059


どうすっかなー…。

今日の放課後の予定はどうかと尋ねる花城宛のメールを送信しないまま、画面を見つめてため息をついたところで、よお、と倉持が通りかかった。

「お前今日も放課後彼女んとこ?」

若干苛立った態度でそう尋ねる倉持に、俺はもうなんだかどうでもよくなって、パタンと携帯を閉じた。

「いや、今日は寮で勉強する」
「え?そうなの?」
「そろそろ真面目にやんねーとまずいしなー」
「チッ…沢村うるせーから、今日もお前の机借りようと思ったのに」
「はっはっは、わりーね」

けど…それはそれとして、なんとか花城と仲直りしないとなー…。
でも花城…話してくれるかな…。



***



「小湊!」

昼休みに早速2Cを訪ね、廊下で小湊を発見して呼び止めた。

「御幸先輩、お疲れ様です!」
「おー。なあ、ちょっと花城呼んで。」

えっ、とちょっと緊張気味に顔をかすかに赤く染める小湊。そーいや小湊と花城って普段話したりすんのかな?

「は、はい…」

しかし断るわけにもいかないと思ったのか、小湊はぎこちない態度で教室に入っていった。自分の教室だというのに…。
それでも小湊は役目を果たしてくれたようで、少しするとこれまた複雑な顔をした花城が廊下に出て来た。

「よ、おはよ。」
「…おはよう」

もう昼だけど。浮かない顔の花城に、ちょっといい?と廊下の向こうを指すと、花城も話をしなきゃならないことは自覚しているようで、頷いて俺についてきた。
校舎裏のベンチに座り、あたりに人気が無いことを確認して、俺は話を切り出した。

「あのさ…。昨日はごめん。」
「……。」
「何にしても、花城が嫌がってるのにああいうことしたのは俺が悪かった。」

花城は沈んだ顔のまま何も答えない。まるで、そういう問題じゃない、とでも思っているような顔だった。

「けど…付き合っていくために必要なことだと思うから、聞いてほしい」
「……。」
「俺はもっと花城のこと知りたいし、やっぱりそういうこともしたい。」
「……。」
「花城は違う?」

花城は俺を見なかったけど、うつむいたままでも意を決したように口を開いた。

「そういう…ことは、まだ…怖い」
「その…怖いっていうのはさ。経験ないから…ってのもあるだろ?それなら、少しずつでも慣れるしかないんじゃないか?」
「……。」

花城はまた泣きそうな顔で、ぐっと言葉を飲み込むように押し黙った。
どうして我慢するんだよ…。俺に言いたいことがあるなら、どんな残酷な言葉でも言ってほしい。隠されることは一番嫌だ。

「それか、やっぱり嫌ならそうと…」
「…だって…。」

花城はしばらく口ごもって、やがて、小さくかすれた声でつぶやいた。

「…しばらく…距離を置こう」

え…、と乾いた空気が俺の口からこぼれた。
距離を置くって……それって、もう、別れる前の段階だろ……

「いや…待てよ、それは…」
「テスト前だし…先輩は大会も近いでしょ。」

そんな正論を並べ立てる花城に、俺は堅い高い壁で遮られたような気分になった。

「ごめん…でも、もうちょっと落ち着いたら…話そう?」
「だから、嫌なら…」
「嫌とかじゃ…。今は…まだ考えられない。…ごめん。」

花城は立ち上がり、校舎に入って行ってしまった。
俺は絶望的な気分で、しばらく一人で座っていた。




***



花城と連絡も取らないまま、テスト期間に突入した。
メールも電話も何を言ったらいいかわからず送れていない。今はテスト期間だし、花城は優等生だしで、クラスまで押し掛けるのも家に行くのも迷惑だと思い、俺はただ悶々としたまま燻っていた。
だけど寮へ帰る途中で花城と周防が一緒に帰る姿を目撃したりして、だんだんと花城に腹が立ってきた。
勝手すぎる。俺の気持ちはどうなるんだよ。俺のことが好きで、付き合ってくれたんじゃなかったのかよ。俺はこんなに花城のことで頭がいっぱいなのに、周防と一緒に帰ったりして…。
だけど一瞬でも冷静になると、花城一人の帰り道は危ないし、周防に送ってもらったほうが俺自身安心だしで、何とも言えない気持ちになる。

あーくそ、むしゃくしゃする。今は他のことに気を取られてる余裕はないのに…
他に彼女いる奴はどうやってうまく付き合ってるんだろう。いつもからかうだけじゃなくて、どんな感じなのかちゃんと聞いておけばよかった…
つーか、他に彼女いる奴って誰がいたっけ?去年、門田先輩は修学旅行行けなくて同級生の彼女と別れたって聞いたな…。俺なんて学年違うからすれ違いっぱなしだし、門田先輩より危機的状況じゃねぇか?そもそも付き合えたのだって、俺が相当付きまとったから…でも今はあまりぐいぐい行っても逃げられるだけだし。
どうすればいいのか全然わからねぇ…
こんな気持ちのまま夏合宿入りたくねーなぁ…いやでも、花城のことはいったん置いといて野球に集中するべきなんだよな。俺には彼女なんて早かったか…?
花城のことが気になって、夢中で追いかけて…自分がこんなに周りが見えなくなるなんて、予想外だったな…

やっぱり…合宿はいる前に整理するためにも、もう一度花城と話すべきだよな…。



***



翌日の昼休み、メールで呼び出すと花城は校舎裏まで来てくれた。

「…よ。」
「うん…」

この気まずい空気…辛い。

「あのさ…花城の言う通り、今は自分のことに集中する。」
「……。」
「けどひとつ、約束してほしい。」
「……?」

ちら、と青い瞳が俺を見上げた。

「夏大が終わるまでは、俺の彼女でいるって約束してほしい。」
「……。」

青い瞳が意外そうに瞬いた。

「…別れるなんて…言ってないよ」
「そうだけど。頼むよ、今は言葉が欲しい」
「……。」

花城はこくん、と頷いた。

「…わかった」
「それと」

俺は花城に近づき、じっとまっすぐに青い瞳を見つめた。この熱が伝わるように。

「好きだよ。」

じわり、と花城の頬が赤くなった。

「な、何…急に」
「しばらく会えないかもしれないし、後悔しないように言っとくんだよ。」

やっぱり花城は可愛い。俺は花城の為だったら…誇張なく花城の為だったらなんだってできる気がする。
花城はちょっと俯いて、まだ少し赤い顔で俺を見上げたり、また足元を見たりした。赤い唇は噤まれ、柔らかそうにぷっくりしている。
…キス、してもいいかな…。…ダメかな。

「……。」
「……。」

けど明日からほとんど会えないまま夏が終わる可能性もあるわけだし…キスはこれまでも何度かしてたし…花城に意識させるためにも、一回くらい…。
そうだ、やっとけ俺!次いつできるかわかんねーんだから…

花城にまた一歩近づき、花城が気付いたように俺を見上げる。…顔を背けない。いいってことか…?だよな?
顔を寄せて、反応を窺いながら、花城の瞳と唇を見つめて、花城の頬に手を伸ばした時――

「あっ御幸いた!!」
「おい放送聞こえんかったんか……」

駆けつけてきた倉持とゾノが俺に怒鳴りかけ、花城に気づいてぎくりと立ち止まった。
そしてこの状況を見て何かを察したように、二人は薄笑いを浮かべながら目配せをして焦りだした。

「あっ…わ、悪いな…」
「放送で俺ら呼ばれてんぞ…監督に」
「あ…、…お、おう」

監督か…。じゃあ行かないわけにいかないな…。
花城を見ると、顔を赤くして顔を背けてしまっていた。その頭にポンと手を載せて、じゃあまた、ごめんな、と短く言って、俺は踵を返した。
倉持とゾノと連れ立って校舎に入り、職員室に向かう途中で二人にどつかれる。

「…な〜〜〜に話してたんだよ!」
「イチャつくなや!」
「はっはっは」

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