074
「御幸はプロ行くんだろ?」
寮での朝食中、同級生にそう話を振られ、俺は首を傾げた。
「拾ってくれるとこがあるなら。」
「うわっウゼェ!めちゃめちゃスカウト来てるくせに」
「まー御幸はもう安泰だよな…」
「あ〜俺進路どうしよ、行きたい大学なんてねーよ」
アホか、野球選手に安泰なんてあるかよ。
「希望とかあんの?」
「まーできれば都内…関東圏内がいいかな」
俺が答えると、ナベが「あぁ」と納得したように頷いた。
「花城さんもいるしね。」
「あ!そうか!遠距離になって別れちまえ!」
「北海道か九州行け!」
「……。」
好き勝手言いやがって…。でも、確かにそれは心配していたところで…。花城と遠距離になったら…想像がつかない。今だってぎくしゃくしてるのに、遠距離で続けられんのか?俺はともかく、花城が…婚約の問題もあるし…
俺…花城といつまで付き合ってられんのかな…。つーか今の関係で、付き合ってるって言えるのか…
「野球選手で高校からの彼女と結婚とかひとつのステータスだよね。」
「いやどうせなら女子アナとかアイドルとか…」
「バッカその辺の芸能人より花城さんの方が可愛いじゃん」
「まー確かに」
「あ〜別れねぇかなぁ〜!」
「オイ…」
***
だから別れるとか別れないとか、今はシャレにならないんだって…。
花城と話をしなきゃ…俺の気持ちは…別れたくない。でも…
「お、久しぶりだな。」
「え…」
懐かしい声で顔を上げた。そこには、本当に懐かしい…哲さんの姿があった。
「哲さん!お久しぶりです。」
「ああ。」
「どうしてここに?」
「大学はまだ夏休み中でな。今日はオフだから、実家に寄ったついでに…」
そこまで言って、哲さんは懐かしそうに目を細めてグラウンドの方を見た。
「なんとなく見に来たくなってな。」
「そうですか…。」
本当にこの人は、いつでも真っすぐで…迷いがない。
哲さんの周りはすっきりさっぱりとしていて、自分の中のモヤモヤも少し払われる気分だ。
「花城とはどうなんだ?」
「ぶっ…」
と思ったら、まさしくそのモヤモヤの中心を突然突かれて、俺は噴出した。
「どうした?」
「い、いや…。まぁ…はい」
「今も続いてるんだろ?」
「一応…」
「一応?」
目を瞬く哲さんに、俺は驚くほど、打ち明けることに抵抗がなかった。
「哲さんは…知ってますか?花城の家のこと…」
「あのデカい屋敷のことか?」
「まぁ…はい。花城、すげーお嬢様じゃないですか」
「そうだな。」
「だから…俺に付き合う資格、あるのかなって…」
む、と哲さんは眉を寄せ、怪訝そうな顔をした。
「何を言ってるんだ?花城がお前を選んだんだろう」
「……。」
「それ以上の資格なんてあるか?」
「…だけど…」
「俺もその資格が欲しかったよ。」
「……え…」
それって…やっぱり、哲さん…
「でも俺は、秋大の決勝で…お前を見ていた花城の顔が忘れられない」
「……。」
花城…。その時、俺の怪我を心配して泣いたって…。
誰かの怪我を心配して泣くなんて…相当強い気持ちがなきゃ…そうそうない…よな…?
「だが…迷ってるなんてお前らしくないな。」
「え…」
「俺が覚えているお前は、いつだって前しか見ない。一度決めたことはやり遂げる男だ」
「……それは…買い被りすぎですよ」
「そんなことはないぞ。立派な主将だったよ…本当に」
「……。」
ふ、と口元が緩んで、泣きそうな気分になった。哲さんにそう言われると…嬉しい。
だけど俺は、本当にその期待に応えられているだろうか。俺は…俺が一度決めたことは…
花城に、この初恋を叶えるって…。そう、約束した。
それなのに俺は…。
「…ちょっと…すみません。行くところが…」
「そうか。またな。」
哲さんにぺこりと会釈をして、俺は踵を返した。
そして駆けだしてから気づいた。何してんだ俺。今花城に会いに行ったって、家にいるかどうかもわからないし…また急に家に行くなんて、困らせるだけだろ。
俺は焦る心を落ち着かせながら足を緩め、だけど立ち止まることはできずに軽い駆け足のまま携帯電話を開いた。花城に発信し、耳元に呼び出し音が鳴り響く。しばらく鳴り続けて、出てくれないかと思い始めた時、ぷつんと呼び出し音が途切れた。
『…もしもし…?』
花城の声…。
「もしもし…俺だけど」
『……。』
「ごめん、話がしたい。今から行っていいか?」
『え…。』
電話の向こうで戸惑った声が聞こえた。さすがに急すぎたな…俺、焦って飛び出しちまって…俺らしくもない。
『私今…学校だけど…』
「…え!?マジ?」
花城がかすかに笑った気配がした。俺もつられて少し心が軽くなった。
「じゃあすぐ行く。生徒会室?」
『う、うん…』
「待ってて。」
俺は電話を切り、また駆けだした。
***
「花城!」
生徒会室のドアを開けると、パイプ椅子に座っていた花城が弾かれたように顔を上げた。
「…走って来たの?」
「…いい運動」
息切れしている俺に歩み寄る花城は、甘い花のような香りがした。多分俺は汗臭い。
「それで…話って…」
「うん…えっと…」
俺は息を整えて、きちんと花城を見つめた。
「俺…卒業したら、プロ入りすると思う」
「……。」
花城は目を瞬き、少しうつ向いた。
「先輩なら…なれるよ。頑張って…」
「それで。まだどこの球団かわかんねーから、どこに行くかもわかんねーんだけどさ」
「…?う、うん」
「もしかしたら北海道とか…九州とか…遠いところに行くかもしれないけど」
「……。」
「これからも…俺の彼女でいてくれる?」
「……。」
花城は口を噤み、少しはにかんだ。
「うん…。」
…ほっと胸の奥が穏やかになった。それから俺は、花城の手を取った。花城は微笑んで手を握り返してくれた。
…この恋を絶対かなえよう。どうすればいいかなんて、わからないけど…。花城を大切に、大切にしよう。
花城に、素早く顔を近づけて軽いキスをすると、花城はちょっと目を丸くして、愛くるしく微笑んだ。
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