040


よし……。

木村は出かけた。沢村たちも自主練に夢中、ミーティングも終わったし誰も俺を呼びに来ないだろう。
これはめったにないチャンス…。


『あっ♡だめ、イッちゃ…あぁん♡ダメ♡』
『なんだよ、またイッちゃうの?』
『イッちゃう♡イッちゃいますう♡あんッ♡』
『すげーな…何回目?』
『あぁん♡先輩の…すごいですう♡あっあっ…もっと♡もっと…あッ♡』

「…っ…」

……ふう。久々にちゃんとヌけた。いつもは便所とかでこっそりやってるからな…集団生活の辛いところだ。
つーか、無意識だったけど、後輩モノを選んじゃうあたり俺って…。どことなく花城っぽい雰囲気の女優選んじゃう俺って…。いや、ヤッてるときは全然花城っぽくなかったけど。花城はあんなに媚びた喘ぎ方するようなイメージじゃない。花城だったら、もっと…。

……。…やめよ。

後処理と部屋の片づけをして窓を開け、部屋を出た。
花城、あの様子じゃエロいことに免疫なさそうだよなぁ…見るからに清純そうだしな。まぁそこもすごい好きなんだけど…ノリノリで誘われても困るし。でも、怖くて泣いちゃうくらいだもんな…事に及ぶにはまだまだ時間が必要そうだ。突然、しかも無理矢理襲った俺が悪いんだけど…。あ〜…マジやりなおしてぇ〜…。まーでも…まだ早かったよな…付き合って1か月だもんな。
だけど…ちゃんと1日空いてる日って、なかなかないし…。
花城、あれからキスもしてくれるし、ちょっと手や肩に触れるくらいなら大丈夫そうだけど、あの日のこと正直どう思ってんだろ…。

「御幸!」

前方から倉持がやってきて、俺と並んで歩きだした。

「沢村見てねーか?」
「見てねーな。」
「お前のとこにも行ってねーのかよ…どこ行ったんだアイツ」
「なんかあったの?」

青心寮の門をくぐり、土手を歩き始める。

「いや、猛烈にコーラが飲みたくなって」
「……ここまで来たなら自分で買いに行けよ」

「あの!君たちちょっといい?」

寮を出たところで、俺たちは男に呼び止められた。スーツ姿の中年の男だ。

「君たち、青道高校の生徒だよね?」
「…おっさん誰だよ?」

倉持が威嚇すると、男は人のよさそうな笑顔でジャケットの内ポケットを探りだした。

「あ!これは失礼しました。僕はこういう者なんですが…。」

そして俺と倉持それぞれに恭しく名刺を手渡した。
……芸能プロダクションFuga 三谷彰。
倉持が胡散臭そうに男を見て、ちらりと俺に目配せしてきた。その目は「関わらない方がいいんじゃね?」と訴えている。

「怪しい者じゃありませんよ、うちは実績のある芸能事務所ですから!」

…その言葉が怪しさを増幅させている。

「それでちょっとお尋ねしたいことがあるんですが…」
「おい…御幸」

行こうぜ、と踵を返そうとする倉持に、男は慌ててタブレットを差し出してきた。

「お願いします!これだけ見てほしいんです」

男はそう言って、動画を再生させた。
それはうちの学校の体育館で、ステージに何人かの生徒が並び、ステージの下にはたくさんの人が集まって盛り上がっていた。…文化祭か?あ、これ、ミスコンだ。ミスコンのグランプリ発表だ。そう気づいたとき、マイクの前に花城が進み出てきた。

『…投票、ありがとうございました。……。……でも…』

花城はうつ向いて、言葉をつづけた。

『私は……棄権します。』

そしてそのまま、騒然とする会場を後にした。映像はそこで止まり、男は身を乗り出してきた。

「この子、青道高校の子ですよね?花城光さんって言うんですよね。1年生の。この子、知りませんか?」
「……。」
「……。」

俺と倉持はまた目で合図を送り合った。
…なんでこいつ花城のこと探してんの?芸能事務所って…花城をスカウトしたいってこと?花城くらい綺麗なら、理解はできるけど…コイツ本当に危ない奴じゃないのか?

「…もし、知ってるなら…」

男は名刺をもう一枚取り出して、電話番号を書き殴り、俺に差し出した。

「僕のことを伝えてくれませんか?一度会ってお話がしたいので。もちろん、保護者の方も交えて。興味があるならこの番号に電話してくれと。」
「…はあ」

名刺を受け取ると、男はよろしくお願いしますと言って、名残惜しそうに去っていった。

「どーすんの?」

倉持は「やめとけ」というような目で尋ねてくる。

「…決めるのは花城自身だろ。」
「え〜〜〜ぜってぇ危ないヤツだって。彼女の身を危険にさらすのかよ?」
「わかんねぇじゃん。花城美人だから、噂が広まるのもわかるし…」
「へーへーのろけですか。」
「そうじゃなくて、実際。親も一緒ならなんとかするだろーし…一応渡してみる。」
「あんな怪しい奴を…」
「気を付けるようには言うよ、もちろん」

俺はそう答えて、名刺をポケットに仕舞った。



***



「花城。」

翌日1Aの教室前に行くと、ちょうど廊下のロッカー前にいた花城を見つけて歩み寄った。花城はロッカーを閉めながら振り向き、俺を見つけると微笑んだ。

「どうしたの?」
「ちょっと来て。」

そのまま花城を攫うように背中を促し、人気のない渡り廊下まで連れて行った。

「昨日、お前を探してる人に声掛けられてさ。」
「え?」
「これ。」

そして昨日貰った名刺を花城に差し出した。花城は不思議そうな顔で名刺をまじまじと見つめた。

「スカウトだと思う。直接会って話したいから、興味があるならそこに連絡くれって。」
「…ふうん…」
「さすが美女だな。」

からかうように言うと、花城は上目遣いで俺を見上げ、控えめにはにかんだ。

「もし会うなら絶対親に同席してもらえよ。この手の奴は危ない奴いっぱいいるんだからな」
「わかってるよ。」

花城は笑って、名刺をポケットに仕舞った。

「でも連絡しないと思う。」
「興味ない?」
「…親がダメって言うと思うから」

静かな声で、微笑みを浮かべた顔で花城は言った。その諦めたような言い方に、俺は少し心配になった。

「…そっか。」
「うん…ねぇ、次の授業何?」
「次?現国。」
「じゃ、もう少し大丈夫だね。」

可愛いことを言う花城に絆されそうになったが、なんだか話を逸らされた気がして引っかかった。まるで親のことをあまり聞かれたくないみたいに。まあ…色々あるよな。家族の話は不用意に聞くべきじゃない。

「今日も生徒会あるの?」
「うん。でも、今日はすぐ終わる。」
「そっか。帰り気をつけろよ。」
「うん。」

花城は頷き、不意に腕を組んで身を竦めた。

「…さむ…」

ここは空調の行き届かない冷えた渡り廊下。まして花城は生足だし…そりゃ寒いだろう。こんなところで長話するべきじゃなかったな、と思うと同時に、ちょっとしたスケベ心が沸き起こった。

「俺があっためてやろうか?(笑)」
「ひゃ…、…ふふふ」

バカップル上等だと、思い切ってぎゅっと抱きしめると、花城は小さく笑いだした。受け入れられたうれしさと久々の密着に心が躍る。しかしすぐに、細い腰に回した俺の手を花城が掴み、さりげなく引きはがされた。

「…くすぐったいよ。」

花城はぎこちなくはにかみながらそう言って離れると、急にそわそわしだして、わざとらしく時計を見上げた。

「あ…もうすぐ予鈴。授業の準備してないし寒いから、もう行くね。」
「え…、お、おう…」

また…、と手を振って、教室に戻る花城を見送った。
今俺…拒否された!?またやりすぎた?今のってアウトだった?でも花城だってたまに抱き着いてくるのに…俺からのハグは許されないのか!?あぁもう境界がわからん!!また気まずくなったらどうしよう…。
調子に乗るんじゃなかった…、とにわかに後悔に苛まれながら、俺はフラフラと教室に戻った。



***



「それ何?」
「スパムレタスサンド。ラス1だったぜ〜ヒャハハ」
「ふーん」

昼休み、学食のメニューだけでは足りずに倉持と購買に行った帰り、廊下に花城の姿を見つけた。周防と何かを話していて、こちらに背を向けているため俺には気づいていない。…そうだ。悪戯を思いついて、俺はこっそりその背中に歩み寄った。

「あと、視聴覚室の使用申請まだかって。」
「今朝会長に渡したけど…」

「は・な・し・ろ〜♡」
「きゃっ!?」

ぽん、とノーガードの腰を左右から両手で挟むと、花城は驚いて飛び上がって――振り向きざまに突き飛ばされた。花城のか弱い力だったから、ちょっとよろめいただけだったけど…。

「あっ…せ、先輩?ごめんなさい!」
「……。」

顔を赤くして慌てて謝る花城の隣で、周防はもの言いたげな目で俺を睨んでいる。

「いーや謝る必要ねーよ花城さん、俺が代わりにこの変態絞めといてやるからな。」
「え…、あ…はい…」
「いや止めてくれ花城!いてててててて」

容赦なく倉持から関節を決められ、十分にいたぶられてから解放された。花城の前だからって、カッコつけやがって…。

「またコイツが変なことしたら俺に言ってね花城さん。締めてやるからさ、ヒャハハ」
「残念、俺たち付き合ってるんですう〜。邪魔しないでくれる倉持クン?なっ花城♡」

花城の背中に手を回し、腰を抱き寄せた時――

「ちょっ…と、あの…。」

咄嗟に身を引いて俺を突き放した花城は、はっとバツが悪そうな顔をして口ごもった。

「…生徒会の仕事の途中なので」

すると周防が珍しく口を挟んだ。

「すみませんが失礼します。行こう。」
「う、うん…」

周防に促され、花城は頷いて、ごめん、と俺に断って、小走りで行ってしまった。

「お前ほんとに付き合ってんの?」
「……付き合ってるし」

やっぱ避けられてるような…。…なんで!?



***



「花城?」

もう暗くなってきたというのに、花城がひとりでグラウンドの横を歩いて行ったから、俺は駆け寄って呼び止めた。

「今帰り?」
「うん。」
「周防は?」
「先生に呼ばれてて。一緒に帰るはずだったけど、暗くなる前に帰れって。」
「そっか。じゃ、俺送るよ。」
「えっ?」

花城は目を丸くして手をかざした。

「いいよ、わざわざ…」
「暗くなってきたし。それにちょうどコンビニ行こうと思ってたんだよ」
「そう…?」
「ほら、行こうぜ。」

本当はコンビニに行くつもりはなかったけど。普段は野球漬けで、学校の休み時間くらいしか会えないから、こんな日があってもいいと思う。もっと花城と過ごしたいという気持ちはいつも持っている。

「髪、伸びたな。」

気付けば花城の髪はもう肩についていて、ショートとは呼べない長さになっていた。

「うん。」
「伸ばすの?」
「どうしようかな。」
「どっちでも可愛いけど。」
「……。」

俺の軽口に呆れたように笑う花城。本音だけど、気恥ずかしくて冗談のように言ってしまう。

「先輩って…休みの日は何してるの?」
「土日は大体練習試合。」
「あ…休みじゃないんだ。」

大変だね、と花城は呟いた。

「ごめんな、野球ばっかりで全然時間なくて…」
「ううん。そのために青道に来たんでしょ?」
「そうだけど…」
「また試合観に行くね。」

そう言ってほほ笑む天使のような彼女。
…なんてできた彼女なんだ、花城…!!

「うん…ありがとう」

あー俺、幸せ。花城に避けられてるような気がしてたけど…きっと気のせいだよな?
花城の家の門が見えてくると、花城はちょっと足を速めて進み出て、俺を振り返った。

「じゃあ…。」
「あ、待って。」

そんなにあっさり分かれてしまうのは勿体ない。あまり時間を共有できない恋人同士なのだから。せめて最後にハグくらい…。できればキスしたいけど。
花城の手を引き留めて引き寄せると、花城ははにかんで俺の前に戻ってきた。

「気を付けろよ。」
「うん。」
「…また明日。」
「また明日…。」

ハグか、キスか…。多分花城もなんとなく俺の下心に気づいていながら、俺の言葉を待つように上目遣いで見上げた。

「…抱きしめていい?」

花城は目を細めて、「ふふ」と笑いこぼした。大丈夫そうだ。手を引き寄せて自分の腕の中に花城を誘い、優しく抱きしめた。コートごと抱きしめていても分かる、華奢で柔らかな体。そして、甘くさわやかな、何とも言い難い良い香り。あーやばい。舞い上がりそう。

「…先輩、もう…」
「ダメ、もう少し。」
「……。」

恥ずかしがってんのかな、可愛い、なんてのんきに考えた俺の体を、花城がやんわりと押し返した。

「も、もういいでしょ?」

ぎこちなく笑って離れる花城。やっぱり何か引っかかる。

「じゃあね…」
「花城。待って。」

このまま帰したらまたこの前と同じことになる気がして、俺は花城を引き留めた。

「俺のこと…まだ信頼できないよな。」
「え…?」
「あんなこと、したんだし…」

花城は踵を返し、俺に向き直って、不思議そうに眼を瞬いた。

「何が…?」
「だからその…俺に触られんのが嫌なんだったら…」
「……。」
「言ってくれれば…控えるし」

断腸の思いでそう言うと、花城は考え込むような顔で閉口した。

「…あのことならもう、本当に気にしてないし…嫌なわけないよ。どうして?」
「いや…俺を避けてるから。今日学校でもそうだし…今だって、ほら…」
「……。」

花城は、あ、と心当たりを思い浮かべたような顔をした。ばつの悪そうな苦々しい顔だ。

「やっぱり何か…」
「ち、ちがうよ。先輩が嫌とかじゃないから!」
「…じゃあ何?」
「…別に何も…。」
「…花城。」
「ほ、本当に何でもない。」
「あるだろ。」
「…ないよ。」

らちが明かない。何をそんなに隠してるんだ?やっぱり…俺と距離を置こうとしてるのか?

「…ごめん。」
「え?」
「本当に…怖い思いさせた」
「……。」
「後悔してる。フラれてもしょうがないよな」
「え…、ち、ちがう」

踵を返して立ち去ろうとすると、花城の手が俺の服の裾をつかんで引き留めた。

「じゃあ何?」
「……。」

ニヤリと振り返ると、花城は「騙された」というような目で俺を見て、悔しそうに唇をかんだ。

「……ちゃったの」
「え?」
「…太っちゃったの!」

…はい?
ぽかんとする俺の前で、花城は恥ずかしそうに俺を睨んだ。その華奢な手足を見て、俺は目を丸くする。

「どこが?」
「……。」
「全然細ぇーじゃん。お前本当に太ってる奴に謝ったほうがいいぞ」
「…太ったもん」
「どのくらい?」
「…2キロ」
「そんなん誤差みたいなもんだろ、成長期なんだし」
「全然違う。」

そんなこと気にして触られるのを嫌がっていたのか。…可愛い奴。

「とにかく十分細ぇからそんなこと気にすんな。」
「……。」
「もっと太ってもいいくらいだぞ。」
「嫌。」
「はっはっは…じゃあほら、もう遅いから中入れよ。」

すっきりした気持ちでトンと花城の背中を促すと、花城はむっつりした顔で門の扉を開けて中に入った。
花城にもあんな一面があるんだな…。俺は思い出して胸がくすぐったくなりながら、帰り道こっそり笑った。

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