005
「お前花城さんといつ知り合ったんだよ!」
ずりぃぞ、と倉持が絡んでくる。別にズルはしてない。
「この間校舎裏で会った。」
「校舎裏ァ?」
「ほら…伊藤さんの」
「…あー」
伊藤さんの名前が出ると、倉持も察したように声を低くした。
「で…あっちも偶然、…別の人に呼び出されてたっぽくて」
「マジ!?誰?」
「いや、知らない奴。」
丹波さんのことは黙っておいてあげよう…。エースとしての威厳が。それに、これ以上嫌われたらバッテリー組みづらい。
「ふーん…で?」
「知らない先輩に呼び出されてたらしくて、最初俺だと思ったみたいなんだよ。」
「ふーん。」
「そんだけ。」
ふーん…、とおざなりな相槌を打ち、倉持は別の所に興味を移したらしく、話しを変えてきた。
「そういや伊藤さんとどうなったんだよ?」
「別に…」
「断ったのか!?」
「まぁ…」
「え〜もったいねぇ〜」
もったいねーもんか…。と、俺はこっそり呟いた。あんなことがあったなんてさすがに倉持に言えねーぞ…。付き合ったらヤラせてあげる、なんて…。
「別にいーんだよ、もう」
「童貞卒業のチャンスだったかもしれねーのに」
「はいはい」
***
「じゃあこれ、お願いね。」
「はい。」
職員室の前で礼ちゃんと花城が話しているのを見かけた。これは興味を惹かれずにいられない。
「礼ちゃんおはよ〜」
「高島先生でしょ。」
ぴしゃりと礼ちゃんに注意されながら、ぽかんとしている花城を見る。
「花ちゃんもオハヨ♡」
「……。」
「警戒されてるわよ御幸君。」
「え〜そんなバカな。」
「彼ちょっと悪い先輩だから近づいちゃダメよ。」
「はっはっは!礼ちゃん酷いな〜」
花城の肩に手を添えて言い聞かせる礼ちゃんに苦笑した。高島先生、と間髪入れずに注意が返ってきた。
「花城さん、放送準備室の場所はわかる?」
「いえ…どこですか?」
「本棟の3階の…」
「高島センセー、俺が案内しようか?」
礼ちゃんは目を丸くして疑わしげに俺を見た。
「…御幸君が?」
「なんですかその間は?」
「……。」
「え〜俺ってそんなに信用無いの?」
「花城さんにちょっかいかけるんじゃないわよ。」
「はっはっはっは!なんすかそれ(笑)」
じゃあお願いするわ、と礼ちゃんは職員室に戻って行った。
「こっちだよ。行こうぜ」
「……。」
花城は少し不服そうに俺の後をついてきた。
「腕どーしたの?」
「…なんでもないです」
ちらりと見えた手首に包帯が巻いてあるのが見えて尋ねたけど、花城はそれを隠すようにセーターの袖を引っ張った。
「そういや放送準備室に何の用?」
「…委員会の用です」
「委員会?放送委員?」
「いえ…生徒会です」
「生徒会!?へぇ…」
やっぱ優等生なんだな。新入生代表挨拶するくらいだもんなぁ…。礼ちゃんが俺を警戒するのもわかる。
「聞いてもいいか?」
「…?」
ちらり、と大きな瞳で俺を見上げる花城は天使のように可愛い。
「丹波さんのこと。どう思ってる?」
「…よく知らないので」
「告白断ったんだろ?」
「……。」
「付き合う気全くナシ?興味ゼロ?」
「…そういうことは…人に言いたくありません」
おや。
「真面目だな〜。」
「……。」
花城は少しそっぽを向くように顔を背けた。何て失礼な先輩、と考えているのがなんとなくわかった。
「ほい、とーちゃく。」
「…どうも。」
俺が指したドアの鍵を開けて、花城は部屋の中に入って行った。段ボールや模造紙に埋もれた埃っぽい部屋。何かを取りにきたらしく、花城は棚の中を覗いて部屋の奥に進んでいく。…かと思ったら、不意に俺を振り向いた。
「…もう大丈夫です。ありがとうございました。」
もう行けということらしい。俺は開けっ放しのドアに寄りかかったまま答えた。
「ここのドア、内側から開かないんだよ。ドアノブが壊れてて。だから抑えてる。」
「……。」
花城は探し物を再開した。俺随分嫌われちゃったっぽいな〜。花城から不機嫌オーラを感じる。
「何探してんの?」
「…去年の生徒総会の資料…です」
「ふーん…」
「きゃっ!」
バサバサバサ、と棚から紙の束の雪崩が起きて、埃が舞った。
「はっはっは!無事か〜?」
「……。」
花城はちょっと顔を赤くして顔を背けた。やっぱ可愛いなこの子。大人しそうな顔して、からかわれると意外とムキになるところとか…。
「……。」
花城はまた棚の中を真剣に探し始めて、それから俺があくびを噛み殺したころ、ぽつりと呟いた。
「…ない…。」
困り果てたその呟きに、俺はつい笑いそうになった。
「ほんとにここにあんの?」
「あるはず…。一昨年までのは揃ってるし…。」
あまりに真剣で敬語も忘れてしまっている花城。面白いからそのままにしておく。
「うーん…」
先ほど落ちた紙の束を拾い集め、背伸びをして棚の上に戻しながら探し物をつづける花城。…脚綺麗だなー…柔らかそう…。それにくびれ…胸の大きさはそこそこだけど、鎖骨から首筋、そして顎のラインも綺麗で…あの唇も…
「ひゃ…!」
「あ…おい!」
棚の上の段ボールが傾いて花城が身をかがめた瞬間、俺は咄嗟に飛び出した。ドサドサドサ、と乾いた音と埃を立てて、薄い冊子が大量に落ちてきた。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です」
幸い花城はよろけただけで、足元に落ちた大量の薄い冊子をかき集め、すぐに段ボールに戻し始めた。
「…あ!あった!」
その中の一冊を見て、花城が声を上げた。
「ここに紛れてたんだ…」
良かった、と微笑んで、他の冊子を段ボールに戻す。俺も手伝って、段ボールを棚の上に戻し、振り向いて…思い出した。
「あ…やべ、ドア…」
忘れてた。咄嗟に飛び出して、それで…。
ドアノブをひねり、手ごたえのない軽さに苦笑を零す。
「あ〜…ダメだ…」
「え…。」
ほら、とドアを示すと、花城もドアノブを回してみた。カチャカチャと軽い音が鳴るが、ドアはピクリとも動かない。ドンドンドン、と花城がドアを叩き、数十秒間静寂が返って来る。
「誰もいないみたいだな。」
「……。」
「携帯持ってる?」
「…教室です」
「マジ?俺も〜」
「……。」
まぁ慌ててもしょうがない。誰かが通りかかるまで待つほかない。一応、礼ちゃんは俺たちがここにいることを知っているんだし。俺が床に胡坐をかいてくつろぐと、花城は呆れたように俺を一瞥した。
「座れよ。疲れるだけだぞ」
「……。」
花城は不服そうに、近くのパイプ椅子に座った。
「丹波さんのこと避けてるんだって?」
「……。」
あの後、お前のせいで、と丹波さんに恨まれた。廊下で見かけて挨拶しようとしても逃げられてしまうらしい。それは俺のせいではない気がするけど…投球練習の時に八つ当たりのようなボールを受けさせられるのはもうごめんだ。
「関係ないですよね…」
「関係はあるんだな〜これが…」
「…?」
「うちのエースにいつまでも凹まれてちゃ困るんでね。」
「エース…?」
「知らねーの?あの人、うちの野球部のエースだせ。」
ま…最近は調子悪いけど。という言葉は飲み込む。
「ま〜フラれんのはしょうがないけど…」
「別に…振ってません」
「え?」
「告白されたわけじゃないし」
「はい?」
「…連絡先を聞かれただけです」
なんだ…そこまで無謀じゃなかったか、あの人。いやまぁ、半分告白みてーなもんだけど。
「じゃ…連絡先の段階で断られたのかあの人?」
「……。」
「誰にも言わねーって!俺は正捕手として投手の不調を把握しとく義務があるんだよ。」
「……。」
花城は疑わしげな目で俺を見た。さすがに無理があったか。いや、あながち嘘でもないんだけど。
「何で断ったの?」
「悪いですか?」
「そういうんじゃねーって。ただ理由を知りたいだけ!」
「……。」
「あ、坊主だから?」
「…なんですかそれ」
花城は呆れた声で言って、ため息をついた。
「別に…あの人が嫌だったわけじゃないです」
「…じゃあなんで?」
「相手が誰でも断ってました。」
「…なんで??」
「誰とも付き合う気ないからです」
その恋愛ゲームの序盤のヒロインみたいなセリフに、俺は目を瞬いた。
「…なんで???」
「しつこいですね…」
「だってせっかくモテるのに。誰ともなんて。」
「別に興味ないので、どうでもいいです」
「え〜…うわ〜…」
「…なんですか」
「今お前数百人を絶望の淵に叩き落したぞ。」
「はい?」
学校中の男が花城の噂をしているというのに。自覚がないのか?自分が姫って呼ばれてることも知らないのかもしれない。
「じゃあもし…」
「?」
「すっげえ好みのタイプのイケメンが目の前に現れても?」
「そんな人いません。」
「もしもの話だって!」
「そもそも好みのタイプなんてないし」
「え…」
「くだらない…」
へえええ…、と息を飲むと、花城は鬱陶しそうに俺を睨んだ。
「何ですかその目。」
「いやお前…人生損してるぞ〜」
「そうですか。それはどうも。」
「好きな芸能人とかいないわけ?」
「芸能人?」
「イケメン俳優とか。アイドルとか。」
「…一生会うこともないのに好きになってどうするんですか?」
「……まじ?はっはっはっは!お前おもしれ〜!すげー卑屈!」
「……。」
花城はムッとした。やっぱ意外とすぐムキになる。
「好きな子がいるってのはいいぞ〜。その子の笑顔が見れれば俺は何だって…」
「……。」
「コラ!気持ち悪そうな顔をするんじゃない。」
――コンコンコン。
ドアがノックされ、俺も花城も立ち上がった。ドアがガチャンと開き、不思議そうな顔をした礼ちゃんが俺たちを見比べる。
「あら…やっぱりここにいたのね。」
「礼ちゃんよかった〜。閉じ込められちゃってさぁ…」
無事準備室から出られて、俺は伸びをした。休み時間が終わる前に出られてよかった。
「大丈夫だった?花城さん。」
「はい。」
「目的のものはあった?」
「ありました。」
「そう、それはよかった。御幸君に何もされなかった?」
「え〜礼ちゃんどういう意味?何もしないって、なぁ花城?」
「……。」
じとり、と花城は俺を睨み、礼ちゃんに鍵を差し出した。
「失礼します。」
「あら、えぇ…。」
花城はすたすたと去っていく。
「御幸君、何したの?」
「あれ〜…?おかしいな…」
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