077
寮に戻ると俺は、ぼーっとしていた。
さっきの出来事がまだ夢のように頭の中に残ってる。花城…可愛かった…。
するとそこへ、聞きなれた声が響いた。
「ヒャハハ!バッカだなお前」
「なんですと!!もっち先輩だってさっき…」
「倉持」
沢村をからかいながらやってきた倉持を呼び止めると、隣の沢村が俺の顔を見て緊張をにじませた。やべー…顔に出てるかな、怒りが…
「話がある。」
そう言うと倉持はまるで心当たりでもあるかのように、「別にいいぜ」と返した。
二人で寮を出て人のいない土手まで歩いてきて、俺は倉持を振り向いた。倉持はなぜか堂々と、俺を睨み返してきた。
「何の話か分かってるよな。」
俺がそう切り出すと、倉持は目も逸らさずに言った。
「わかんねーよ。はっきり言え」
「……。お前…花城に告ったんだって?」
あぁ…、と倉持は悪びれもせず頷いた。
「そのことか。で?」
「で?じゃねーよ。お前わかってんだろ、花城は俺と付き合ってんだよ」
「だから?」
「…人の彼女に手ぇ出してんじゃねーっつってんだよ」
なんでこいつ、こんな堂々としてやがるんだ…自分が何したかわかってねーのか?
「別に手なんて出してねぇよ。言いたかっただけだ」
「…ふざけてんじゃねーぞ」
「ふざけてもいねー。それとも何、俺に奪われるかもって心配なのかよ?」
「なワケねーだろ」
「じゃーほっとけ。別にいいだろ、勝手に好きなだけだから」
「…いいわけねーだろ!」
まさか倉持がこんなことを言うなんて。一体いつから…花城はあの通り可愛いし、モテるのは十分承知してる。男ならみんな好きになると思う。でも…まさか倉持が行動に移すほど本気になるなんて。
あのプールの時は既にそうだったのか?それとも、それがきっかけ?あの日…二人が一緒にいるところを見てやけにモヤモヤした。あの光景を思い出すと今も妬ける。でも…花城は俺に、体を許してくれた。倉持に告られたこともちゃんと話してくれたし…その事実が今、俺の心に少し余裕を持たせてくれていた。
「俺ら、別れる気ねーから…今後花城に近づくなよ」
「知るか。テメーの指図なんざ受けねぇよ」
「は?お前…」
「花城さんが苦しんでたこと…何も知らねぇくせに偉そうなこと言ってんじゃねーぞ!!」
「…何の話だよ」
「テメーのせいで花城さんはずっと苦しんでたんだよ!!」
倉持の謎の自信はそこから湧いてきているらしいことが分かった。俺の知らない二人の関係があるのか…?まさか…
「花城さんはな…ずっと伊藤にいじめられてたんだよ!てめーのせいでな!!」
「……伊藤?」
その名前を聞いて、しばらく考えて、去年少し揉めた伊藤さんの存在を思い出した。確か、今学期の頭に退学処分になったはず…
「やっぱり何も聞いてねーんだな」
「……。」
「花城さん…俺にも言ってたぜ、お前に絶対言うなって」
「……なんで…」
「お前のせいでいじめられてんだ…お前が責任感じると思って黙ってたんだよ!」
「……。いじめの件なら…知ってたよ」
「あ…!?」
「けど…去年の話だろ?髪切られたって…」
「…ハァ!?」
倉持が怒りに目をギラギラさせて、俺の胸ぐらをつかんだ。
「どういうことだよそれ!?花城さん伊藤に髪切られたのかよ!?」
「え…なんだよそれ、そのことじゃ…」
「ちげぇよ!!俺が言ってんのは…伊藤が宮口使って花城さんを襲わせようとしたことだよ!!」
「…は…?」
宮口って…伊藤と同時期に、退学になった…あの?
1年の頃から問題起こして…血の気が多くて、同級生からも距離を置かれてた…
「マジで何も知らねーんだな…」
「……。」
倉持は乱暴に俺から手を放し、睨んできた。
「襲わせたって…どういうことだよ…?」
俺の声は震えていて、倉持が答えるまでの時間が嫌に長く感じた。
頼むから、何もなかったと…無事だったと言ってくれ、と、胸の奥で繰り返し願った。
「…たまたま俺が見つけて…無事だったよ。指一本触れさせてねぇ」
「……。」
よかった……。俺は安堵の息を吐き、それまで息を止めていたことに気づいた。
「けど俺は…正直お前に腹が立って仕方ねぇ…」
「……。」
「伊藤はお前を花城さんにとられた腹いせで暴走した。最近伊藤がお前に色目使って…不審だったのに…お前は気づきもしねー」
「……。」
「黙って耐えてる花城さんをほっとけなかった…俺ならこんな目には遭わせない」
倉持…俺が思ってたよりずっと、本気で…花城のこと…
けど…俺だって譲る気はない。
「…けど…花城は俺と付き合ってんだよ。お前がどんだけ納得いかなかろうがな」
「……。わかってるっつってんだろ。でも、俺は好きにやらせてもらう」
「お前な…」
「選ぶのは花城さんだろ。」
夜風が俺たちの間を吹き抜けていった。
俺たちはしばらく睨み合って、そのうち倉持が舌打ちをこぼし、踵を返して去っていった。
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