071


…御幸が不機嫌だ。
やけに静かで仏頂面だからすぐわかる。後輩たちもそれを察知して大人しいし、3年にも緊張感が漂って、今日はやけに食堂が静かだ。
一昨日の夜からこんな感じなんだよな…。ったく、なんか声掛けづれぇじゃねーか。

朝飯を済ませて着替え、無言の御幸と教室までやってくると、わっとクラスメイト達に囲まれた。夏休み中の甲子園のことだ。特に主将で大活躍だった御幸はもみくちゃにされる勢いで、御幸は困惑しながらも、だけどまだ煮えきらないような顔をしていた。


「なんかあったのかよ。」

昼休み、周りも少し落ち着いてからそう尋ねると、御幸は図星をつかれたようなばつの悪い顔になった。

「………。…別に」

ちょっと何か言いかけるように迷った末、御幸はそう呟いた。

「別にじゃねーよ!昨日からうじうじうじうじ鬱陶し―んだよ!」
「……。」
「なんかあったんだろ。吐け。」
「…うーん」

御幸は頬杖をついてそっぽを向き、不機嫌に呟いた。

「…喧嘩した」

俺は目を丸くした。

「は?誰と。」
「……はなしろ……」

数れた低い声で、弱弱しく御幸が呟いて、うーんと唸りながら組んだ手の中に顔を埋めた。…こんなふうに落ち込んでんの、珍しすぎる。しかも花城さんと喧嘩って…全然想像つかねーけど…ヤバイ、何ちょっと喜んでんだ俺。

「へー…。…なんで?」
「……。」

平静を装って尋ねると、御幸は驚いたように俺を見た。

「…なんだよ」
「いやめちゃくちゃ笑われてざまあみろとか言われると思ったから」
「い…言わねぇよくだらねー」

確かにいつもの俺ならそれが自然かも…。平静を装ったあまりかえって不自然になっちまった…。

「で?お前何したの」
「…俺が悪い前提かよ」
「違うのかよ」
「…わからん…」

あーもうやだ、と机の上に項垂れて、しばらく死体のように静かになって、御幸はちらりと俺を見上げた。

「…一緒にきて」
「は?キモ…どこにだよ」
「キモイとかゆーな!…花城の教室」
「は!?…なんで俺が行くんだよ」
「一人で行くのこわい」
「何したんだよお前」

いつも平気な顔で相手の神経を逆なでするこいつがこんなに凹むなんて。一体どんな喧嘩したんだ…
花城さんが怒ってるとこなんて、全然想像できないけど…




***



「花城、今日は休みですよ。」

2年の教室の前で東条が言った言葉で、御幸は青ざめて言葉を失った。

「なんで?風邪?」
「体調不良って先生は言ってましたけど…」

その御幸に代わって俺が尋ねると、東条は首を傾げた。

「え…どうかしたんですか?」
「こいつ花城さんと喧嘩したんだってよ」
「え?」
「おい。ペラペラ言いふらすな。」

御幸は俺を睨んで、じゃあいいや、と東条に言い、踵を返した。教室に戻るらしい。

「お前のせいで休んでるってこと?」
「……。」
「お前何したんだよ?」
「…何もしてねーし…」
「じゃあなんで学校休んでんだよ。」
「…うるせーな知らねーよ!」

御幸が声を上げて、俺はムカつくよりも驚いた。御幸がこんなふうに声を荒げるなんて初めて見た。御幸自身も、そんな自分に驚いたように一瞬固まった。

「…電話してみれば?」
「……。」
「それかメール」

何助言してんだ、俺…。そう思いながら御幸の顔を見ていると、御幸はしばらく考えるように沈黙した後でつぶやいた。

「いや…放課後家行く」
「え!?会いに?」

そこまですんの?

「顔見ねーとうまく伝わらないこともあるし。」
「……。」
「つーわけで夕飯前ちょっと出かけるから」
「…あっそ」

「あ!こんにちはー!」

元気な声がしたと思ったら、向こうから歩いてきた鷹野が俺と御幸を見つけてぺこりと頭を下げたのだった。体育会系特有のさっぱりした挨拶に、俺も御幸も反射的に「おー」と返事をした。

「あっ、もしかして光ちゃんですか?今日おやすみなんですよ」
「知ってる。さっき東条に聞いた」
「あ、そうなんですか。なんかさっきメールしたけど返事まだなくて。心配ですよね」
「……。」

黙り込んでいる御幸に気づき、鷹野は目を瞬いた。

「どうかしたんですか?」
「こいつ花城さんと喧嘩したんだってよ。」
「え!?」
「今日休んでんのそのせいかもな〜」
「へぇ〜…」
「…うるせーな」
「何で喧嘩したんですか?」
「……。」

鷹野の無邪気な質問に、御幸は頑として口をつぐんだ。

「ぜってぇ言わねーのこいつ」
「お前が言いふらしそーだし」
「どーせお前がなんかやらかしたんだろ」
「何もしてねーよ」
「ヒャハハ。家にまで謝りに行くくせに」
「そういうわけじゃ…」
「え!光ちゃんち行くんですか?」

すると鷹野が突然声を上げたので、御幸も俺も言い合いをやめて鷹野を振り向いた。

「…行くけど?」
「えっじゃあお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
「…何?」
「私光ちゃんの配布物預かってて今日光ちゃんちに行かないといけなかったんですけど、部活があるから遅くなっちゃうんでどうしようかと思ってたんですよー!だから代わりに持って行ってもらえませんか?」
「え……」
「なんだよ?いーじゃんどうせ行くんだから」

苦い顔をした御幸に突っ込むと、御幸は煮えきらない顔で「うぅん」と唸った。

「いいってよ。」
「え…いいんですかね」
「いいよな御幸?」
「はい…」
「ほらな」
「じゃ…じゃあお願いします!今持ってきます!」

何をそんなに渋っているんだか。家に行くついでじゃねーか。
俺はそう思ったけど、御幸はいつまでも困ったようにそわそわしていた。

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