075


「今日ちょっと遅くなるから」

朝学校に向かう途中、御幸がそう言った。

「え?なんで?」
「デート♡」
「……、え…仲直りしたの?」
「まあな〜」

…って…なんだこの胸の痛みは…

「…結局喧嘩の原因って何だったんだよ?」
「ひ・み・つ♡」
「チッ…気持ちわりィ言い方すんな」
「はっはっは」

なんだかすごくがっかりしている自分がいる。あぁもう、なんでこんな気分に…嫌になる…



***



「あ…こんにちは。」

ガコン、と自販機が音を鳴らした。俺は、ちわ、と返事をしながらファンタを拾い上げた。
花城さんはちょっと恥ずかしそうにはにかんで、俺に代わって自販機に歩み寄った。この間俺の前で泣いたことが恥ずかしいようだ。

「…そーだ、仲直りしたんだってな。」
「あ…。は、はい…」
「良かったな。」

自分でも驚くほど感情のこもっていない言葉だった。だけど花城さんははにかんで、はい、と笑った。

「で、でも…」

待て…余計なこと言うな、俺。彼氏の友達という立場で出しゃばるな……

「来年から…大変だな」
「え?」
「ほら、遠距離になるかもしれねーし…」
「……。」
「御幸に目ぇつけてんの、九州の方の球団だし…」
「……。そうなんですか。」

ふっと花城さんは微笑んだ。予想を外れてその反応は、残念そうでも寂しそうでもなかった。

「倉持先輩は来年どうするんですか?」
「え?俺?」

また予想外の質問…。俺のことを聞かれるなんて。まるで御幸と離れることを、全く心配してないみたいに…

「俺も一応…いくつか声はかかってるけど」
「え!すごいですね。」
「まぁ…まだわかんねーけどな」
「でも、じゃあ、プロを目指すんですね。」
「そーだな…大学なんて無理だし」

俺の頭じゃな。それに、経済的にも…まぁ別に行きたくもないけど。

「頑張ってください。」

花城さんはそう言って女神のように微笑むけど…きっと他意なんてない、社交辞令なんだろうなー…

「…花城さんは大学とかもう考えてんの?」
「え?……。」

きっとすごい頭のいい大学とか行くんだろうな…と思いながら尋ねると、花城さんは急に苦々しい顔になって首を傾げた。

「私は…。まだ全然…考えてないです」
「そうなの?花城さんならどこでも狙えるだろ。」
「そんなこと…。」
「何言ってんだよ。ずっと学年トップじゃん。生徒会だってやってるんだし…余裕で推薦貰えるだろ」
「……。大学は…行かないかも…」

え?

「……なんで?」
「あ、いや…あの…まだ迷ってて。色々…。」
「……。」
「すみません、失礼します。」

そう言って花城さんは、素早くミネラルウォーターを買って足早に去ってしまった。…どうしたんだろう?




***




「御幸いないか?」

夕食前くらいになって、麻生がきょろきょろしながら食堂にやって来た。

「今日はデートだってよ」
「…はぁ!?あー!もー!早く別れねぇかなぁ〜!!」
「もうすぐ1年だから、もう結構続いてるよね。」

意外だよね、と笑うナベちゃん。ナベちゃんも意外とか思ってたのか…

「門田先輩みたいなパターンですぐ別れると思ってたのに!」
「お前それ門田先輩ディスってね?」

でも確かに…御幸は主将も正捕手も4番も勤め上げて、誰よりも忙しくて、精神的な負担も多かったはず。なのに…花城さんとも続いてるなんて。花城さんモテるし、正直俺も、そのうち別れるんじゃ…ってどこか期待してた…。

その時、ガラッ、と食堂のドアが開いて、俺達は一斉にその人物に注目した。

「ん?」

大注目を浴びた御幸は、目を丸くして呟いた。

「帰ってきやがった、男の敵が…」
「え…何?」
「花城さんとどこ行ってきたんだよ!」
「何で知ってんの?」

御幸は驚きもせずそう言って、俺を見て「あ〜」とにやけた。

「倉持言いふらしただろ〜やめろよ僻まれるじゃん」
「僻んでねー!!」
「一緒に映画観てきた♡」
「ハァ!?この…自慢しやがって…!!」

はっはっは!といつものように大きく笑い飛ばし、御幸は麦茶を汲みに行った。

「御幸お前、花城さんのこと汚してねーだろうな!?」
「なんだよ汚すって…」
「花城さんは女神なんだよ!人間が付き合うこと自体罰当たりなんだぞコラ!!」
「こいつ去年告ってフラれたくせにな!な!」
「うるせえ黙ってろ関ィ!!」

はあ?と御幸は鬱陶しそうに、だけど可笑しそうに言って、悠々と麦茶を飲んだ。

「お前ら人の彼女のこと気にしてる暇あったら自分の彼女作れよ。」
「なんだと!!?」
「簡単に言いやがって!!」
「イケメン死ね!!!」
「はっはっは!」



***



やばい。最近気づくといつも、花城さんのことを考えてる…。
このままじゃまずいって。花城さんは御幸の彼女…叶うわけねーのに…
悔しいけど御幸は顔も良くて…ムカつくけど頼もしくて…性格が悪い以外非の打ちどころがない。その性格だってどうせ、花城さんには優しいんだろーし…
あーもう…なに付け入る隙なんて探してんだ…!んなもんねーって…

俺は財布を引っ掴み、モヤモヤを振り払うように教室を出た。御幸はどこかに…多分花城さんの所にでも行ってるんだろう。引退して花城さんとよく一緒に過ごしているようだ。上手くいってる証拠だ…。

「あ…。」

そして中庭で、二人の姿を見つけてしまった。人気のない校舎の影の階段に座って、何か話している。御幸が何か言って花城さんが頷き、御幸を見上げる。…何を話してるんだろう。花城さんが笑った。御幸、なんて言ったんだろう…。なんて言えば、花城さんは笑ってくれるんだろう…。

……あ……。

御幸が花城さんを見つめ、スッと顔を近づけた。おい、待てよ、うそだろ……



二人の顔が重なる直前、俺は堪らず駆けだした。




***




「花城さーん、先輩が呼んでる!」

クラスメイトの声で顔を上げた花城さんは、俺の顔を見て疑問符を浮かべた。

「…倉持先輩?」

どうしたんですか?と目を瞬く花城さん。本当、どうしたんだろう、俺。

「ちょっと話があるんだけど…いいか?」
「?はい…」

花城さんは俺の気持ちなんて想像もついていない顔できょとんと頷くと、俺の後についてきた。
階段を上り、屋上の入り口、誰もいない階段の踊り場にやって来る。

「あの…。」

薄暗いこの場所にまで来ると、さすがに花城さんは少し警戒するように、俺と少し距離を保ったまま立ち止まった。

「どうしたんですか…?」
「……。」
「…話って?」

「…好きです。」

花城さんの宝石みたいな瞳が揺れた。

「…え?」
「……。」

次第に顔が赤くなって、目が俺から逸らされる。俺も顔が熱くて、だけどずっと焦っていた。

「……。…私…御幸先輩と…」
「わかってる。」
「……。」
「…伝えたかっただけだ」

黙り込む花城さん。その動揺が浮かぶ顔を見て、これで俺を意識するようになればいい、と思った。気まずくなろうがどうしようが、花城さんの心の中に踏み込んで、興味を惹きたかった。

「……。…じゃあ」

言うだけ言って、俺は逃げるように階段を駆け下りた。
花城さんは黙ったまま、俯いていた。

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