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「御幸先輩!」

花城が光臣と中庭へ行ってから30分もしないうちに、花城から連絡が来て、校舎前で待ち合わせをした。
花城は嬉しそうに頬を綻ばせて駆け寄ってきて、抱き着くような勢いだったのを寸前で恥ずかしくなったように俺の腕につかまった。一瞬、その表情に影が垣間見えた気がしたけど、俺を見上げた花城の笑顔は眩しくて、俺もつい頬を緩めた。

「もう大丈夫なの?」
「うん。光臣、友達の所に行ったから。やっと先輩と一緒に…」

花城は言いかけて、やっぱり恥ずかしそうに頬を赤くしてはにかんだ。

「じゃ、行こう。」
「うん。」

そうしてやっと、ゆっくりふたりで過ごせる喜びに胸が躍った。

「どこ行く?」
「ミスコン見に行こう!」
「ミスコン?」
「司が出るの。」

意外な提案に驚いたけど、なるほど、あの子が出るのか。それにしても、最近までは「司ちゃん」って呼んでたと思うけど…あっという間に仲良くなったんだな。

「いいよ、行こうか」

そうして俺たちは体育館に向かった。

「花城は何で今年は出ないの?」
「……。」

はにかみを堪えた顔で俺を睨む花城。

「去年も出たくなかったのに、先輩が無理やり…」
「それで優勝できたのに。もったいねーことしやがって」
「だって先輩は優勝じゃなかった…から…」

あ…、と赤くなって、花城は顔を背けた。

「…へえ〜、だから辞退したの?俺が優勝しなかったから?」
「ちが…、もうやめて!」
「はっはっは…いや〜照れる…」
「うるさいなぁもう…!」

「ひゅーひゅー」
「ラブラブだね〜おにーさんおねーさん」

体育館の入り口に差し掛かった時、そんな声が俺たちを引き留めた。振り向くと、そこには…

「り…亮さん!?」

純さんと哲さん、増子さんもいる…。懐かしい先輩たちの姿に、嬉しいやら恥ずかしいやら。

「来てたんですか。」
「来ちゃ悪い?」
「そ…そんなこと言ってないじゃないですか。お久しぶりです」

相変わらずだな亮さんは…やりづらい。

「倉持から面白いこと聞いてさ。」
「え?」
「ミスコン。春市出るんだろ?」
「あ〜…みたいですよ」

それでここに来たのか。小湊も災難だな。
苦笑いする俺をよそに、亮さんは花城に視線を移した。

「ラブラブだね。」
「まだ言いますか…」

花城は顔を赤くして俯いてしまった。

「哲も久しぶりに会うんじゃないの?」

亮さんが振り向くと、哲さんは真剣なまなざしで花城を見ていた。だけどすぐに微笑みを浮かべて、頷いた。

「…ああ。久しぶりだな。」
「…お久しぶりです。」
「元気そうだ」

哲さん…花城への想いは吹っ切れたんだろうか。

「さーて楽しみだなぁ〜。弟の晴れ舞台。」

亮さんはうきうきした様子でスマホを片手に体育館に入って行く。写真まで撮る気か…小湊頑張れ。
純さん達も楽しそうに後に続いていく。その後に続いて、俺と花城も体育館に入った。

「お前らもちろん春市に投票するよね?」
「ダッハッハッハ!鬼だな亮介!」
「何言ってるの?俺は純粋に弟を応援してるだけだよ。」
「優勝者は全校生徒の前で踊るんだぜ〜?公開処刑だろ!」
「……。」
「去年の哲の踊りは傑作だったぜ!」

盛り上がる先輩たちを前に、人混みに紛れて、俺はこっそり花城の手を絡めとった。花城は頬を赤くして俺を見上げ、はにかみ笑いを堪えて前を向く。手はしっかりと握り返して、少し俺に寄りかかって。
まるで俺たちの周りに見えない壁ができたみたいに、花城の存在以外のものが遠ざかっていく。
そして、できるだけ長く、こうしていたいと思った。

その俺を現実に引き戻したのは、聞きなれない男の声だった。

「…あれ!?君、花城光さん?」

咄嗟に手を離して振り向くと、一人の中年の男が目を丸くして花城を見ていた。先輩たちも声に気付いて振り返る。
花城には見覚えがないようで、困惑気味に眉を寄せ、俺を見上げた。だけど俺は、なんとなく男の顔に見覚えがあるような気がした。誰だっけ…?

「あ!失礼しました。僕、こういう者です。」

男は名刺を取り出し、花城に丁重に差し出した。
花城が受け取ったそれを俺も覗き込む。そこには、『芸能プロダクションFuga 三谷彰』と印字されていた。
…そうだ!こいつ、去年俺と倉持に声を掛けてきた…

「1年間あなたのことを探していました。」
「え…?どうしてですか…?」
「去年の文化祭で、あなたが出場したミスコンの映像が話題になったことを知りませんか?」
「……。」

花城はただただ困惑して首を傾げる。

「もしかしたら今年も出るんじゃないかと思って来たんです。会えてよかった!」
「……。」

花城はぽかんとして、首を横に振った。

「…今年は出ません」
「え!?もったいない。…まあでも、いいか…、あの、今少しお話しできませんか?」
「えっ?…困ります」

花城が拒絶をあらわにすると、男は慌てた。

「ああ!もちろん無理にとは言いません。お時間があるときにでも。心配なら保護者の方を呼びますか?」
「……。」
「お願いします!少しだけでもお話を…」
「…なんですか…話って…」

男は周りの注目が集まってきたことを気にしながら、唇を舐めて、真剣な目で花城に訴えた。

「あなたをうちの芸能事務所にスカウトしたいんです。」

花城は少し言葉を失った。周りの野次馬が騒がしくなり、花城は俺の腕に掴まった。

「…む、無理です。行こう、先輩」
「あ、おう…」
「あ!ちょ、ちょっと待ってください!」

男を振り切って、俺と花城は体育館を出て、校舎裏の方に逃げた。校内に詳しくない人間なら、体育館を出たところの雑踏で道を見失うだろう。
人気のない校舎裏に出て、俺たちはやっと立ち止まった。

「…良かったのか?話聞かなくて」
「……。…意味、ないもん」
「意味ないって?」
「だって卒業したら、私…」

花城は唇を閉ざして、泣きそうな顔をした。

「…今日はもうやめよう、この話…」

せっかくの文化祭。卒業後のこと…花城の婚約のこと、今は目を背けていたい。花城の気持ちは痛いほどわかった。だけど俺は決めたんだ。なんとかして、花城とずっと一緒にいる道を探すって…

「花城。」

俺は花城の手を取って、花城をじっと見つめた。
不安に揺れる青い瞳が俺を見上げる。透き通った、どこまでも澄んだ瞳。
堂々と花城を守ると言えるように…来年、1年で結果出して、花城を迎えに行く。光臣と結婚する前に。…それしかない。

「…御幸先輩?」

不思議そうに俺を見つめ返す花城に、今は微笑んで、行こう、と手を引いた。

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