061
「御幸先輩。」
花城が近づいてきて俺の顔を覗き込み、微笑みながら触れてくる。
ボタンが二つ開いたブラウスの襟元から、輝くような真っ白な胸元が覗いていて、俺はごくりと生唾を飲んだ。
「何、どしたの?」
「…したい。」
「へ?」
花城は頬を染めて俺を見上げ、じっとねだるように見つめてきた。
「えっちなこと…しよう?」
「……。」
な…何が起こってるんだ…!?
動揺する俺の前で、花城はブラウスのボタンを外していく。そして――
「……!!」
ぐわっ、と浮上感の後、暗い部屋の中で目が覚めた。今のが夢だったと自覚するのに数秒間かかって、理解した後にはものすごい脱力感に襲われた。
…なんつー夢見てんだ、俺…。欲求不満か…。
……。は〜…。最近花城に触れるどころか…笑顔も見てないな…。
ごろんと寝返りを打つも寝付くことができず、俺は起き上がって英単語帳を手に取った。今日から期末試験だ。
***
「ッッッ……ダアァ〜〜〜!!」
「まだ1日目だぞ。」
3教科目の試験が終了し、溜めに溜めた感情を吐き出す倉持に突っ込むと、うるせえ、と弱弱しい声が返ってきた。
「早く野球してえな〜…」
「それは同感。」
だけど試験が終われば、嫌でも野球漬けの日々に戻ることになる。早速夏合宿もあるし…
「…そういや御幸、伊藤とはどうなったんだよ。」
「伊藤さん?」
突拍子もない倉持の質問。なぜ今更伊藤さんのことを訊くのか?あまりいい思い出はないから正直考えたくない。
「なんで?別になんもないけど」
「最近話したりしたか?」
「だから何だよ。顔も見てねーよ。クラスも違うし」
そもそも何組なのかすら知らない。用もないし、去年告られた上に花城ともめてたから気まずくて関わりたくない。
「ふうん…」
「何、なんで?」
「別に。」
なんだよそれ、と首をかしげるも、倉持は何か考えるような顔で沈黙してしまった。
***
倉持と連れ立って寮に帰る途中、昇降口で花城に会った。
「よ。」
気まずさを出したくないと思い、つとめて軽くそう声をかけると、花城も少し安堵したように微笑んで頷いた。
「テスト初日どーだった?」
「うん…なんとか。」
「とか言って余裕だろうな〜花城は」
「ふふふ、そんなことない。先輩は?」
「今日は暗記科目だったから楽だったかな。」
「そうなんだ。」
普通に話せてるな…よかった。花城も普通だし。
…と、思ったとき、不意に花城の視線が俺の後ろを見た。そしてぺこりと小さく会釈をした。振り向くと、後ろにいた倉持が、頷くように会釈を返していた。…え?挨拶なんてする仲だったっけ。
「あー!御幸君が彼女とイチャついてる〜。」
ギクッ、と肩を竦めて振り向くと、マネージャーの梅本と夏川がいた。部活が休みだからもう帰るのだろう。声を上げたのは夏川の方らしい。
「倉持君邪魔しちゃだめだよ〜。」
「してねーよ!」
「やばっ!やっぱ美男美女だな!」
美男美女…。花城との恋人としての姿をそんな風に他人から評されたのは初めてで、急に気恥ずかしくなってきた。花城も急に先輩たちに囲まれて少し居心地が悪そうだし、恥ずかしそうに頬を染めている。
「あんまデカい声でそういうこと言わないでくれる?」
「えーだって御幸君が彼女と一緒にいるとこ初めて見たからさー」
「こいつほぼ毎日彼女に会いに行ってるぜ」
「えっマジ!?御幸君ってそういうことするんだ意外〜!」
「…早く帰ってくださーい」
梅本と夏川は面白そうに笑いながら、じゃーねー!と手を振って帰っていった。
花城はその二人を見送り、不思議そうな顔で俺を見上げた。
「マネージャーだよ、野球部の」
「あ…。」
そっか、と腑に落ちたように微笑む花城。
「花城さん!ごめんお待たせ!」
と、そこへ、前にも見かけたことのある2年の女子が走ってやって来た。確か、前に花城の生徒会の仕事を手伝ってくれていた子だ。仲良いんだろうか。そういえば花城の交友関係ってよく知らないな〜…。
「あ!ごめんなさいお邪魔して!」
女子生徒は俺に気が付くとはっと目を丸くして慌てて一歩下がった。
「そういうのいいから…。」
花城は恥ずかしそうに顔を赤くしてぽつりと反論すると、そのまま俺を見上げてちょっと素っ気なく「じゃあまたね」と踵を返した。…照れてる…。可愛い…。
帰っていく花城たちを見送りながら、俺は自然と頬が緩むのを感じた。
「ニヤけてんぞキメーな死ね」
「辛辣過ぎない?」
***
試験はあっという間に終わり、夏合宿に突入した。
寝ても覚めても頭の中は野球のことでいっぱい。だけど、ふとした時にやっぱり浮かぶ花城の顔。
元気かな…。ここ数日顔を見てないし。毎日同じ学校にいるというのにもどかしい。…って、俺は毎日彼女に会いたいなんて思う人間だったのか。鬱陶しいな。花城もそう思ってんじゃないのか?…この考えがすでに鬱陶しいな。
あー、俺、こんなめんどくせぇトコあったんだ…
「テストどーだった?」
隣を歩く倉持が不意に聞いてきた。
「まぁ、平均はクリアした。」
「チッ…」
「何で舌打ち?」
「御幸君!」
突然名前を呼ばれた。顔を上げると、向こう側から歩いてきた女子の軍団の先頭…伊藤さんが俺に笑顔を向けていた。ぎくりとしつつも、つい反射的に愛想笑いにもなっていない苦笑いを浮かべた。
「頑張ってね、選抜!」
「え…?あ、おう…」
「じゃあね!」
すれ違いざまにそれだけ言うと、伊藤さんは友達としゃべりながら廊下を歩いて行った。…去年から何となく気まずかったし、気を遣って明るく声をかけてくれたんだろうか。いや、考えすぎ?まあ、どうでもいいか。
「伊藤とは話してねーんじゃなかったのかよ」
と、急に倉持が不機嫌そうな声で言った。俺は不思議に思いながら首を傾げた。
「いや別に話してねーけど…今去年ぶりに声掛けられたし」
「……。」
「何だよ?」
「別に」
倉持はまだ不機嫌そうにそう言うと、俺を置いてさっさと教室に入っていった。…何なんだ?
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