079


この間から御幸と口をきいてない。
沢村達が俺と御幸の険悪な雰囲気を感じ取って気を遣っているのも分かるが、今は和解なんてする気になれない。
花城さんを振り向かせたい…。もう高校3年の秋。俺には時間がない。

今日は文化祭で、学校内には音楽が流れ、たくさんの来校者と生徒でにぎわっている。
御幸はクラスのシフトが終わるとすぐに教室から姿を消した。彼女とデートでしょ、と女子が噂している。
あの二人が付き合ってるのは学校内でも有名だ。二人とも目立つし、モテるし、…お似合いだから。美男美女カップル、なんて言われている。
俺は立ち上がって、受付当番の女子に声をかけた。

「休憩もらうわ。」
「あっ、うん。ありがとね倉持〜」

俺はシフトよりも余分にクラスに留まって手伝いをしていた。御幸とシフトがかぶっていて、一緒に切り上げたくなかったからだ。
財布だけポケットに突っ込んで教室を出て、適当に昼飯を済まそうかと屋台を眺めながら歩いていると、見慣れた背中を見つけた。御幸だ。隣にはもちろん、花城さんがいる。二人はクレープの屋台に並んでいて、花城さんはにこにこ嬉しそうで…。花城さんも御幸もクレープを買って手に持って、俺はモヤモヤした。御幸の奴、甘いモン苦手な癖に。花城さんの前だと無理して食うのかよ。
御幸の横顔を睨んでいると、こっちに踵を返した二人が俺に気が付いた。あ…つい見すぎちまった。

「……。」

何となく気まずい沈黙が流れる。この間花城さんに告白した。花城さんはそれを御幸に言ったようだ。それは別にいい。それくらいは覚悟してた。でも、御幸とは幾度となく喧嘩してきたけど、こんなに気まずく思うことは今までなかった。

「…行こう。」

口を開いたのは御幸で、花城さんの手を掴んで俺の横を足早に通り過ぎようとした。その時…

「光ちゃん!!」

駆け寄ってきた男が、花城さんの腕を掴んだ。

「やっと見つけたー!久しぶり!!」
「え…」

目を瞬く花城さん、げっ、と顔を歪める御幸。俺も驚いて目を点にした。その男は稲実の成宮鳴で、あとからカルロスと白河、そして多田野も追いかけてきた。

「…おい、離せよ」

俺への苛立ちを引き摺って不機嫌な顔のままの御幸が低い声で言うが、成宮は全く悪びれない顔で御幸を見た。

「お前こそちゃっかり光ちゃんと文化祭回ってんじゃねーよ!」
「なんでだよ。俺らの勝手だろ」
「あのなー!俺みたいに光ちゃんとデートしたい男はいっぱいいんの!同じ学校でチャンスが多いからって抜け駆けすんじゃねーよ!」
「はあ…?つーか、俺ら付き合ってるんだけど。」
「ハァ!?まだ言ってんのその冗談!!」

怒鳴り返した成宮だったが、言い争う二人を窺う花城さんが何も言わないのを見て、ちょっと青ざめた。

「…え……もしかしてマジで……付き合ってんの?」
「だから、そうだって言ってんだろ。」
「ウソでしょ光ちゃん!!俺光ちゃんの口からきくまで信じないから!!」

成宮に両肩を掴まれ、花城さんは目を瞬いた。

「…本当ですけど…」
「……!!!」

がくっ…、と成宮はその場に膝をついた。後ろで聞いていた多田野まで白くなっている。

「い…いつの間にー!!一也のバカ!!アホ!!軟派男!!」
「人聞きの悪いことを大声で言うな。」
「光ちゃん!!考え直して!!」
「おい、もういい加減にしろよ。」
「嫌だ!!」

はあ?と鬱陶しそうにする御幸に対し、成宮の顔は真剣そのものだ。

「だって俺が最後に光ちゃんに会ったのは去年の秋なんだぞ!!こんなの不公平だろ!!俺だって光ちゃんにもっと会えてたら…!」

…確かに…俺も悔しい気持ちはある。もっと早く花城さんへの気持ちに気付いてたら…とか、もっと早く気持ちを伝えていたら…とか。成宮も本気で花城さんのことが好きなら、学校が違うというだけで会う機会がなくて、次に会ったときにはもう御幸と付き合ってた…なんて、悔しくてたまらないだろう。

「…光ちゃん、チャンスをちょうだい。」
「え…?」
「俺にも光ちゃんと仲良くなるチャンスをください!」

花城さんの顔が赤くなった。ここまで直球にアプローチされたら、さすがにモテモテの花城さんでも照れるらしい。

「それでも一也の方が良いって言うなら、諦めるから。」
「……。」

潔い成宮の言葉に、御幸もあしらうのをやめた。

「だから、今日一日は俺と…」
「ちょっと待てよ。」

それまで黙っていたが、俺は進み出て行った。チャンスなら俺だってほしい。

「何?…お前…倉持だっけ?」
「俺も花城さんと文化祭回りたい。」

御幸、成宮、カルロス、白河、多田野。全員がぽかんと言葉を失って俺を見た。

「……はあ?いきなり出てきて何なの?…つーかお前は光ちゃんと学校同じだろ!今日じゃなくても良いじゃんか!」
「こういうときでもないと無理だと思って。」

成宮は俺を睨んで、だけど自信ありげに笑った。

「…しょうがねーな。いいよ。でも、選ぶのは光ちゃんだぜ?」
「わかってるよ」
「じゃあ光ちゃん!選んで!俺とコイツ、どっちと今日一緒に過ごしてくれる!?」

花城さんは俺と成宮を交互に見て、申し訳なさそうに唇を開いた。

「えっと……御幸先輩……」

「……。」
「……。」

ぷっ、と後ろで白河が噴出した。御幸はにやけて勝ち誇った面で俺たちを見下してきた。

「そうじゃなくてー!今日は一也は無し!俺でしょ!?光ちゃん!こんな目つきもガラも悪い奴と一緒に歩きたくないでしょ!?」
「オイ…」
「俺の方が顔も良いし!野球センスもあるし!なんたってプロ入り確実ドラフト注目の天才ピッチャーだからね!!」

その通りだけど、コイツムカつく。

「何か勝負して決めたら?」

そのとき、野次馬していたカルロスがそう提案した。勝負?と俺と成宮は振り向く。

「勝った方が光ちゃんと過ごせるっつーのはどうだ?」
「……。」

成宮はしばらく考えて、尊大に腕を組んだ。

「いいよ。面白そうじゃん。お前は?」
「俺もそれでいいぜ。」
「お前ら勝手に…」

「ちょっといいか?」

するとそこへまた別の男の声が割り込んできた。振り向くと、白い詰襟制服の男が3人…そのうち真ん中に立っていた、端正で涼しげな顔の金髪の男が進み出てきた。誰だ…?えらいイケメン…

「光臣?なんでいるの?」

そう言ったのは花城さんだった。え…知り合い?
つーかあの制服、超金持ち進学校の白栄…。…そういや前に、花城さんに白栄の彼氏がいるって噂が立ったことがあったっけ。まさかこいつが…?

「俺もその勝負に参加したいんだが。」

男の言葉に、花城さんは見たことないほどあどけなく恥ずかしそうに顔を顰めた。

「な…何言ってるの?面白がってるでしょ!」
「まあな。」
「ふざけないでよ!もうあっちいって!皆と遊んできなよ」

男の背中をぐいぐい押し、他の白栄生の友達と共に追いやる花城さん。こんな取り乱した姿は初めて見る…。

「いや。本当に勝負したいと思ってるんだけど。」
「え?……。」
「来年は受験だし。光ともほとんど会えなくなるだろうから」
「……。」

え…。え……!?どういう関係!?

「ちょっと!黙って聞いてればお前なんなの!?光ちゃんとどういう関係なのさ!!」

ひたすら戸惑う俺の隣で、成宮が疑問を代弁してくれた。男は涼しい顔で俺たちを見た。

「俺は花城光臣。光の従弟で…」

ちら、と顔を見合わせる光臣と花城さん。

「…それだけだ。」
「…はぁ?従弟ぉ!?家族ならいつでも会えんだろ!」
「俺は寮生活だし、学校も違うからほとんど会えないのは一緒だ。」
「……。…つーか、何?従弟なのに光ちゃんのこと好きってこと!?」
「……。」

光臣は静かに花城さんを見た。

「…まあ、救済措置みたいなものだ」
「は?」
「俺が勝てば、ただ身内と過ごすだけのことだ。光も彼氏も安心だろ。」
「……。」
「いや、つーか、その前にいいなんて一言も言ってないんだけど」

御幸が突っ込んだ。花城さんはその御幸に手を掴まれたまま、同意するように御幸を見上げた。

「なら、お前も勝負に参加すればいいんじゃないか。」

すると光臣は飄々と言い返す。

「相変わらず偉そうだなお前…少しは先輩を敬え」
「…え?コイツ年下?」
「そーだよ」

あまりにも尊大な態度で顔立ちも大人っぽかったから同級生だと思ってた。しかし、驚いた俺に頷いた御幸に、花城さんが不思議そうに眉を寄せた。

「…御幸先輩、光臣とそんなに仲良かったっけ…?」
「……。」
「……。」

なぜか御幸も光臣も「しまった」というように無表情で顔を見合わせた。

「……まあ……うん…」
「……。それより、何の勝負で決めるんだ?」

二人は咳払いでごまかし、光臣はさっさと話を変えた。

「決まってんだろ!平等で公平な運試しの一発勝負…」

成宮は自信満々に拳を突き出した。

「じゃんけんだよ!」

「……。」
「……。」
「……。」

俺と御幸と光臣は若干拍子抜けして顔を見合わせた。

「いい!?一発勝負だからね!」
「望むところだ」
「ったくなんで俺まで…」
「……。」

「いくよ!じゃんけん……」

俺たちは同時に、拳を振り上げた。

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