008


「お、花城さん」

睡魔に襲われそうな昼下がりの休み時間。窓の外を眺めていた倉持が呟いた。

「どこ?」
「グラウンド」

男二人、窓に張り付いてグラウンドに集まる体育着姿の女子たちを見つめる。花城の姿はすぐに見つかった。遠目にもわかるほど美人だからか、俺が意識しすぎだからか…。

「……。」
「ヒャハハ、お前真剣に見過ぎ。」
「うるせー」

からかわれたのを誤魔化して席を立つと、倉持もついてきた。

「D組の大野、花城さんに告ったらしいぜ」
「へぇ…」
「フラれたってよ。」

…何安心してんだ俺。関係ないのに。

「花城さんモテるよなー。」
「ま…可愛いし」
「お前もそう思う?」
「実際可愛いじゃん。」
「まぁ…」
「スタイル良いし…」

言いかけて、この間見た花城の姿が脳裏に浮かんで、掻き消した。あの白い太もも…背伸びをする、滑らかな体の曲線。少し上がった顎と、白い首筋…。不意に思い返すには刺激が強すぎる。

「…スタイルぅ?な〜〜にヤラシー目で見てんだよ!」
「はっはっは…男の子だも〜ん」
「お前巨乳派だったろ?」
「いや?微乳には微乳の良さが…」
「やめろテメーの性癖なんざ聞きたくねぇ」

お前が聞いてきたんじゃん、と言いながら、自販機でそれぞれジュースを買って、教室に引き返す。

「…じゃーお前花城さん狙い?」
「狙いってなんだよ。」
「好きなんだろ?」
「別にそーいうんじゃないけど…」

…そもそも、誰とも付き合う気はない、って言われちゃってるし。

「でも可愛いよな〜花城ちゃん♡」
「ヒャハハ、まーな…」

あ、と倉持が口を噤んだ。何だ、と倉持の視線の先を見ると、今絶賛敬遠中の女子…伊藤さん一派がこちらを見て立っていた。やべ…なんとなく後ろめたい。あんな振り方をした手前、他の女子を可愛いと言ってるとこを見られるとは。あっちは悪い気しかしないだろう。

「…あーあどーすんだよ。」
「どうするって…別に俺悪いことしてねーし」
「うっわ最低」

倉持は俺を小突き、やれやれと呆れた。



***



「…あ〜〜〜〜」

麻生が珍しくグダグダしているのを、2年達は何事かと目を丸くして見た。調子のいい奴だけど、あまり怠ける奴ではない。

「花城光と付き合いてぇ〜〜〜」
「……。」

…なんだ。ただのぼやきか。

「いや…あの子は無理だろ…」

苦々しい顔で小野が言うと、うがあ、と麻生が唸り、増子先輩かよ、と倉持が突っ込んだ。

「大野が振られたらしいし」
「なんだよ!俺より大野のほうが上だってのかよ!?」
「…残念ながらそうだ」
「大野はイケメンだし」
「女子から人気じゃん」
「サッカー部だし」
「な!な!」
「おい!野球のどこが悪ぃんだ、アァ!?」

「そもそもお前、花城さんと話したことあんの?」

倉持の質問に、麻生はぐっと言葉に詰まった。

「マジかよ話したこともねーのにお前…」
「いやでも感じるんだよ!何か!」
「ヤベー奴の思考じゃん」
「マジだって!」
「例えばどんな?」
「え、ろ…廊下とかで目が合うし…」
「ぶっww」
「ヒャハハハストーカーのセリフじゃねーか」
「そりゃ目ぇ合うだろ、お前が見てんだから」
「な…なんだよ!クソッ!」

麻生はウーロン茶をヤケ酒のように煽った。

「つーか花城は誰とも付き合う気ないんだってよ。」

そう呟いて麦茶を飲み、やけに静かになったなと皆を見ると、全員ぽかんとして俺を凝視していた。

「…何?」
「いや…なんでそんなこと知ってんの?御幸」
「本人が言ってたからだけど?」
「は!?」
「お前花城さんと仲良いの!?」

皆の反応が面白くて、俺はついつい調子に乗った。

「はっはっは、まぁそれほどでも〜…」
「それほどでもじゃねェよ!調子にのんな!」

倉持にチョップをかまされた。まあ確かに、仲良しというわけではない。むしろどっちかというと嫌われてるっぽい。

「で、花城さんはなんて!?」
「今好きな奴とかはいないってことか!?」

しかしそれよりも麻生たちは花城の情報を少しでも知りたいようで、恥を捨てて俺に縋りついてきた。

「好きな奴はいないみたいだけど」

よっしゃあ!!とガッツポーズをする麻生たち。

「そもそも興味ないし、くだらないとかも言ってたな」
「……。」

麻生たちは血の気を失った顔で固まった。

「…女ってよく興味ないとか言うけどよォ、マジ理解できねーよな」
「確かに、男で興味ない奴はいないからな」
「男は告られりゃ、とりあえず可愛い子なら付き合うよな」
「それはお前だけだろ」
「だって彼女だぜ!?彼女!!」

麻生が席を立って熱弁し始め、落ち着けよ、と小野に嗜められた。

「実質女の体を好き放題できるんだぞ!!」
「ヒャハハ童貞の発想ww」
「なんだよお前も童貞だろ!!」
「結局ヤりてぇだけじゃねーかww」
「男なら当たり前だろ!!」
「つーかそれってつまりお前…花城さんでそういう妄想してんの?w」

ピクリ、と眉間に力が入った。

「身の程知らずww」
「う…うるせーな!!」
「いや…花城さんは相当そういう妄想されちゃってるだろw」
「同じクラスだったら間違いなくオカズにしちゃうね」
「なんか色気あるよな?」
「色白だから乳首はピンクだな」
「下の毛薄そうだよな〜w」

「…おい!やめろよ」

グラスをテーブルに置いて口を挟むと、思ったより大きな音が響いてしまって、自分でも驚いた。だけど俺を振り返った麻生たちは、監督に怒鳴りつけられた時のように硬直していた。

「…疲れた。寝るわ」

何ムキになってんだ俺。誤魔化すように席を立ち、一人で部屋に戻った。
あんなエロトーク、いつものことなのに。女子がいない男だらけの寮では特に。
でも…花城を好き勝手されているみたいで、すごくイラついた。大切なものを汚されたような。特別なものを軽んじられたような。
その気持ちの根源が何なのか、少し考えてみたけど――思いついた答えはとんでもなく厄介なもので、まさかな、とはぐらかした。

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