067


あっという間に甲子園が終わり、夏休みもあと数日。

「お前ら早く準備しろよー。」
「はい!!」

今日の練習は午前だけで、昼飯を掻きこむ瀬戸たちに御幸が一足早く空になった食器を下げながら声をかけた。今日は1年は瀬戸と奥村、3年は御幸と不思議なメンツでプールに行く日だ。なぜこのメンツかというと、御幸の彼女、花城さんも行くから…。花城さんの友達も来るらしいけど。
最初御幸は花城さんと二人きりで行こうとしてたらしいけど、もともと誘ってたのが瀬戸だったことと、その親友奥村が花城さんの親戚ってことで二人が追加されたようだ。
俺も声がかからなかったわけじゃない。…と言っても、昨日の夜、御幸にニヤニヤされながら「お前も来る?」と聞かれただけだけど。そんなの、行きたいなんて言えるわけない。クソ腹立つ。

どこか浮かれた足取りで部屋に向かう御幸を横目に、俺はバットを持って外に出た。ちょっと体を動かしたら部屋でゲームでもするか、沢村でも揶揄うか…

「あ。」

ばったり、寮の外で花城さんに出くわした。夏休みなのに制服姿だ。花城さんは俺に気が付くと、まぶしい微笑みを浮かべた。

「こんにちは。」
「おう…」
「お疲れ様です。」

お疲れ様です?と一瞬目を瞬いたが、俺がバットを持っているからだと気が付いた。

「あ…あぁ、おう…」
「……。」
「……。…なんで制服…なの?」
「あ、今日午前中生徒会だったんです。」
「あ…そうなんだ」

…なんか気まずい。だけど花城さんは、なんだかそわそわして俺を見ている。何か言いたいことでもあるみたいな…

「…倉持先輩は今日来ないんですか?」
「え?」
「プール…あれ?御幸先輩から聞いてませんか?」
「……。」

え…俺も行くことになってんの?

「いや…聞いたけど」
「あ…そうなんですね」

にっこり、花城さんは(気のせいかもしれないが)ちょっと残念そうに眉を下げた。

「忙しいですよね…すみません」
「え?いや…」

あ…そーか、聞いたのに行かないってことは、俺が断ったことになるのか…。花城さんの誘いを…。…ん?いや違うな…別に誘われたわけじゃないもんな…。でも御幸の彼女もくんのに俺も行くって、なんか変な感じだし…いや別に変ではないか?むしろ断る方が意識しすぎでキモい?

「倉持先輩も今日来ると思ってたから…」
「へ?」
「御幸先輩と仲良いから」
「……。」

いや別に仲良くは…。…まあいいや。
でも花城さんとプール…。…本当は行きたい。ものすごく。だって水着だぜ!?花城さんの水着!!今後一生見ることなんてできない水着姿!!

「……。」
「……。」

そんな俺の胸中を見透かしたかのように、花城さんの透き通った青い瞳が俺を見つめて、俺はぎくりとした。

「…行きませんか?」
「え?」
「プール…もし今日時間があるなら」

え…!?は、花城さんから誘ってもらえるなんて…!!お、俺のことどう思ってんのかな…。
で、でも一度断った手前、行き辛い…

「夏休み…今まで忙しかったんですから」
「……。」

今日くらいは、と、花城さんは慈愛に満ちた女神のような微笑みで、バットを持つ俺に微笑みかけた。天使が本当に要るなら、きっとこんな感じ…

「…そ…そーだな……」
「行きますか?」
「…でも準備してねーしな…」
「待ってますよ。」

にっこり、女神の花城さんが微笑んで、俺は胸がギュッと苦しくなった。可愛いだけじゃなく優しいなんて…本当御幸にはもったいない…

「じゃ…」
「おい〜何俺以外の男と話してんだよ〜」

突然横から御幸が割り込んできて面倒くさいことを言いながら花城さんに抱き着き、華奢な花城さんがよろめいた。

「暑いから離れてよ。」
「はっはっは、つめて〜」
「倉持先輩もプール来てくれるって。」
「え、お前も来るの?」
「……。」

わざとらしく目を丸めて俺を見る御幸。

「へぇ〜。ま、来たいなら別に来てもいいけど。」
「うるせぇ…」
「何その言い方。酷いよ。」

やっぱりわざと俺をおちょくる御幸に怒鳴り返しそうになった時、花城さんがぴしゃりと言った。

「御幸先輩も倉持先輩が来てくれた方がいいでしょ?」
「俺は別に。」
「ほらもうそういうこと言わない。仲いいくせに」
「……。」

御幸は無言で何かを見透かすような目で俺を見て、俺はちょっとぎくりとした。

「…早く準備して来いよ」
「え?」
「行くんだろ?プール」

かと思うと、あっさりそう言ってしっしと俺を手で払う仕草をした。

「…へいへい」

俺はバットを肩にかけ、寮に向かうため踵を返した。向こうから、準備を整えた瀬戸と奥村がやってくるのが見えた。




***




午前中は部活だったという花城さんの友達の鷹野という快活なショートカットの女子も合流し、俺たちは市民プールに向かった。入場料を払い、男女別れて更衣室に入る。もう夏休みも終わるというのに、今日もなかなかたくさんの人でにぎわっている。

「お前ら花城のこといやらしい目で見んなよ」
「……。」

え〜、あはは、と悪びれず笑う瀬戸の隣で、奥村が鋭い目を御幸に向けた。

「それはあなたの方では?」
「なんで?俺は彼氏なんだから問題ないだろ」
「……。」
「その目コエーって(笑)」

御幸の奴、調子に乗りやがってクソ腹立つ…。…けど花城さん、どんな水着なんだろう…。
悶々としながら更衣室を出てプールサイドで女子を待っていると、数分して、女子更衣室の出口から二人が出て来た。
……!花城さん…めちゃくちゃカワイイ…。
水着はミニスカワンピみたいな白い水着。さすがにビキニは着ねーか…でもすごく可愛い。露出は、いつもより多いし…真っ白な胸元にはささやかな谷間が…。思ってたより胸あるんだ…。それに腰のくびれ、そしてすらりと長く細い美脚。…今まで見てきたグラビアモデルがかすんで見える。それは花城さん自身が綺麗だってこともあるけど、でもこんなに心臓がバクバクうるさいのは、多分…。

「お前ら見すぎ!特に倉持!」
「は!?俺は別に…!」
「花城先輩も鷹野先輩もキレーですね!」
「え?あはは、ありがとう瀬戸君!」

赤い顔であわてる俺を差し置き、瀬戸がさっぱりとした笑顔で言うと、鷹野がケラケラ笑った。
確かに鷹野も結構可愛い。さっぱりした中性的な顔立ちで、男女ともに人気がありそうなタイプだ。だけど俺は、花城さんから目が離せない…。

「どこ行きます?」
「スライダー行きましょスライダー!!」
「あはは瀬戸君そういうの好きそう」

皆で歩き出し、自然と並んで歩く御幸と花城さんの背中を見て、なぜか胸にもやがかかった。…何やきもちみたいなこの気持ち…クソッイライラする!そもそも花城さんのことそこまでよく知らねーし、御幸の彼女ってだけで色々ありえねーだろ!

「…何?先輩そんな見て…」
「いや可愛いなーって(笑)」
「え?…もう何言って…。」

……。…スゲェ腹立つんだけど…。
でも…花城さん、マジスタイル良い。すらっとしてて、意外と出るとこ出てて、…柔らかそうで…。…御幸と…もうそういうこと、してんのかな…。
そんなふうに悶々としながら二人の後ろを歩いていると、不意にすれ違った男が花城さんを見るなり目を丸くして口を開いた。

「うおっ!ねぇ君今ひとり…」
「何すか?」

すかさず御幸が花城さんの肩を抱き、低い声でけん制すると、男はヤベッと青ざめてスイマセンと去っていった。本当に花城さんしか目に入っていなかったらしい。

「御幸先輩カッコイー!」
「……。」

瀬戸が囃すと奥村は無言で御幸を睨み、御幸はヘラヘラ苦笑した。俺は御幸の武骨な手が花城さんの細い肩に無遠慮に触れているのを見てモヤモヤし、堪らず目を逸らした。

「………だよな、倉持」
「……。」
「おい?倉持?」
「……。」
「倉持!」
「…あ?」

大丈夫かよ、と御幸があきれたように俺を見ていた。いつの間にか俺たちはウォータースライダーの列に並んでいて、俺の隣には御幸がいた。

「だからー、お前が前でいいよなって」
「は?」
「スライディングボード!大丈夫かよお前」
「…あぁ」

ようやく御幸の話を理解した。このスライダーは二人乗りのボードに乗るタイプらしく、奥村と瀬戸、花城さんと鷹野、そして俺と御幸の二人組に別れたらしい。…まぁ、当然か。

「普通に考えて背が低いほうが前だよな〜」
「あぁ?普通に考えてデブが後ろなんだろーが」
「仲良いなぁほんと…」

鷹野があきれた笑いをこぼすと、花城さんも小さく笑った。

「光ちゃん前乗るー?あたしデカいから視界遮っちゃうでしょ」

光ちゃん?…前は花城さん、って言ってたような…。女子は仲良くなるのはええな。
でも確かに、鷹野は背が高い。多分俺よりちょっと高いんじゃないか。くそ。バレーボール部って言ってたっけ…納得。

「じゃあ俺たちは俺が前だな!」
「…いいけど」

瀬戸と奥村も順番が決まったようだ。…結局身長で決めてねぇか?これ…

「いくぞー!ヒャッホー!!」

順番が回ってきて、瀬戸と奥村が出発し、続いて花城さんたちも滑り降りて行った。楽しげな悲鳴が聞こえてくる。しばらく待って、どうぞ、と案内員が合図をくれて、俺たちも滑り出した。
曲がりくねった通路を勢いよく滑り落ち、あっという間に着水。水面に上がると、花城さんたちが笑っていた。

「楽しかったー!もう一回行きたーい!」
「次あっち乗りません!?」
「行こう行こう!」

鷹野と瀬戸は馬が合うのか、もう一つのウォータースライダーを指して盛り上がっている。

「俺ちょっとトイレ―」

と、飄々とプールを上がっていく御幸。

「光ちゃんも行こうよー」
「私はいいや…下のプールで待ってるよ」
「そう?」

花城さん…絶叫系とか苦手なタイプなのか?まあ、おしとやかなイメージあるもんな…。
そう考えて、いつか学校で、おしとやかなんかじゃないですよ、といたずらっぽく微笑んだ彼女の顔を思い出して、胸の奥がふわっとした。

「光舟も行ってきなよ。」
「……。」
「行こうぜ光舟ー!」

奥村は迷っているらしい。花城さんを一人にするのが心配なのかもしれない。…それは俺もそうだ。二人っきりになれるとかそんな下心はまったくない。断じてない。

「俺も行かねーからお前ら3人で行って来いよ」
「え!?倉持先輩行かないんですか?」

本当はああいうの大好きだけど…。花城さんのことがなかったら絶対行ってるけど…。でも、今の俺は驚くほどスライダーへの興味がなかった。

「え…いいですよ、行ってきてください」

自分を気遣ったと思われたのか、花城さんもそう遠慮した。

「いや、別にああいうの好きじゃねーし…」
「……。」
「……。」
「……。」

嘘だぁ〜…と、瀬戸、奥村、鷹野の目が訴えている…。

「…いーから行ってこいって!ゆっくり泳ぎたい気分なんだよ!」
「い、行ってきまーす!」

結局、行こうぜ、という瀬戸の声で、3人はスライダーへ向かっていった。

「すみません…」
「いや…本当のことだし」

…ちょっと気まずいけど、でも、二人っきりになれた…。嘘みたいだ。御幸や瀬戸たちが戻ってくるまでのほんのわずかな間だけど…。

「ああいうの苦手なのか?」
「い、いえ、そうじゃないんですけど…。」
「……?」
「……。」

えへへ、とごまかすように笑って、プールサイドに座って足をつける花城さん。…はぐらかされたけど…可愛い…。
俺はプールに入り、適当に水を弄んだ。

「…入れば?」
「……。」

花城さんはなぜか緊張した面持ちで、じっと水面を見ている。

「いや…大丈夫です」
「でも鷹野たち、あそこから出てくるし。あっちの方行かねーと」
「で、でも…ここ足つかないから…」
「……。」

……もしかして…。

「花城さん泳げないの?」
「……。」

…顔が赤くなった…。

「……。」
「…ちょっと!何笑ってるんですか!」
「いやいや…予想外すぎて…ヒャハハ」
「笑い事じゃないです!」

花城さん、そーだったんだ…。確かにさっきのプールは胸くらいの深さだけど、こっちのプールは俺でもぎりぎり足がつくくらいで、中央に向かえば向かうほど深くなる。泳げなければ入るのは怖いだろう。

「どんくらい泳げないの?顔着けんのも無理?」
「そのくらいならできますから!」
「ヒャハハ、怒んなって。じゃ水に浮かぶのは?」
「……。」
「練習してみるか?」
「えっ?」

意外な申し出だったのか、花城さんは予想外にも嬉しそうな声で目を丸くした。…言ってから俺も驚いた。花城さんに泳ぎを教える…!?俺が!?何言いだしてんだ俺…!

「確かに倉持先輩、泳ぐの得意そうですよね…」
「そーか?まぁ、スポーツは大抵好きだな」
「いいなぁ…」

花城さんが本当に羨ましそうに口をとがらせて呟くものだから、心臓がドキドキ言いだした。花城さんに羨まれるようなことが俺にもあったとは…。

「じゃあまず入ってみろよ。」
「……。」
「大丈夫だって、ここなら縁に掴まれるし」

花城さんが座っているプールのふちを叩いて言うと、その通りだと思ったらしく、花城さんはゆっくりとプールに入った。そして顎すれすれまで水につかると、縁につかまったまま助けを求めるような目で俺を見た。
…待て。赤くなるな顔…!

「…今足ついてる?」
「ギリギリです…」
「じゃ掴まったままでいいから力抜いて浮いてみ。」
「無理です…」
「いややってみろって。」
「怖い…」
「…溺れそうになったら、俺が支えるからよ」
「……。」

……ドキドキする。水の中の花城さんは、心細そうで、俺を頼りにしていて…。
…ああ…なんで御幸と付き合ってんだ…。なんで俺は……もっと早く、この子にアプローチしなかったんだ…。
…って、何考えてんだ俺!これじゃもう…花城さんのことを好きだって、認めたようなもん…

「…きゃっ!?」
「!?」

目の前で花城さんが手を滑らせて、水しぶきが上がった。俺は咄嗟に水に潜り、すぐに花城さんを引き上げた。細い体…柔らかな肌の感触にぐるぐるしながら、必死で考えないようにして、花城さんをプールの縁に掴まらせた。

「大丈夫か?」
「は、はい…」

ありがとうございます…、とつっかえながら言って、花城さんはちょっとせき込んだ。…体ほそっ!しかもなんか、柔らかい…。男とは全然違う。…って、そうじゃなくて!花城さん、本当に泳げねーんだ…。完全無欠の完璧超人だと思っていた。いつもテストはトップで、生徒会役員に推薦されるほど優等生で、品行方正で、容姿も端麗で…。だけどうっかりポスターの上下を間違えて貼ったりして、ドジな一面もあって…。それに、結構ムキになりやすいところとか…すげぇ可愛くて…。
…あー、なんかもう、すっきりしねぇ。

「や、やっぱりもう上がります」

怖かったのか、花城さんはそう言ってプールの縁に着いた手に力を込めた。無理もない。わかった、と言って、ちょっと迷ったけど、彼女が水から上がるのを手伝おうとして、細い腰にドキドキしながら触れて――

「――!!」

支えようとした手が水の中で滑って、丸い膨らみが手の中におさまった。何とも言えない柔らかさで、野球ボールよりちょっと小ぶりなくらいの――

「きゃ…っ!」

――だけどそれを理解する前に、俺の頬に衝撃が走った。

「…あっ!!ご、ごめんなさい!!」
「い、いや!俺こそゴメン…!」

お互い真っ赤な顔で、ろくに目も合わないまま謝り合った。…花城さんの胸…触っちまった…!結構がっつりと、揉んでしまったし…手の中にまだ感触が残ってる…。
花城さんは反射的に俺を殴り、それを平謝りしてきた。

「ごめんなさい、あの、つい…」
「いや…、俺こそ…」
「……。」
「…む、むしろもう一回殴れよ!」
「…え!?いや、そんな…。」
「本当ごめん、わざとじゃねーから…!」
「わ、わかってます…」

花城さんははしごまで行ってプールから上がると、またプールサイドに腰掛けて足だけを水につけた。
…花城さんに殴られた横っ面が地味に痛い。自業自得だけど。

「……。」
「……。」
「……本当ゴメン」
「いや、だ、大丈夫ですから、本当に…」

気まずい…!!奥村たちはまだ来ねぇのか!?それに御幸も…!いやでも今御幸が来たらそれはそれで気まずい…。
けど…なんか、花城さん、顔真っ赤だし…そんな反応されると、もしかして、御幸とはまだ…とか、期待しちまう自分も嫌だ…!もう付き合って一年近いんだぞ…いろんな事やってるだろ…。期待するだけあとで凹むことになるに決まってる。
…あークソ、御幸はどうやってこの子と付き合うまでこぎつけたんだ…?いつの間に、ちゃっかり…。俺だってもっと早く、花城さんと知り合ってたら…。…なんて、言い訳だよな…。
…つーかそれよりも今は、この気まずさを何とかしたい…。

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