073


夜、御幸が浮かない顔で帰ってきたのを見て、どこか安堵のような…喜びを感じてしまった自分を嫌悪した。
けど、わざわざ会いに行ってもうまくいかなかったなんて、この喧嘩は相当根深いらしい。一体どうして喧嘩になったのだろう。それを考えると、初めてモヤモヤして寝付けない夜を迎えた。試合前の高揚感で眠れないのとはまた違う、スッキリせず気分の悪い夜。
花城さんと御幸に何があったのか…。御幸にも聞き辛いと思うのは、自分に花城さんへの下心があるから…。

「…チッ」

結局朝方まで眠れず、ごろごろベッドの上で寝返りを打って、静かな夜を過ごした。



***



…そして用もないのに生徒会室の傍の自販機に来てしまう俺…。
しかも今日二回目。花城さんの様子を見たいからって、こんな…結構ギリギリじゃね?
御幸から奪いたいなんて、まさかそこまでの気持ちはない…と思うけど…

…あ。

期待していたくせに、生徒会室の前に花城さんの姿を見つけると、ぎくりとした。あー、会っちゃった…。って、俺がわざわざ来たんだけど…。

「あ…こんにちは…。」
「おぉ…ちわ」

花城さんもどこかぎこちないと思うのは気のせいだろうか。それに、なんか、元気がない…?

「…じゃあ、失礼しま…」
「…あ、あのさ!」

え?と花城さんが俺を見上げる。その透き通った瞳に、心臓がドキドキ言い始める。

「怪我…大丈夫か?」
「え?…あ、捻挫ですか?もう全然…」

大丈夫ですよ、と花城さんは手を振って見せた。

「本当に気にしないでください。倉持先輩は助けてくれたんですから」
「けど、怪我させたのは俺だし…」
「違いますよ。ぶつかっちゃっただけです。私が飛び込んでいったから…。それに先輩が来てくれなかったら、私…」
「……。」
「…だ、だから、本当に気にしないでください。ありがとうございました、本当に。」

…もう何度も聞いた。気にしないでくれって。気にならないと言えばうそになるけど、でも、今それを掘り返したのは、ただ引き留めたかったから…。

「…御幸には…何も言ってねーの?」
「……。」

花城さんは顔に影を落とし、俯いた。

「……。…なんで秘密にすんの?」
「秘密…っていうか…。責任…感じちゃうかもしれないし…」
「感じりゃいいじゃん。実際御幸のせいでもあるんだからよ」
「…御幸先輩は悪くないですよ」
「悪いわけじゃねーけど…原因の一つだろ」

花城さんは叱られて落ち込んだように俯いた。あ…違う、責めたいわけじゃ…。

「そ…、えっと…、だから…」
「……。」
「俺が御幸だったら…話してほしいと思うし…」
「……。」

…って俺は何言ってんだ…!御幸だったら…って、俺と花城さんが付き合ってたら…って意味と同じ…。あーもう、口が滑って…

「でも…今更…。もう、あの人…はいないし…解決したから…」
「……。まぁ…いいけど…」
「……。」
「なんか…凹んでるように見えたから。なんかあったのかと思って」
「……。」

花城さんは少し驚いたように俺を見たけどすぐにまた落ち込んだように俯いた。

「…御幸先輩から何か聞いたんですか?」
「え?」
「…聞いたんですよね。」
「いや、何も…聞いてねーけど」
「……。」

花城さんは疑いのまなざしで俺を見た。や、やばい、御幸が俺に花城さんの愚痴でも言ったと思ってんのかな…。

「なんか…喧嘩したとか…」
「……。」
「いや、御幸がすげー落ち込んでたからよ…。でもそれだけだぜ!詳しいことはあいつ何も言わねーし」
「……。」

やばい、俺、火に油を注いでしまったのか…?そもそも喧嘩の原因の見当もつかないのに。

「えっと…あいつ、何かしたの?」
「……。」

花城さんは口を噤んだまま俯いて、そして…じわり、と目に涙を浮かべた。

「……!?えっ、あの…だ、大丈夫?」
「……。」
「は、花城さん……」

どうすりゃいいんだ…!女子が泣いた時の対処法なんて俺は知らねーぞ!!

「違います…。」
「へ?」
「…私が…。……。」

花城さんは涙を拭って、言葉に詰まった。人目を気にするように涙を隠してうつむいた花城さんに俺は狼狽え、周りを見渡して、生徒会室のドアに手をかけた。

「な、中入るか?」
「……。」

こくん、と花城さんは頷き、俺が開いたドアをくぐって、俺たちは生徒会室で二人っきりになった。

「で…何があったの?」
「……。」

花城さんは鼻を啜って、潤んだ赤い目で俺を見上げ…ちょっとにらんだ。

「…御幸先輩からはなんて聞いてるんですか。」
「え…いや!マジで何も…喧嘩したとしか」
「……。」
「本当だよ。ペラペラ言いふらしたりはしねー奴だから、あいつ」
「……。」

花城さんはうつむき、ばつが悪そうに黙り込んだ。

「……。」
「…で?」
「……でも…人に相談するようなことじゃ…」
「…誰にも言わねーよ、俺」
「わ、わかってますよ…倉持先輩口硬いですもん」

……。俺って結構信用されてるんだ…。…嬉しい。

「でも、本当に…二人の問題なので…」
「……。」

…そうだよな。俺は部外者…無関係。首突っ込んでいい問題じゃない…
それに花城さんは、他の男に軽々しく頼るような、軽い女じゃない。

「まあ…言いたくないならいいけど…」
「……。」
「…じゃあ、あいつが何かしたとかじゃないんだ?」
「御幸先輩は何も悪くないです。むしろ…」

花城さんはそう言い切って、乾き始めていた目をまた潤ませた。

「私が悪いので…」
「…なんで?」
「…とにかく、そうなんです」

花城さんは鼻を啜り、目元を拭って涙を乾かそうとした。

「…御幸先輩の代わりに…私に話聞きに来たんですか?」
「…ん!?」
「御幸先輩が落ち込んでたから?」

待て待て…何か誤解してる!なんか俺が御幸の親友でめちゃめちゃ友達想いの奴みたいに思われてる!いやでも…本当のこと…花城さんに下心があるってバレるよりはいーのか?なんか嫌だけど…

「まあ…あいつが凹んでるなんて珍しいし」
「……。」
「あいつの為ってわけじゃないけど…」
「……。」
「……。」

……じゃあ何のためだって話だよな…!そうだよな…!!でも、口が裂けても花城さんが気になるなんて言えるか…!

「……。…御幸先輩…本当に何も言ってなかったですか?」
「え?…お、おう、本当に何も言ってないぜ」
「…本当に?」
「え…なんで?例えば?」
「……。…別れたい…とか…」

え…。それって、どういう…。
てっきり御幸が花城さんを怒らせたんだと思ってたけど…違うのか?

「い、いや…言ってないけど…」
「……。」
「つーか、ありえねーって。あいつ花城さんのこと…」
「……。」
「マジで…好き、だし…」

御幸の話なのに、顔が熱くなる。花城さんが俯いていて、目が潤んでいてよかったと、こっそり顔を背けて思った。
すると予鈴が鳴って、あ、と花城さんが顔を上げて涙を拭う。

「…すみません。失礼します。」

今度こそ俺は引き留めずに、部屋を出て行く花城さんを見送った。って…結局御幸の肩持っちまったし…。何がしてえんだ、俺は…。

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