、いつ会えるかわかんないんだし…
「…っ」
今までのキスが比べ物にならないくらい甘く、しつこく、唇を擦りつけた。花城がびっくりしたように肩を竦ませ、手が俺の腕を掴む。
「…はっ」
息継ぎをする花城の唇をまた塞ぎ、その柔らかさと甘い味に頭がくらくらした。唇の間を舌でなぞり、ちょっと吸い上げて、わざと音を立てた。そうするとますます興奮して、俺はどんどん花城を押し倒すように、覆いかぶさった。
「ちょ…っ、せんぱ……っん」
やばい…このキス、クセになる…。
「ん……、…ふ」
花城の声も…可愛くて…エロくて……
…鞄にゴム…入ってるよな。今朝買ったやつ…うん、入れた。内ポケットに確かに入れた。…よし…
「先輩…、ま、待って…」
「大丈夫…誰もいないから」
「や……、」
花城の唇を塞ぎ、コートの中に手を回し、細く柔らかな体をまさぐって、もぞもぞと服を捲って――
「待って…、…待っ…」
スカートの中に手を入れた時――
「いやっ!!」
――ドン、と強い力で押しのけられた。
「……。」
強い力と言っても、花城の力じゃせいぜい俺をハッとさせた程度で、俺の身体はびくともしていなかった。だから、花城の涙ぐんだ顔に気付いた俺は、自ら情けなく手をスカートの中から退いた。
そして同時に気付いた。俺は男で、花城は女で、そこには圧倒的な力の差があって、思えばキスをしている時から花城は「待って」と言っていたのに、俺は強引に事に及ぼうとして…。抵抗しなかったんじゃない、できなかったんだ。俺…花城を怖い目に遭わせた…?
「ご、ごめん…」
「……。」
花城は泣きそうな顔で服をなおして立ち上がった。
「ごめん、マジで、もうしない…」
「……。…帰る…。」
ぽつりと告げられた言葉が胸に深く突き刺さって暴れた。ああもう何やってんだ俺…最低すぎる…。
「そ、そっか…わかった…。」
「……。」
「じゃ…送る。」
本当にごめん、とまた言いかけた時、花城は俺から離れて行った。
「…いい。大丈夫」
「え……ちょ待っ…」
「一人で帰る」
そう言って踵を返した花城を、俺は愕然としたまま見送った。
***
………。……どうしよう。
寮の風呂は使えないため近所のスーパー銭湯に来て、俺は湯舟で呆然としていた。
「おっ!兄ちゃん若いのにいい体してるね〜!!」
「鍛えてんのかい!?」
「はあ…。」
「がっはっは!!図体に似合わず元気がねぇなぁ!!」
「せっかく男前なのにねぇ〜〜〜!!」
あ〜〜〜もう…!!どうしよう…!!
間違いなく軽蔑された…花城の中ではもう俺はきっと最低変態野郎だ…。
……あ〜〜〜〜〜〜〜……!!
「兄ちゃんどうした?」
「泣いてんのかァ?」
***
――プルルルル…プルルルル…
寮に戻って、花城へ電話をかけた。…今日3回目だ。
手元には、花城がくれたお守り…。俺の身体を心配して、あいつ…。それに今日のことを思いだすと、花城の無邪気で純粋な笑顔が次々思い出されて、後悔と罪悪感に苛まれ、悶えずにはいられなかった。花城はあんなに純粋なのに、俺は…。俺は…!!…ヤることしか考えてなかった…!…マジ最低。
頼む、出てくれ…。…でも話したら話したで、あっさり「もう別れる」とか言われそうな気が…。
あ〜もう、どうしたらいいか全く考えがまとまってないのに、焦って電話をかけている。なんか…花城関係になると本当にアホだ、俺…。
――プツッ
呼び出し音が途切れ、ドキッとして、いやでもまた応答なしか?と落胆しかけた時。
『…もしもし』
少し掠れた花城の声が返ってきた。
「あ…!も、もしもし。」
『……。』
「花城?」
『…うん』
やっ……と出てくれた…!!
「あのさ…今日はごめん。本当に、悪かった。」
『……。』
「俺が先走って…無理やり…」
『……。』
「……あんなことして」
沈黙が返って来る。う…何とか言ってくれ…。
『………大丈夫』
うわ〜〜…全ッ然大丈夫じゃなさそう…。
「……俺、彼女できたの初めてでさ」
『……。』
「舞い上がって…ほんと、バカなことしたと思う」
『……。』
「花城の気持ちも考えずに…。ごめん。」
『……。』
「幻滅したと思うけど…もう一度…、…チャンスを……」
『……。』
「…く、ください。」
…なんか浮気した男のセリフみてぇ…俺ダセェ〜〜…。
『……ちょっと、びっくりしただけ』
「え?」
『そんな…簡単に、嫌いにならない…。』
ぽそぽそ囁くような声が返ってきて、もうそれだけで全身から力が抜けたようだった。
『それに私も…あんなふうに帰って、ごめんなさい。電話も…』
「え!?いや!花城は全然悪くないから!謝るな!」
『……。』
「明日…夜になっちゃうけど、少し会えないか?」
『え…?』
「顔見て謝りたい。練習終わったら、お前んちの前まで行くから…8時頃。どう?」
『…うん。』
「いい?」
『うん。』
ちょっと強引だったかな…でもこのままだと、次に会えるのは冬休み明けだし…。そんなに時間を空ける前に、一度顔を見ておきたい。
「ありがとう。じゃ…おやすみ。」
『…おやすみ。』
プツン、と電話が切れて、俺は寝転がり、深いため息を吐いた。
…大丈夫、だよな?
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