070


「そういや花城のクラスは文化祭何やんの?」
「…喫茶店」

手をつないで歩いている花城は、申し訳程度に微笑みながらもちょっとよそよそしい。
プールに行った日の帰りのことがあってから、また警戒されてる感じ…。
…でもなんでだよ!?俺彼氏だぞ!?もうすぐ付き合って1年だぞ!?
そんなにしたくねーのか…なんで?女の子ってみんなこうなの?

「へーそっか…」
「……。」

何となく気まずいままコンビニの前までやってくると、花城はするりと手を離した。

「私ここで待ってるね」

…なんか、手を放す口実に使われた気がしてならない…。

「…じゃー俺もいいや。行こうぜ」
「え?でも買うものがあったんじゃ…」

俺は無理やり花城の手をまたからめとった。

「そんなの、ちょっとでも花城と居たいからに決まってんじゃん」
「……。」

我ながら恥ずかしいセリフをぶつけると、花城はちょっと困ったように顔を赤くして黙り込む。…何で笑ってくれねーの?俺から好かれるの、そんなに嫌?付き合ってるのに?

「あ、でも…ジュースだけ買っていいか?」
「あ…うん」

自販機の前で立ち止まり、ポケットから財布を出した。小銭がなくて、千円札を出そうと財布を傾けて――
――パサッ、と音がして、俺は何が起きたかを一瞬で理解して、やばい、と思った。

「?何か落ちたよ…」

花城が拾ってくれようとして身をかがめ、その小さな袋を拾い上げた。

「……。」

…そして固まった。みるみるうちに顔が赤くなる花城。そして顔を背けて、反射的にそれを俺に投げつけた。

「やだ、なにこれ…!」

俺の胸にぶつかり、足元に落ちるコンドームの袋。俺はそれを拾い上げ、気まずさを押しのけて花城を見た。

「だって…必要だろ、いつかは」
「……。」

思いのほか真剣な声が出て、花城も驚いたように、そしてバツが悪そうに俺を見上げた。

「俺には花城の準備がいつできるかわからない。でもいつかは…って思ってるから、準備してた…。それってそんなにおかしいことかよ?」
「……。」

花城の目に涙が滲んできた。…いや、だめだめ、ここは心を鬼にしなければ。だって、訳も分からず拒否され続けんのはもう嫌だ。

「それとも…どうしても俺が嫌なら…そう言ってくれよ。」
「嫌なわけ…」
「…じゃあ、どうして拒否するんだよ。」
「……。」

ぽたり、と花城の目から涙が零れ落ちた。う……良心が痛む…。花城の泣き顔なんて見たくねーよ…可愛いけど…。
ちょっともう耐えかねて、つい手を伸ばして花城の涙を指先で拭った。頬を撫でられて、花城は少し落ち着いたように見えた。

「泣くなよ…怒ってるわけじゃないから」
「……。」
「ただ理由が知りたいだけ。俺は…花城に嫌われてんのかと思って、悲しかったんだよ」
「……。…好きだよ…」

――ドキン、と胸が熱くなった。好きだって…花城の声でそう言われるだけで、こんなに幸せな気持ちになるなんて。

「…俺も好きだよ。」
「……。」
「理由があるなら…言ってくれないか?」
「……。」

花城は目元を拭い、小さな唇を開いた。

「……私……。」

すると犬の散歩をしてるおじさんがそばを通りかかり、花城はうつ向いた。

「…どこか別の場所で話さねぇ?」
「……。」
「花城の家……とか…」
「……。」
「……何もしないから」

両手を挙げて言うと、花城は頷くように俯いた。



***



久しぶりの花城の家。…の、森の中の小屋。
いつも通り家の人たちから隠れて裏口から小屋に入った。静かで薄暗い部屋の中、二人で並んで座り、花城は鼻を啜った。

「それで…。」
「……。」
「何か理由があるの?」

花城はしばらく言葉に迷って黙っていたけど、俺は辛抱強く待った。

「……。」

花城の目にまた涙が滲んだ。そんなに言い辛い事なのか?やっぱり本当は…俺が嫌なんじゃないか?

「…私…、…綺麗じゃない…から…」

その言葉を言った時、花城の目からまた涙がぽろぽろこぼれだした。

「何言ってるんだよ…。綺麗だよ。俺の自慢の彼女だよ。」
「……違う」
「何が違うの?」
「…私……体に…」

声が震えて、言葉をつっかえながら話す花城。俺はただ言葉を待つことしかできなかった。

「…体に……き、傷がある」
「……。」

傷……?そんなに…泣くほどひどい傷?それを見られたくなくて、拒否してた?
胸を触った時も…見ないならいい、って花城は言った。それって…傷のことだったのか?

「…どんな傷?」
「……。」
「…見せて。」
「……。」

花城はうつ向いて、迷い、だけど決意したのか諦めたのか――涙を流しながら、胸元のリボンを外した。そして…一つ一つ、ブラウスのボタンを外して行った。
白い胸元の谷間、そしてピンク色のブラジャーがのぞき、俺は息を飲んで邪な思いをかき消した。花城は赤い顔で俯いたままブラウスを脱ぎ、背中に手を回して…ブラジャーを外した。そしてカップを少しだけずらし、左胸の下をのぞかせた。
そこには…胸の膨らみの下には、引きつれた赤い傷が4センチほど稲妻のように走っていた。確かに痛々しい傷だけど、でも、花城の身体が想像以上に綺麗で、俺はごくりと唾を飲みこんだ。

「…気持ち悪い…でしょ」

花城は呟いて、胸をブラジャーごと両手で覆い隠した。

「そんなわけないだろ」

俺はすぐにそう言って、花城の腕を掴んだ。

「綺麗だよ…もっと良く見せて」
「……。」

力を入れずとも、花城の腕は俺の手に従って緩んだ。腕をおろさせ、俺は華奢な肩からブラジャーの肩ひもをおろした。そして、ついに……花城の何も身に着けていない胸が、目の前に晒された。
……すごく綺麗だった。真っ白で、まあるく弧を描いた膨らみの上に、桜の蕾みたいな綺麗なピンク色の乳首。肌は滑らかで、見ているだけで吸い付きたくなるくらい、綺麗で…

「…はずかしい…」

花城は手で胸を隠してしまった。

「こんな綺麗なのに」
「……。」
「でも…何の傷?」
「……。…引かない…?」
「…傷の原因なんかで引くわけないだろ。」
「……。」

うつむいたまま、花城は小さな声を震わせた。

「…昔…、…ストーカー…に…」
「…え!?」

どういうことだよ、と花城の腕に触れると、花城は胸を隠したままさらに俯いて肩を震わせた。

「小学生のころ…付きまとわれてて……」
「……。」
「ある日待ち伏せされて……切りつけられたの…」
「……。」

俺は絶句して、触れていた花城の腕をなでおろした。この柔らかくてきれいな肌に傷を…こんなに純粋で優しい花城に傷をつけるなんて。

「…それで…今は?」
「…捕まって…刑務所にいるみたい」
「……。」

俺は花城を抱き寄せ――抱きしめた。裸の花城はいつもよりか細く、柔らかく感じて、消えてしまいそうだった。

「怖かったな…」
「……。」

花城の肩が震えて、俺は抱きしめる力を強めた。震える肌を温めるように。そしてしばらく抱きしめたまま柔らかな肌の感触を確かめていると、少し落ち着きを取り戻した花城が顔を上げて、俺も手を離した。

「……。」
「……。」

涙でぬれている花城の頬を指で拭って、花城が俺の目を見つめる。このままキスをして、そして――
――と思ったのに、花城はぽそりと言った。

「…服着るからあっち向いてて」
「……。はい?」

はやく、と俺の腕を押す花城。

「…え!?マジで言ってる?この状況で?」
「はぁ…?」
「またおあずけ!?」
「何、おあずけって…。」
「だってお前そんなカッコ見せといてそれは…残酷すぎる…」
「…何もしないって言った」
「い…言ったよ言ったけど!…あーもうわかりました我慢します!」

くっそー…と悔しさを隠しきれず呟いて、後ろを向いて座った。
ごそごそ音がして、俺は項垂れる。はぁー、今度こそと思ったのに…

「…もういいよ」

花城の声がして振り向くと、落胆が顔に現れていたのか、花城は不貞腐れたように目を逸らした。

「…だって、怖いんだもん…」

…またそれかー。怖いって具体的に何が怖いのか…

「…その怖いってのはさ、何が怖いの?」
「……。…痛い…って聞くし…」

…ってことは…。…今、花城が処女であることが確定した…。やっぱ、そうだよな…花城初心だもんな…。…やっぱりそれは嬉しい。俺が初めての相手ってことが…。…初めての相手…なれるよな?

「それは…わかるけど…。俺も経験ねーから、うまくできないかもしれないし」
「……。」
「でも俺は…花城が嫌がることはしない。それは自信持って言える」
「……。」
「それに、初めては大変だろうけどさ、俺は花城と乗り越えたい。花城じゃなきゃ嫌だ」
「……。」

花城は口を噤んで顔を赤くした。…ちょっと嬉しそう?可愛い…
やっぱり、ストレートに気持ちを伝えていく方が花城には効くみたいだ。

「でも…。」
「何?」
「……。」

まだなにかあるのか。花城が悲しそうな顔になって、俺はそれを覗き込んで言葉を待った。

「…いつか…別れなきゃならないんだよ」

…一番の理由はこれなのかもしれない。けど、花城…本当にそのつもりだったのか。いつか…多分、来年花城が高校を卒業するとき、俺と別れるって…ずっとそのつもりで…

「…何だよそれ。」

俺の声は震えていて、花城は青ざめたように見えた。

「だったら…なんで俺と付き合ったんだよ」
「……。」
「どうせ後で別れるって…そう思いながら俺と付き合ってたのかよ」
「……それは…」

わかってる…今の俺にはどうしようもできなこと。花城の婚約を取り消させる権利も、力もないこと…。それでも無理言って、やっと付き合ってもらえて…だけど…

「真剣に二人のことを…どうにかしようと考えてるのは俺だけなんだな…」

花城は息をのんで、潤んだ赤い目で俺を見た。

「…待って、違うよ、私…」
「……。」

違う…花城を責めたいんじゃない。俺だって理解してる。どうしようもないことだって…。花城が自分を大切にして、今後別れなきゃならない男に体を許さないことだって、俺がとやかく言う事じゃない。でも今はただただ悲しくて…冷静になれない。

「…帰るわ、俺…」

今は話し合うべきじゃない。そう思って立ち上がった。

「待って先輩…!」

そして逃げるように花城の家を後にした。うつむいたままアスファルトが流れていくのを眺めながら学校に向かう。多分今頃花城はまた泣いている…。
くそっ、と呟いて、大きなため息を吐いた。

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