060
ばったり、校舎の自販機の前で花城さんと出くわした。
どっきんと跳ねる自分の心臓に動揺し、射抜くような鮮やかな青い大きな瞳に目を奪われて、俺は一瞬固まった。
「…どうぞ、先に」
だけどなんとか我に返り、咄嗟に自販機を見て花城さんにそう勧めると、花城さんは小さくかぶりを振った。
「いえ、どうぞ…」
譲り返されてしまった。どうも…、とかすれた声で言って会釈しつつ、何を飲むか決まらないまま適当にスポーツドリンクを買ってしまった。まぁ別にいいや…。
それよりも…。…なんか、背中に視線を感じる…。
立ち上がって振り返ると、花城さんはなぜかじっと俺を見ていた。
…そういやこの前、沢村に俺のことを聞いたって…。それってどういう目的だったんだろ…。も、もしかして俺のことが気になって…!?
「あの…。」
「あっ、ハイ?」
いよいよ花城さんは意を決したように口を開いた。…俺の方が緊張する。
「御幸先輩の…お友達の…倉持先輩ですよね…。」
「と、友達っつーか…まあ、はい。」
俺のこと知ってるんだ…。
「あの、この間…写真のこと、ありがとうございました…。」
ぺこり、と礼儀正しく、花城さんは頭を下げた。
「え?あ、いや別に…あれくらい…。」
「……。」
ぎこちなく笑って照れくさく頭を掻くと、花城さんも少し顔を赤くして、頷くように俯いた。
「あ…、ど、どぞ。」
ぎこちなく自販機の前を譲ると、花城さんはちょっとはにかんで、アイスティーを買った。そしてまた俺を振り返り、微笑んでぺこりと会釈をして、2年の教室の方に戻っていった。
……なんか、胸の奥がふわふわする。
***
夕食後、御幸がウエイト室から寮に戻ってくるのを見つけた。
「よお、勉強してるかぁ?」
「暗記は終わった。」
マジかよ。ほんとちゃっかりしてるぜコイツ…。
「お前こそ大丈夫か〜?赤点とるなよ?」
「るせぇ!これ飲んだらやるよ!」
俺はさっき買ってきたファンタを開けて少し飲んだ。
ふと会話が途切れて、特に話すことも思い当たらず、不意に花城さんの顔が浮かんだ。けど、「今日お前の彼女と話したぜ」なんて言ってもしょうがねぇなと思い直し、口寂しくまたファンタを飲んだ。
「じゃ。」
「あ?おう…」
御幸も話を切り上げて、風呂にでも行くのかタオルで汗を拭いながら去っていった。
***
いよいよテスト期間に入る前日の昼休み。
職員室から教室に戻る途中で、また花城さんを見かけた。
最近よく見るな…。…なんでドキドキしてんだ俺。
だけど歩いていく後ろ姿の花城さんはとてもきれいで、ついつい目で追ってしまう。
あ〜〜…。…御幸ムカつく。
イライラしてきたから花城さんから目を逸らそうとしたとき、ふと、廊下の向こう側からキャアキャア賑やかに騒ぐ3年の女子たちがやって来た。E組の伊藤たちだ。
伊藤と言えば…去年御幸に告った女子だ。花城さんと御幸が付き合ってること、当然知ってるよな…。
なんとなく緊張しながら目で成り行きを追っていると、伊藤は花城さんに気づいた様子でちらりと目を動かした。そして――
――ドン、とすれ違いざまに、花城さんにぶつかった。
きゃはは、と笑い合う3年女子たち。花城さんの諦めたような顔。あからさますぎて一瞬思考が停止してしまう俺。
なんだこれ?え?花城さんって伊藤達にいじめられてんの?なんで?…御幸のことで僻んで?
「おい…何してんの?伊藤」
さすがに黙っていられずに口を出すと、伊藤達も花城さんも驚いた顔で俺を振り返った。俺がいることには気づいていなかったらしい。
「え?何もしてないけど?」
何の話?と鼻で笑う伊藤とごまかすようにへらへらしている取り巻きの女子たち。
「いやさすがに引くわ。後輩イジメなんていい性格してんな」
「はあ?意味わかんないんだけど…」
「しらばっくれてもバレバレだっつーの。」
「……。」
「つかどっちにしろぶつかったんだから謝れや。」
花城さんの方を指して言うと、伊藤は渋々、ごめんね、と威圧的な声で言った。花城さんは委縮した様子で、小さくはいと頷いた。そして伊藤は気に食わない顔で俺を睨みつつ去っていった。コエー女…あんな奴だったのか。
「いつもやられてんの?」
まだ委縮した様子で立っていた花城さんに声をかけると、苦々しい顔で曖昧に俯いた。
「御幸にちゃんと言ってるのか?」
「い、言えませんよ…」
「…なんで?」
「だって…。……。」
「……?」
何か知らない事情があるのか?あまり踏み込んだとこまで聞くのもな…。俺は無関係だし、花城さんにとっちゃよく知らない先輩だし。けど、御幸の野郎がこのことを知らないと思うと、なんだか腹が立つ。御幸に。
だけど同時に、なんか安心してる俺がいる…。御幸が知らないことを、俺が知ってるという、優越感みたいな、なんか…。やめよ、気分悪い。
「けど…言ったほうがいいぜ。」
伊藤があんなことをするのは花城さんへの僻み以外に考えられない。だから御幸が知りさえすれば大人しくなるはずだ。伊藤は御幸に気があるんだから。
だけど花城さんは悲しげに目を伏せたまま黙り込んでしまった。なんで御幸に言えないんだ?もう言ったけど御幸が取り合ってくれなかったとか?いや…あの腹黒野郎でもさすがにそれはあり得ねえよな。
「…御幸に言いにくければ、俺でもいいし」
「……。」
花城さんが不思議そうに俺を見上げた。…やばい。何言ってんだ俺。なんで俺に言うんだよ。無関係の知らない先輩なのに。馴れ馴れしすぎた…
「だ、誰でもいいけど。ほら、先生とか…と、とにかく誰かにちゃんと相談しろよ!」
「は…はい…」
花城さんは頷いたけど、これは絶対誰にも言わねぇな…と確信した。なんで一人で抱えるんだか…。花城さんって意外と頑固?
「俺が御幸に言おうか?」
「え…!?だ、だめ…やめてください!」
言いづらいのならばと提案したのだが、花城さんは必死の形相で首を横に振って、俺はしどろもどろに分かったと頷いた。なんでそんなに言いたくねぇんだ…!?
「じゃあ…」
ドキドキ、悪いことをするときみたいに心臓がうるさくなった。
「俺に言えよ。御幸には言わねぇから」
何言ってんだ俺、と思う自分と、別に他意はないし、と言い訳をする自分が頭の中で入り混じる。花城さんは感情の読めない目を俺に向ける。
「一人で抱えんのだけはダメだぞ。」
「……。」
ほんの少し、花城さんの顔が赤くなった。…あれ…なんか変な雰囲気に…!?
「じゃ、じゃあ…そういうことで」
急に恥ずかしくなって、熱くなる顔を花城さんから背けて、俺は花城さんの顔も見ずに立ち去った。
あの子は御幸の彼女だぞ…。…何やってんだ俺…!
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