064


「御幸先輩、お腹の調子は大丈夫なんですか?」

夜、自室で木村にそう尋ねられた時、しばらく何の事だろうと考えこんでしまった。

「…あぁ!平気だよ。」
「それはよかった、主将がいないと野球部がしまりませんからね!」
「はっはっは…いやいや優秀な副主将がいるだろ〜」

そうですね、と木村は調子よく笑って、風呂に入るため部屋を出て行った。代わりに、机に向かっていた奥村から、もの言いたげな視線を感じた。さっきの木村と俺の会話の意味を探っているのだろう。

「…体調でも悪かったんですか?」

と思ったら珍しく直接訊いてきた。こいつも最近ちょっとだけ素直になってきた気がするな。

「いや〜ちょっと腹が痛くてな…もう平気だけど」

つじつまを合わせるために教師と木村に吐いた嘘を告げると、そうですか、と興味のなさそうな返事が返ってきた。

「…夏だからって冷たいものばかり飲んでいると、腹を壊しますよ」
「え?」

ふ、と奥村の視線が動く。その先を辿ると、あとで捨てようと思っていた空っぽのペットボトルが2本あった。オレンジジュースとポカリ…オレンジは花城が飲んだものだけど。俺はちょっとぎくりとして、へらりと笑った。

「はっはっは!おかーさんかお前は」
「……。」

奥村は少しムッとして立ち上がった。何か言うのか?と思ったが、奥村はふと足を止めて、急にしゃがみ込んで何かを拾い上げた。

「……。」

奥村の手につままれているのは……金色のヘアピン。え…アレ…もしかして花城の!?この部屋に…つーかこの寮に、ヘアピンなんて使う奴はいない。ここで押し倒した時にでも落としたのかな…うわあやべぇ。奥村がもし気づいたら…
ヒヤヒヤと様子をうかがう俺を、奥村は静かに睨むように見て、無言のままヘアピンをポケットにしまい、部屋を出て行った。…気づいたのか?…アレ、どうするつもりだろう…。




***




「花城!」

今日は終業式。いよいよ明日から夏休み。
昇降口で花城の姿を見つけた俺は、すぐに駆け寄った。倉持もだるそうについてきた。

「先輩。」

ふわりと花開いたようにひろがる花城の可愛い可愛い微笑み。これだけでなんだか浄化された気分になる。

「こんにちは。」

だけど続けて俺の後ろの倉持にも花城が声をかけ、倉持も若干かっこつけて「ちわ」などと返した。

「お前らいつから挨拶なんてするようになったの?」
「…別に」

倉持はなぜか後ろめたそうに目を逸らしたけど、花城が苦笑しつつ言った。

「前に私、勝手に知らない先輩に写真を撮られて…倉持先輩が注意してくれたんだよ」
「え、そんなことあったの?」
「……。」

それは知らなかった。そりゃ、挨拶くらいする仲になるわな…。俺を通じて一応顔見知りではあるんだし。俺、焼きもちなんか焼いて…恥ずかしい。

「へぇ〜〜〜アリガト倉持クン♡」
「うるせぇよキメェな」
「何キレてんだよ(笑)」

だけどなんだかほっとした。俺の知らないところで仲良くなったような感じがして、柄にもなく嫉妬なんかしちまったしな…。

「でもそいつら許せねーな。誰?」
「知らねぇ奴だよ」
「え〜」

「光!」

ん?
突然花城の名前を呼ぶ男の声がして、俺も倉持もつられて振り向いた。花城に駆け寄ってきたのは、奥村…とその友達、瀬戸だった。瀬戸は礼儀正しく俺と倉持にも挨拶をした。

「あ…光舟。」

その親しげな様子に、そういや親戚だっけ?と倉持が呟き、俺はそうらしいよと頷く。でも二人がこうして話しているのを見るのは俺も初めてだった。

「光舟も頑張ってね、選抜…」
「それより」

それより?と、倉持が奥村を睨んだが、奥村は意に介さずポケットから何かを取り出した。…あ、アレは…!

「これ、光の?」
「え?……。」

花城は奥村の手にある金色のヘアピンを見て、呟いた。

「多分…。」

そう言いながら花城はポケットを探り、あ、とまた呟く。

「ポケットに入れといたのなくなってるから私のかも。よくわかったね光舟、ありがとう。」
「……。」
「でもどこにあったの?」

奥村からヘアピンを受け取り、ポケットにしまう花城。奥村は質問には答えずに、冷や汗をかく俺を振り返った。…人を殺しかねない目つきで。

「光舟?」
「……。」
「お前なんかしたの?」

隣の倉持が俺を小突いた時、ぱたぱたと誰かがまた駆け寄ってきた。

「花城さ〜ん!ごめんおまたせ!」

以前も見たことのあるショートカットの女子だ。多分、花城の友達。

「あ!ごめんお話し中?」
「大丈夫。」

お邪魔してすいませーん、と俺に断るなんだかお調子者の女子。それから奥村を見て、しばらく固まった。

「…えっ、もしかして花城さんの弟クン!?」
「いや…親戚」
「……。」

花城が訂正し、奥村が会釈をすると、え〜似てる!カワイ〜!と女子は一人で盛り上がり始めた。

「確かに奥村って花城とちょっと似てるよな〜」
「…気色悪いこと言わないでください」
「え?お前花城と似てるの嫌なの?贅沢者…」
「そういう意味じゃありません。」

俺を鋭く睨んでから顔を背ける奥村。俺の彼女…つーか、俺の好きなこと似てるってのが嫌なのかも。その気持ちはなんとなくわかるけど、面白い奴。

「はっはっは、シスコンだな〜お前!まーこんな可愛いお姉さんが親戚じゃあな〜」
「……。」
「はっはっはっは!」
「奥村、キレていいぜ」
「もうキレてない?(笑)」

俺がからかって奥村を笑うと、キッとさらに眼光を鋭くした奥村の隣で、花城がちょっと嗜めるように言った。

「先輩、後輩には優しくしてよね。」
「は〜い♡」
「倉持先輩を見習って。」
「え」

ねっ、と今度は花城が俺をからかうように微笑んだけど、突然そんな風に名指しされた倉持は顔を赤くしてまんざらでもなさそうで…

「じゃあ帰るから。」

またね、と俺に手を振り、倉持達にも挨拶をして友達と帰っていく花城。

「ヒャハハ。俺を見習えよ御幸」
「調子に乗らないでくれる?」

なんか面白いな、と瀬戸が奥村に言って、奥村はいつも通り鋭い目つきで俺と倉持を見ていた。

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