068


トイレから戻ると、プールの縁に花城を見つけた。一瞬、一人なんて危ない…と思ったけど、プールに入っている倉持も傍にいた。他の3人の姿はなく、多分スライダーに行ってるんだろう。
倉持と花城がふたりでいるところを見て、無意識にムッとした自分に気づいて、少し深呼吸した。

「ただいま〜」

おちゃらけた態度で二人の間に割り込み、花城の隣に座ると、二人とも少し驚いたように目を丸くした。

「あ、先輩…」
「他の奴らは?」
「スライダーに行ってるよ。」

倉持がぶっきらぼうに答え、急に泳ぎだしてスライダーの出口の方に行ってしまった。まぁいいや、花城と二人になれたし。
だけど花城を見ると、なぜか思いふけるような顔をしていて、おや、と思った。

「どした?」
「え?ううん」

しかし尋ねても、花城は微笑んで首を横に振った。
俺はプールに入り、一度ざぶんと潜って、花城を見た。

「入らねぇの?」
「……。」

すると花城は恥ずかしそうに少し顔を赤らめて、ぽそりと言った。

「ここ深いから…」
「え?泳げないの?」
「……。」
「はっはっは!可愛い〜」
「うるさい…」

恥ずかしそうに、だけど打ち明けてくれる花城が可愛い。こっそり料理の練習したり…人に弱みを見せないタイプなんだな、と最近分かってきた。だけど俺には少しずつ、心を開いてくれている気がして…嬉しくなる。

「大丈夫だよ、俺がいるから。」
「……。」
「おいで」

花城はおそるおそる、プールに入って俺に掴まった。

「あっちの端まで行けば浅いから。そこまで行こう」

そしてスライダーの出口に近いほうを指すと、うん、と花城が頷いた。
花城が密着してきて…なんか、イケナイ気分になってしまう。でも紳士を装って、花城を連れて浅い場所まで来ると、一足先に来ていた倉持がいて、ちょうど滑り降りて来たらしい奥村たちも泳いできた。

「あー!御幸先輩たち何イチャついてるんですか〜!」

ケラケラ笑う瀬戸に揶揄われ、奥村には睨まれながら、はっはっはと笑い飛ばした。

「先輩たちもアレ乗りましょうよ!めちゃめちゃ楽しいですよ!」

そう瀬戸が勧めて来たけど、あの辺は深いし、花城は不安だろうな…。

「…それより何か食わねぇ?」

すると意外にも倉持がそう提案した。真っ先に乗りに行きそうなもんなのに…

「あ〜いいですね!腹減ったし!」
「じゃお前ら何食う?」
「へ?」
「俺がまとめて買ってくるよ」

瀬戸と奥村は豆を食らったように目を点にして倉持を見た。

「え…!?倉持先輩自ら!?」
「どういう意味だコラ」
「あ…!!い、いや…!」

普段後輩をパシリまくっているからだろう。奥村も瀬戸も倉持をいぶかしんでいて、可笑しくて笑いをこらえると、倉持に睨まれた。

「いーからテメーらは席取りしとけ!」
「あっ!はい!」
「御幸行くぞ!」
「あ、オレも買い出し係なのね」
「あ、じゃあ私も…」

すると花城が俺の傍にやって来た。確かに全員分の食べ物を倉持と俺の二人だけで持ち切れるかわからないし、3人は欲しい。だけど一瞬倉持が気まずそうに顔を赤くしたのを、俺は見逃さなかった。

「司ちゃんは光舟たちと座ってて。」
「え〜なんかごめんなさーい」
「いいのいいの」

希望を聞き、3人ずつに別れ、俺たちは売店の方へと向かった。昼も過ぎ、食事から戻って来た客で再びにぎわい始めたのか、プールサイドは人とすれ違うのも大変なほど混み始めていた。

「俺飲み物買ってくるから、御幸達で売店行ってくれ」
「はーい」

花城と二人にしてくれるなんて、気が利くじゃねーか…なんて内心ニヤけそうになりながら、いたって自然に了承した。もともと花城と二人で来るつもりだったのになー。夏休みもあと数日…でも部活もあるし、あとどれだけ花城と過ごせることやら…
なにより最近はちょっといい雰囲気なのに、まだ胸を触るところまでしかいけてないのがもどかしい…。

…と、モヤモヤしているとき、すれ違った賑やかな団体の一人が花城にぶつかった。

「きゃ…」

花城の悲鳴を聞いて、あっ、と思う間もなく、花城はバランスを崩して水の中に吸い込まれ、水しぶきが上がり――
――次の瞬間には、倉持が水の中に飛び込んでいた。
倉持は花城を抱え、すぐに上がってきた。花城はせき込み、倉持にしがみついている。

「大丈夫か!?」

倉持の呼びかけにこくこくと頷き、プールから上がる花城。俺も駆け寄って、今起きたことを思い返してぞっとしながら、無事だったことに胸をなでおろしつつ、だけど何もできなかった自分に腹も立った。同時に、花城を助けたのが倉持であることに、どうしようもない煮えきらなさを抱いた。それに、倉持の反応の速さ…まるで花城が泳げないことを知っていたみたいな…。

花城にぶつかった人やその連れも何度も謝り、係員も駆けつけて少しの間騒ぎになったけど、花城に怪我一つないことと本人が大丈夫だというので、あたりはすぐに落ち着いた。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。私もぼーっとしてて…恥ずかしい」

花城は苦笑を浮かべる。ごめん、俺、何もできなくて…、と、俺は心の中でつぶやいた。

「倉持先輩、本当にありがとうございました」
「いやいや…別に…」

花城は何度目かわからないお礼を倉持に言った。倉持は少し笑って、だけどぎこちなく照れくさそうに前を向いた。少しもやもやして、俺はため息をつきそうになった口を堪えた。

「本当にありがとな倉持〜」
「なんだよ気持ち悪ィ奴だな…」
「お礼言っただけじゃん!」




***




夕方、駅前で鷹野さんと別れ、俺たちは学校の方へ歩いていき、寮の前で立ち止まった。花城は俺たちを見て踵を返す。

「じゃあ…」
「俺も途中まで行く」

とか言って、家の前まで行くつもりだけど。おぉ〜、と瀬戸がニヤニヤからかってきて、奥村がジトリと睨んできたけど、無視。倉持は特に何も言わず、寮へと踵を返した。
…なんだかんだ、今日は楽しかった。久々に息抜きできたし。花城がプールに落ちたときは、ヒヤッとしたけど…
……倉持……

「…先輩、明日は部活?」

隣を歩く花城が、頬を夕焼けの色に染めて俺を見あげた。

「え?あー、うん。2年の練習見てやらねーと…あと取材が何件か…」
「そっか…。」
「……。」
「…何ニヤニヤしてるの?」
「えー、だって、残念そうでカワイイな〜と思って」
「……はぁ?」
「俺に会いたいよな〜、ごめんな〜」
「もー…なんでそうやってからかうの?」
「はっはっは!だって嬉しいからさ。」
「……。」

花城は剥れて赤い顔を隠すように俯いた。

「明後日の午後は?俺午前までなんだけど…」
「…その日は…ごめん」
「予定あるかー」
「…お母さんの命日なの」

静かに夏の終わりの風が吹き抜けていった。夕日に照らされている花城の愁いを帯びた横顔は、絵画みたいに神秘的だった。

「…そっか」
「うん…」

母親…。俺の母親も、俺が小さい頃に亡くなってるけど…
花城が母親を亡くしたのはまだたった数年前で、きっと心に残っていることがまだまだあるのだろう。

「じゃ…2学期に会おう」
「うん…」
「始業式の日教室行くよ。」
「えぇ…恥ずかしいからいいよ…」
「照れるな照れるな!」

花城をからかっているうちに、あっという間に花城の家の前に着いてしまった。

「…じゃあまた」
「花城」

微笑んで門に手をかける花城を引き留め、引き寄せてキスをした。…夏休み前の寮での続きがしたい…。その下心を抱いて、軽いキスで様子を見た後に少し深いキスをした。

「やっ…、先輩、ここ外…」

花城は顔を赤くして俺の胸を弱く押し返した。

「…寄っていい?」

勇気を振り絞って、訊いた。いいって言ったら、それはつまり、俺と…。

「……。」

花城もそれが分かっているようで、迷うように俯いて――それから眉を寄せ、俺を見上げた。

「……そういうことしか考えてないんだ」

……。

「……え?」
「帰る。」

くるりと踵を返し、門の横の扉を開けて中に入ってしまう花城。え…!?今のダメだった!?

「ちょ…花城!ごめん!」

ちらりと俺を振り返りつつも、花城は行ってしまう。結局俺はあきらめて帰途に就き、大きなため息を吐いた。
あそこまでしておいて…いつまで焦らす気だよ!いや、初めてだし女の子が慎重になるのはわかるけどさ…。軽い女なんて俺だっていやだし…。でももう付き合ってもうすぐ1年だぜ!?キスはすぐできたのに…っていうか俺がしちゃっただけだけど…。そんなに俺が信用ならねーの?俺はこんなに花城が好きなのに…。
こうまで拒否され続けると…さすがに凹むぜ…。

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