045


春。

俺たちは2年生になった。


「花城!」

隣の席の花城は、読んでいた本から顔を上げ、微笑んだ。

「また同じクラスだな。よろしく!」
「うん、よろしく。」
「何読んでるの?」

表紙を覗くと、不愛想で角ばった文字で、『栄養面から考える美味しい料理の作り方』と書いてあった。

「あ、これは…えっと…」

花城は急に顔を赤くして、恥ずかしそうに本を閉じ、両手を載せて表紙を隠してしまった。

「花城料理好きなの?」
「ちょっと、興味があって。」
「へ〜、すごいな。将来はそっち方面の進路を考えてるとか?」
「そ、そういう…わけじゃないんだけど」
「?そうなんだ。花城頭いいから、何でもできちゃいそうだけど。」
「そんなこと…。」

花城は謙遜に謙遜を重ね、本を鞄に仕舞ってしまった。聞かれたくないことでも聞いてしまっただろうか、とちょっと反省した。
そして目を逸らした先で、花城の鞄についている白い犬のストラップを見つけた。

「あ!これカワイイな。」
「ん?あ…そう?ふふ。」

花城は嬉しそうにはにかんだ。こういうのが好きなんだろうか。
信二はノラネコギャングが好きでグッズを集めてるけど…花城もそういう一面があるのかな?

「これ、私の家の犬に似てて…御幸先輩がくれたの。」
「え?へ、へぇ…」

御幸先輩…こういうことするんだ…。って当たり前か、彼女にプレゼントくらい…。
…でも想像つかない…。
花城、すごく嬉しそうだし…きっと御幸先輩って、花城の前じゃすごく優しいんだろうな。
……やっぱり想像つかない…。
だけどそういえば、花城から御幸先輩の話を聞いたのって初めてかもしれない。付き合ってるという噂を聞いたのが、確か…3か月くらい前か。二人共学校ではかなり目立つしモテるけど、落ち着いた付き合い方をしている気がする。気づけば時々一緒にいるのを見かける程度で、噂話とかはほとんど聞かないし、御幸先輩は部活でしっかりとキャプテンとして皆をまとめているし。
花城もずっと真面目に生徒会を続けていて、成績もずっとトップ。俺だったら、彼女なんてできてしまったら浮足立ってしまいそうで怖い。

小湊と狩場が教室にやって来たので、花城の読書の邪魔をするのもなと思い、俺は自分の席につき、二人と話し始めた。

「1年間花城さんと同じクラスだぜ、ラッキーだよなー。」

不意にひそひそと盛り上がる男子たちの声が聞こえた。

「こんな近くで見たの初めてだわ」
「やっぱキレーだよな〜」
「同じ人間とは思えんな」
「でも彼氏いるんだよな〜」

自分がそんなうわさをされているとはつゆほども知らない顔で、花城はまた本を読み始めている。真剣な顔だ。

「花城さん何の本読んでるの?」
「栄養…料理…って書いてある」
「やっぱり綺麗な人って食事もこだわってるんだね〜」
「多分花とか木の実とか食べて生きてるよ花城さん」
「わかる、ジャンクフードとか絶対食べないよね」
「飲み物は水か紅茶」
「あと果物のスムージーとか」
「あ〜わかるわかる」

女子は女子で、いろいろと偏見だらけな花城の噂話をしている。

「花城さん、目立つね…」

そのうわさ話を耳にして、小湊が小声でつぶやいた。

「ゲーノー人みたいだもんな。」

狩場も同意して頷いた。その顔はちょっと赤く、そわそわと花城を見ている。

「御幸先輩と付き合ってるんだよね。…3か月くらい?」
「結構長いよなぁ〜。」
「聞いた時驚いたよね。御幸先輩が花城さんのこと…っていうのは、しばらく前から聞いてたけど、いつの間にアプローチしてたんだろう?」
「花城さんめちゃくちゃモテるのにな。」
「でも、お似合いだよね。御幸先輩もイケメンだし…」

確かに、御幸先輩はカッコいいし、野球も上手いし、なんたって主将に選ばれるほど周りから認められているし…。そんな御幸先輩が相手だったからか、花城とのうわさが広まった時も、否定的な意見はまったくと言っていいほど出なかった。花城のファンたちが騒ぎそうだと心配したけど、驚くほどあっけなく受け入れられていて、むしろ野球部の去年の2年生たち…特に倉持先輩たちの不満のほうが大騒ぎだった。

「でもさ〜花城さん、去年より綺麗になったよね。」
「わかる!大人っぽくなったっていうか。」

また女子たちが盛り上がり始めて、俺たちは顔を見合わせた。

「どことなく幸せな雰囲気っていうかさ〜」
「ゆとりがあるよね。」
「あと、なんか色っぽいっていうか…」

「……。」
「……。」
「……。」

「…やっぱりあれでしょ〜。彼氏ができたから…」
「…いろんなこと経験しちゃったの〜!?」
「やめてよ〜!花城さんはけがれなんて知らない純白の天使なんだから!」

彼氏…。経験…。
小湊と狩場と顔を見合わせ、気まずく逸らした。
御幸先輩と…そういうことしてる…ってことだよな。そりゃそうだよな…。付き合って3か月…キスくらいはしてる…よな。もしかしたら、その次も…。

花城は集中して本のページを捲った。その真剣な横顔も、本を持つ真っ白な手も、息をのむほど綺麗で…。

俺は想像しかけたことをかき消した。

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