046


「なぁ、御幸ってもうヤッたのかな?」

休憩中、その話は突拍子もなく始まった。
御幸は向こうの方で沢村と降谷に絡まれていて、適当にあしらっている。その様子がまた飄々と余裕こいているように見えて、腹立たしい。

「やめろ姫を汚すな」
「だってもう付き合って3か月経ってんだぜ〜?ヤッててもおかしくないだろ?」
「キスは絶対してるだろ」
「ああああやめろおおお考えたくない!!」

嘆き喚く奴らに気づく様子もなく、御幸は沢村が言ったことに対して笑いだし、沢村から抗議を受けている。
あいつがあの花城さんにエロいことを…?…い、いや、あいつはまだ童貞だろ…うん。

「しっかし御幸があの子をゲットするとはな〜〜…」
「いまだに腹立つよな」

まったくだぜ。しつこくつきまとって、あしらわれていた頃は笑っていられたけど…思えばあのころからすでに、花城さんは御幸に特別な態度を取っていた気がする。特別…辛辣な態度を。あれは愛情の裏返しだったのか?

「あ〜〜〜花城さん、どうして御幸なんかとおおぉぉ〜〜〜」

――ガシャン!!

けたたましい音がして振り返ると、1年が運んできたボールケースを落としたのだと気づいた。ケースが足元に倒れ、ボールが散乱していて、1年は茫然とその中で立ち尽くしている。

「おい、気をつけろよー。」
「拾っとけよ。」

3年にそう声をかけられたそいつは、ゆらりと顔を上げた。あ…こいつ、確か御幸と同室の…

「今の話…どういうことですか」
「は?」

そいつ…確か大京シニアの奥村とかいう奴だ。奥村は、俺たちにずかずかと歩み寄って、青ざめた顔でそう言った。

「今花城って…」
「…あぁ何?お前もしかして花城さんのファンか?」
「残念だったな〜。花城さんは去年から御幸と付き合って…、…ってオイ」

奥村はくるりと踵を返し、今度は御幸に詰め寄った。

「御幸先輩。」
「ん?おぉ…奥村?」

どうした?と目を瞬く御幸を、奥村は鋭く睨みつけた。

「光とあなたが付き合っているというのは何かの間違いですよね。」
「…はい?」

光…。…光!?なんで花城さんのこと呼び捨てにしてんだコイツ!?

「本当だけどそれがどうかした?」
「……!!」

けろりと御幸が答えると、奥村は「ガーン」と音がしそうなほど愕然と硬直した。

「つーか光って…。お前花城の知り合い?」
「……。」
「先輩を呼び捨てとは感心しねぇな〜。」

「あ、あの!すみません!」

奥村を中心に緊張感が漂い始めたとき、奥村とよく一緒にいる1年…同じシニア出身の瀬戸が割り込んだ。

「コイツ、花城先輩と親戚なんです!だから呼び捨てにしてるだけで、別にあのアレとかじゃ…」
「俺は認めません。」

瀬戸の言葉をさえぎって奥村が言い放ち、瀬戸は「あちゃ〜…」と口元をひきつらせた。

「お…おい光舟…」
「あなたは光の恋人にふさわしくありません。」
「はっはっは!お前面白いな〜。」
「絶対に認めません。」
「はっはっはっは!」

「御幸せんぱ〜〜〜〜い!!!!」

するとそこへ甲高い声がキンキン響いた。とても聞き覚えのある声だ。

「きゃーーー!!!!!今日もかっこいいですう〜〜〜!!!!!」
「……。」

フェンスの向こうでキャーキャー騒いでいる赤沼女子高等学校…通称赤女の女子高生を見て、御幸は顔をひきつらせた。小柄で童顔なおかっぱ頭の女子。あの子は今年の春から頻繁にうちの練習を見に来て御幸にキャーキャー言っていて、つい最近はこうして呼びかけるまでになった。いつも練習を見に来るOBや近所のおっさん共は「今日も来たぞ」とにわかに盛り上がっている。

「御幸先輩アヤカと付き合って〜〜!!!」
「ははははは!!御幸モテるな〜!」
「さすがキャプテン!!」
「男前だしな〜!」

くっ…と御幸は恥ずかしそうに顔を背け、そそくさと部員の群れにまぎれた。それで隠れたつもりらしい。

「御幸先輩愛してる〜〜〜!!!きゃ〜〜〜!!!」
「もう勘弁してくれ…」

さすがに可愛そうかもしれない。モテるのはムカつくけど、これはまったく羨ましくない。ムカつくけど。

「あの子御幸に彼女がいるって知らないの?」
「知らねーから来てるんだろ。」
「カワイソ〜」
「酷い男だなぁ御幸…あれ?御幸は?」

ふと気づくと、御幸の姿が忽然と消えていた。
いつの間に。跡形もなく。気配もなく。

「あいつ逃げやがった!!」
「戻って来いキャプテン!!」



***



練習が終わり、解散の時間。
あの子は辛抱強く練習終わりまで待っていて、グラウンドの入り口で御幸が出てくるのを今か今かと待っている。

「沢村!降谷!」

御幸は二人を呼び寄せて、声をひそめた。

「お前らで俺の前後をブロックしろ。あの女子から無事俺を寮まで守り抜いたら今日球受けてやる!」
「マジ!?まかせとけ!!降谷お前は必要ないぞ!俺一人でキャップを守り抜いて見せる!!」
「君こそ邪魔なんだけど」
「コラコラ喧嘩するな!協力して俺を守れ!」

「御幸、お前こいつらのバカがうつったのか?」
「じゃあ倉持が守ってくれよ〜!!その目つきで!!」
「情けねーこと言ってんじゃねえ!彼女がいるって言えばいいだろうが!」

御幸に付きまとわれながらグラウンドの出口に差し掛かると、女子ははっと目をキラキラさせて御幸を待ち構えた。

「倉持〜…」
「シャキッとしろ!!お前そんなんじゃなかっただろ!!」
「なんかあの子苦手なんだよな…」

勝てる気がしねーんだよ…といつになく弱気な御幸に首を傾げたとき、御幸が「あっ」と目を輝かせた。

「花城!こっち!こっち!」

何かと思ったら、花城さんと周防が生徒会を終えて帰るところ、ここを通りかかったらしい。帰り道のついでに御幸を見に来てるのかもしれない。花城さんは不思議そうにこちらにやってきて、周防も静かについてきた。

「どうしたの?練習終わったところ?」

お疲れ様、と柔らかな微笑みを浮かべて、綺麗な髪をなびかせて前を通り過ぎて行った花城さんを、赤女生は点になった目で追い言葉を失っている。

「今帰りだろ?2分待ってて、すぐ着替えてくるから。送るから」
「えぇ?いいよ。まだミーティングとかあるんでしょ?」
「まだミーティングまで30分あるから」
「でも…。」

花城さんは困惑した笑顔で俺の顔を見た。まるで助けを求めるように。花城さんの求めとあっちゃあ仕方ない。

「わがまま言ってんじゃねーぞ御幸。花城さん困ってんだろーが!」
「でも花城…、」

「えっ!?ちょっと待ってください!御幸先輩、この女なんなんですかっ!?」

ぽかーんと花城さんを見ていた赤女生がキンキン声を張り上げて、花城さんが目を丸くした。

「…彼女だけど」

御幸が引きつった顔で答えると、赤女生は息を飲んで御幸と花城さんを代わる代わる見て、悲劇のヒロインのように絶望的な表情になった。

「御幸先輩の彼女!?ウソ!!」
「……。」

「へ〜御幸、あんな可愛い彼女いたのか!」
「やるなぁキャプテン!!」
「いや〜美人な子だな〜!」

野次馬のおっさんたちも遠くで盛り上がり始め、花城さんはちょっと恥ずかしそうにはにかんで御幸を見上げる。

「ヤダ!!認めない!!」

…最近どっかできいたセリフだな…。

「アンタ誰!?何年!?」
「…2年だけど」
「おばさんじゃん!!御幸先輩、こんなおばさん捨ててアヤカと付き合ってよ〜!」

高2をおばさんって…。つかそれ言ったら3年の御幸はどーなんだ…。

「……。」

花城さんは全く堪えていない様子できょとんと赤女生を見下ろしている。それから、誰?と御幸に尋ね、御幸は慌てて知らない子だと弁明した。
そして赤女生は怒らない花城さんを見て完全に舐め切ったのか、花城さんに絡み始めた。

「何?おばさん!こんなストラップつけてかわい子ぶっちゃって!」

そう言って赤女生が花城さんの鞄についている白い犬のストラップを掴むと、花城さんは咄嗟身を引いた。そのはずみでストラップの紐が切れ、ぽとりと地面に落ちてしまった。

「あ…!」

花城さんは素早くをそれを拾い、砂を払う。ストラップを壊してしまい、さすがにバツが悪そうな顔をした赤女生だったが、意地を張って花城さんを睨み続けた。

「な…なによ!アヤカのせいじゃないからね!おばさんがひっぱったから!」
「……。」

黙り込んでストラップを見つめ続けている花城さん。その異様な雰囲気に嫌な予感がして、俺は赤女生を嗜めることにした。

「おい、いいから謝れよ。お前が掴んだからこんなことになったんだろ。」
「…は!?アンタは関係ないじゃん!」

黙っててよ!とキンキン響く声で言い返され、辟易する。この子を苦手と言う御幸の気持ちが少しわかった。

「謝らなくていいよ。」

すると花城さんが落ち着いた声で呟いた。なんて器のデカい…

「…ほら!おばさんもこう言ってるし…」

それに比べてこいつは…。また窘めてやろうかと思った時、花城さんが言い放った。

「許せないと思うから、謝られても困るので。」
「……は!?」
「帰ります。」
「あ…花城!」

顔を真っ赤にして慌てる赤女生を無視して、花城さんは踵を返した。そのあとを周防がついて行き、御幸も慌てて追いかけて行った。
俺は置いて行かれた赤女生を見下ろした。

「お前が悪いぞ。」
「…うるさい!」

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