039
「え!?お前昨日から戻ってたのかよ?」
倉持が目を見張って声を上げた。貴重な完全休日をわざわざ1日早く切り上げるなんて正気の沙汰じゃないとでも言うかのように。
「うん。」
「……。」
倉持の頭に疑問符が飛び交っている。…と思ったら、はっ!と何か思いついたように口を開けた。
「…あっわかった!!彼女に会うためか!?」
「まーな。」
「!!?テ…テメェ…」
「クソッリア充死ね!!」
傍で聞いていた麻生ものっかり、また俺の悪口大会が始まった。
今日は皆が続々と寮に帰ってくる。午後からは練習も少しある。
「で!?」
「何が?」
「何したんだよ花城さんと!」
「初詣。」
「……ッッッ!!!!」
男共が苦悶の顔でのたうち回った。なんなんだ。
「クソッ!!本当なら俺が花城さんと初詣に行ってたのに!!!」
「本当も何もこれが現実だよ。」
「麻生は何の話をしてんの?」
「高校生カップルの模範的なデートみたいなことしやがって!!クソ腹立つ!!」
「それは同意。」
模範的って何だ。模範的って。
そのあと手ぇ出そうとして、あんなことになったし…。マジで模範的って何?模範的なカップルはどのくらいで行為に及んでんの?
「それで?丸1日あったんだろ、デートで何したんだよ!」
「普通に飯食って……。」
「……。」
「……帰ったけど」
「何だ今の間は!?」
「飯食った後花城さんに何したんだよ!?」
「吐け御幸ィ!!」
***
練習が終わって速攻で着替えると、俺は走って花城の家に向かった。
8時を少し過ぎてしまった。休み明けだから監督の話が長くて。
花城の家の門が見えてきた。…何度見てもスゲェ門。俺は携帯を開き、花城に電話をかけた。呼び出し音がしばらく鳴り、途絶えた。
『…はい』
う…まだちょっと元気がない。
「ごめん、今着いたんだけど…」
インターフォンを鳴らしていいものか…。
『…待ってて。』
花城はそう短く答えると、電話を切った。
門の前でそわそわしながら待っていると、ハッハッハ、という音がどんどん近づいてきた。
「バウッ!!バウッ!!」
「!?」
突然門の向こうから犬に吠えられた。デカい真っ白な犬。あ…もしかして。
「こら!いっくん!」
駆け寄ってきた花城が、しー、と口元に人差し指を当てて犬をなでると、その犬は嘘みたいにおとなしくなって、しっぽを振って嬉しそうに花城の周りを回りだした。花城が犬に待つように言うと、これまたぴたりと従って、犬はその場に座った。
花城は門の隣の小さな扉から外に出てきた。
「散歩してくるって言って…来たの」
「あ…そうなんだ」
そっか…、とぎこちなく相槌を打った。夜外に出るのに、家の人から理由を聞かれるんだろう。花城はお嬢様だし…。
「……。本当にごめん」
俺が言うと、花城は俺を見上げた。
「もう…いいから」
花城は許してくれている。問題はそこじゃない。気持ちの問題…俺は信頼を失った。それは、謝っただけで取り戻せるようなもんじゃない。
「…花城に酷いことした」
「…違うよ」
「え?」
「酷いことじゃない。付き合ってたら、いつかはすること…でしょ?」
花城の、空が映った湖面のような澄んだ瞳が俺を見つめた。ぎゅっ、と心臓が苦しくなった。
「でも、花城が嫌だったら…」
「……。」
「……。」
いや…いつかはしたい。いつかはしたい…!!
「……突然…だったから」
ぽつり、と花城はうつむいて呟いた。
「ちょっと…怖くなっちゃって…。…突き飛ばしちゃった」
「……。」
「…ごめん」
「いや…!だから、花城はなんも悪くねーって…」
「……。」
「もうほんと、突然あんなことして…ごめん」
…話せば話すほど、花城は純粋で…無垢で……良心が痛え……
「…キリないから、やめよう?」
突然、花城はさっぱりとした声で言った。しばらくぽかんと花城を見つめ、小さく笑った。
「…そうだな。」
「うん。おしまい。」
ぽすん、と花城は俺の胸元を軽くたたいた。いつもふざけるときみたいに。だから俺も仕返しに頭をなでようとしたけど、思いとどまってついぎこちなく手を引っ込めた。
「……。じゃ…そろそろ門限だし…帰るわ」
「…うん。」
触れたり、キスしたり…ってのは、しばらくお預けかなー…。しょうがない。自業自得だ。
「中、入れよ。危ないから」
「……。うん」
見送ろうとしてくれる花城にそう促すと、花城は門の向こうでまだ利口に座って花城を待っている忠犬を見て、頷いた。踵を返し、扉に向かう花城。だけど扉に手をかけたところで、また俺の前まで引き返してきた。
「?何…」
花城の手が肩に置かれ、花城が背伸びをしてきて――ちゅっ、と唇に柔らかいものが触れた。
花城は澄んだ目で俺を見つめ、ほんの少しはにかんで、離れて行った。
「おやすみなさい。」
「お…おやすみ。」
扉が閉まり、ちゃんと待っていた犬を褒めて連れて行く花城。俺も踵を返し、にやける顔を必死に堪えながら、寮に帰った。
***
冬休みが明け――。
「道を開けろ〜〜っ!!姫のおなりだァ〜〜〜!!」
遠くで沢村がバカなことを叫んでいる。なんだなんだ、と皆自主練している手を止めて振り向くと、校舎の方から歩いて来る花城と周防がいた。
「沢村君やめて。」
「姫!ご機嫌麗しゅう…」
「姫って呼ばないで。」
「…………お嬢!!!!」
「もう黙ってて。」
……あながち間違いではない…。と、俺はこっそり思った。
「コラコラ…沢村お座り!」
「誰が犬だ!!!」
「おっ?キャプテンに向かって何だその態度は〜。」
「都合のいいときだけ権力を振りかざすんじゃねー!!!」
越権だ!反乱軍は俺に続け!と沢村が騒ぎ、小湊に静かにしなよと叱られている。
「楽しそうだね。」
花城がその様子を見て俺に微笑んだ。
「ま〜あのバカには毎日笑わせてもらってるかな。」
「またそーやってバカにする!!!」
「はっはっはっは。タメ口。」
ひとしきり笑って、俺は花城たちを見た。
「生徒会の帰り?」
「うん。」
花城は周防と顔を見合わせ、頷いた。
「始業式の日に遅くまでごくろーさん。」
「仕事は少なかったけど、生徒会の引継ぎがあって。」
「もうそんな時期?」
「うん。私は書記で、周防君は会計。」
「ほー。」
ぺこ、と周防は頷くような会釈をした。その隣で、沢村は俺と花城を何度も見比べている。挙動がうるさい。
「……なんだよ」
「ずるい!」
「は?」
「花城もタメ口じゃないっすか!可愛い子は特別扱いかよ!見損なったぞ御幸一也ァ!!」
「お前バカ?当たり前だろ…彼女なんだから」
「かっ……え!!?」
沢村はぎょっとして、また俺と花城を見比べた。
…彼女、と口に出した時、顔が熱くなった。必死に平静を装ったけど。
「か…彼女!!?花城が!!?え!!?」
「知らなかったの?」
「え!?春っち何で知ってたの!?」
「野球部は全員知ってるよ…」
「なんで!!?」
動揺する沢村の後ろで、ボトッ…と音がした。
見ると、降谷が愕然とした顔で立ち尽くしていた。こいつも知らなかったっぽいな…。鈍感バカ二人だから…。
「コラ沢村!!降谷!!」
金丸がやって来て、先輩の邪魔すんな!とバカ二人を回収していってくれた。助かる。
それと入れ違いに、純さんがやって来た。
「おっ!周防じゃねーか!」
無表情な周防の肩に、どさりと純さんがのっかった。
「テメ〜相変わらずしけたツラしてんな!!こっちこい!!キャッチボール付き合え!!」
「花城を送っ…」
「どーせ御幸がまだ帰さねーから!!ホラホラ」
「……。」
…知り合いなのか?純さんに引きずられていった周防は、渋々ジャケットを脱いでグローブをはめた。
「…練習中だったんでしょ?」
花城は俺の手元のバットと俺の顔を見比べ、尋ねた。
「ああ、でも…気晴らしみたいなもんだから」
「……。」
「やってみる?」
「え…?」
ほい、とバットの柄を差し出すと、花城は鞄を足元に置き、おそるおそるバットを握った。俺が手を離すと、バットの先はコツンと音を立てて地面についた。
「け 結構重いんだね…」
「そうか?」
何年も毎日振ってるからわからない。それにこれは、軽めの金属バットだし。
「こ…こう?」
花城はぎこちないポーズでバットを構えて見せた。
「……まず手が逆。」
俺は花城の隣に立って、左手を握って右手の上を持たせた。小さくて柔らかくて、滑らかな手…。
「…で、もう少し下」
今度は右手を握り、柄の先の方にずらす。
「腕はもっと高く…」
肘に触れ、角度をつける。
「あっちにピッチャーが立ってるから…体の向きはこう」
両肩に手を置き、向きを直す。
「で…背筋を伸ばして、少し腰を…」
そして背中に触れたとき…
「……。」
「……。」
倉持とゾノがニヤニヤ見ていることに気づいた。
「……何?」
「なんか…ヤラシ〜」
「見せつけんなや」
ギクリ、と顔を赤くした。確かによこしまな思いはあったけども…!!
「先輩、離れて。」
「え…、う、うん」
ま…またやりすぎたか!?
そう冷や冷やした直後――。
――フォン、と金属バットが綺麗に風を切った。
靡くサラサラの髪に真剣な横顔、ブレザーが捲れて見えた細い腰の括れ、翻ったスカートから覗いた真っ白な太もも。
はっ、と倉持達を見ると、ふたりともぽかんと口を開けたあほ面で花城に見惚れていて、少し胸が焦れた。
「…どうだった?」
「え?あぁ…」
まっすぐに俺を見つめる花城。俺の彼女。どこまでも綺麗で特別な女の子。
「悪くなかったぞ。入部した頃の沢村より断然いい。」
「また俺をバカにしてるな!?!?」
「こら!栄純君!」
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