055


夕食後時間があったから、花城の家に来てしまった。
いつでも来ていいって言われたし…。いやでも、さすがにがっつきすぎか…!?
メールの返事もない…。今忙しいのかな。

小屋の中で一人悶々としながら待っていると、カチャ、とドアが開く音がした。

「! はなし…」

ろ…、と声がかすれた。
そこに立っていたのは花城ではなく…白い詰襟制服の男…従弟の光臣だった。

「……。」
「……。」

お互いに硬直したまま沈黙が流れる。いや、この状況、まずいのは俺の方だ。

「あの俺…!」
「……。」

慌てて立ち上がった俺の前で、光臣は静かに小屋に入ってきて、扉を閉めた。それから俺を上から下までよ〜く見て、呟いた。

「…なるほど…。」
「え?」

何が?と混乱する俺をよそに、光臣は子供サイズの小さないすに腰掛け、開いた両ひざに肘をかけた。

「まぁ座れ。」

そして手のひらを差し出し、俺にそう言った。

「え…?は、はい…」

なんだこれ…。しかし逆らうこともできず絨毯の上に座る俺。

「光とよくここで会ってるのか?」

……光…。いや、まあ当たり前か、婚約者以前に家族なんだから…

「な…何度か…」
「ふうん…」
「……。」
「あ…誤解しないでくれ。別に構わない。」
「は、はぁ…」

なんなんだこいつ…?婚約者なのに構わないとか…花城が言ってた通り、花城への恋愛感情はないからってことか?

「光は今日は来ない。」
「え?」
「今料理をしてて、メールに気づいてない。」
「え…メールって…」
「俺が見た。」
「……。」

う…迂闊にメールも送れねぇ…。でも、料理中か…。

「…やっぱ、料理好きなんすね」
「……。」

呟くと、光臣はにわかにイラついたように俺を睨んだ。な、なんだ!?

「光は料理なんて好きじゃない。」
「え?だって今…」
「3か月前のバレンタインで作ったブラウニーが人生初の料理だ。」
「え…。…え??」
「1か月も前から練習を始めて…味見のし過ぎで太って八つ当たりされたし。俺も味見に付き合わされたし。」
「……。」
「やっと終わったと思ったら今度は料理の練習と栄養学の勉強まで始めた。」
「……。」
「米の炊き方すら知らなかったくせに…」
「……。」
「そもそもうちは料理人を雇ってるんだから、料理なんてする必要ないんだよ。」

な…なんだ?俺は何を聞かされてるんだ?
だけど花城、なんでそんなこと…。いや、それが本当なら…俺のため?隠れて料理の練習だって?か…可愛すぎるだろ…。

「お前が何も知らず今後光の努力に気づくこともないってのが気に食わないから教えてやったんだ。ありがたく思え。」
「は?はあ…どうも」

こいつはなんかムカつくけど…。

「あの俺…帰りますね」
「は?」
「え?」
「光に会いに来たってことは時間はあるんだろ。」
「……。」
「座れ。」

なんなんだコイツ…。

「光はな…」
「……。」

神妙な顔で口を開く光臣。花城がどんなにいい子かという話をして俺に威圧感を与えようとでもいうのか、と思った直後。

「家では口を開けばいつも不満と愚痴ばかりで」
「……。」
「何かあるとすぐ俺に八つ当たりするし」
「……。」
「太るとすぐ俺のせいにするし」
「……。」
「ガキだし我儘だし愛嬌のかけらもない女だけど」
「……。」
「でも最近は、お前のことばっかり話す」
「…え?」

ぽっ、と顔が熱くなった。花城、そんなに俺のことを…。

「最悪だ。聞かされる俺の身にもなれよ」
「…すみません」

光臣は俺を鋭く睨んだ。結局愚痴だったらしい。
それにしても、学校での花城のイメージとかけ離れていて面白い。俺の前でもそのうち、拗ねたり我儘言ってくれるようになるのかな…。

「あのさ…婚約者…なんだよな?」
「……。」
「…ですよね?」

睨まれたので敬語に言い換えた。ああ、と光臣は偉そうに呟いた。

「そのこと…どう思ってるんです?」
「しなくていいなら、しない。」
「……。」
「父さんたちが勝手に決めただけだ。」
「それって…どうして?」
「財産と家系を守るためだ。」
「……。」

やっぱり住む世界が違う…。そんなのどうしようもないじゃんか。
わかってたことだけど…でも花城と別れたくない。付き合えるのもこのままだとあと2年足らず…暢気に浮かれてる場合じゃなかった。

「お前こそ、どうして婚約者がいると知ってて光と付き合ってるんだ?」
「え…」
「一時の遊びのつもりか?体よく別れられる良い言い訳になるとでも思ってるのか?」
「ち…違ぇよ俺は…!」
「じゃあ、駆け落ちでもする気か?」
「っ…」

そうだよ…選択肢らしい選択肢はそれしかない。だって、花城の親に反対されたら…別れなきゃならない。

「今の俺はただの高校生で…花城を守るなんて大口は叩けない。でも…」
「……。」
「…そう言えるような男になる」
「……。」

光臣は口元を抑え、顔をそむけた。

「今笑ったか?」
「別に…」

光臣はうつむいたままこちらに向き直り、息を吐いて仕切り直した。

「まあ…光が好きで付き合っている以上、俺は別に言う事はない。」
「……。」
「せいぜい頑張ることだな。2年後…俺と光が卒業するまで」
「……。…ん?え…お前2年?」
「そうだが?」
「年下かよ!」
「別に敬語を使えなんて言ってないだろ。」
「良い性格してんな…」



***



「御幸!彼女が呼んでる」

彼女。花城の顔が浮かんでドキンと心臓が跳ねた。まだ慣れない。ただでさえ花城の方から俺を呼び出すなんてめったにないことだし。倉持にニヤニヤされながらあわてて教室を出ると、花城が待っていた。

「御幸先輩!ごめん、昨日メール気付かなくて」
「え?あぁいや…」

光臣には俺と会ったことは光には内緒にしろ、と言われたのだった。
気にするなよ、と笑って流して、教室と廊下の野次馬の視線から逃げるように、移動しようぜ、と花城を促した。

「おい御幸…あっ花城さん!」

すると麻生たちが通りかかって、俺たちの行く手を阻んだ。

「こんちは!」
「…こんにちは」
「おい、俺に用があるんじゃねーのかよ」
「な!」

麻生がにこやかに挨拶をすると、花城は目を逸らしつつ挨拶を返した。そりゃそうだ、一度振った相手がまだ期待してそうな態度で近づいてきたら不気味でしかないだろう。

「で、何?」
「あ、そうそう。今日御幸もボーリング行く?俺らとゾノと中田と小野と…あと樋笠も来るかも。あと倉持も声掛ける。」
「試験終わったら本格的に休みなくなるからな!な!」
「あ〜俺は…」
「花城さんも行く?な?行こうぜ!」
「え…」
「おいコラ」

何してんだよ、と花城を腕で庇うようにして麻生を退けた。

「なんだよいいじゃん女子がいたほうが楽しいだろ!?」
「まだ俺も行くって言ってねーんだけど」
「御幸が来なくても花城さんだけでもいいし、な?」
「いいわけねーだろ。そもそも3年の男しかいねーし気まずいだろーが」
「いーじゃんたまには!!」
「何がいいんだよ。花城も嫌だろそれは」

なあ?と花城を見ると、どことなく不安そうに、縋るような目で俺を見つめてきた。あ…これはアレだ、行く行かない以前にボーリングがよくわからなくて俺に助けを求めてる顔だ…。お嬢様だからなコイツ。カラオケや電車の前例を思い出し、俺はこっそり可笑しくなり、花城を可愛く思った。こういうときに頼る存在として認識されてるってとこが嬉しい。

「ほら、俺がいなきゃイヤだって」
「は!?いやいや花城さんそんなことないよなー?」
「…御幸先輩が行くなら…」
「はっはっは!ほれ見ろ」
「っ!!!…頼む御幸!一緒にボーリングに来てくれえええ」
「どーしよっかな〜〜」

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