086


「あと一日だね、テスト」
「そうだなー」

中間テストの中日、少し光の顔を見るために、放課後に呼び出した。
そして、途中まで送ると言って、いつもの帰り道を一緒に歩いた。

「先輩、今日は途中まででいいから」

いつも途中までと言って家の前まで送るからだろう、光は念を押すように言った。

「何で?」
「姉が来てるから…先輩のこと、お父さんに告げ口するかもしれないし…」
「…ふうん」
「…ごめん」

俺が気分を害したと思ったのだろう、光は悲しそうに謝った。

「気にするなよ。わかってるから」
「…うん…。」
「お姉さん、いつまでいるんだ?」
「わからない…留学帰りで大学はしばらく休みみたいだし…」
「ふーん…」
「姉がいる間は、あの小屋にも来ちゃだめだよ。」
「え」
「光臣とか屋敷の人たちは遠慮してくれるけど、姉は私のものも自分のものだと思ってるから」
「……。」

光臣もあの小屋に来たけど…。…というのは置いといて。
やっぱり、姉との仲はあまりよくなさそうだ。
それにしても、あの小屋も使えないとなると…本格的に事に及ぶ場所が……ない。

「先輩?」
「いや…何でもない」

まさかそんなこと光に言えないし。さて、どーするかな…

「…はぁ」

光は小さくため息をついた。姉のことが気がかりなんだろうけど、それを差し引いても、なんだか元気がないように見えた。前にもこんな様子の時があったような。なんだっけ…?

「あ、先輩、もうここで…」

いつも帰りに寄るコンビニの前で、光は立ち止まった。

「…わかった。」
「また明日ね。」
「またな。気を付けて。」

うん、と頷いて、光は帰っていく。
…コンビニ前じゃさすがにキスできない。
ちょっと消化不良のような物足りない気持ちで踵を返して数歩歩いたところで、たったったった、と軽い足音が背中を追いかけて来て、俺の腕を引っ張った。

「うわ、…どした?」

何かと思えば光が戻って来たのだった。光は少しの間俺の腕に掴まって、あっさりと離した。

「…何でもない。驚かせただけ」

じゃあね、とまた踵を返す光の手を引き留めた。

「…ちょっとその辺歩く?」

そう尋ねると、光はうつ向いたまま、小さく頷いた。



***



川沿いを歩き、土手の下に降りた。何も言わずとも、俺たちは人目のない場所を目指していた。
橋の下に入った時、まるでそこが目的地だったみたいに、コンクリートの上に並んで座った。

「……。」

光はまた小さくため息をついて川を眺めていた。

「腹減ってない?」
「…大丈夫」

光はそう答えた後で、思い出したように俺を見た。

「先輩は?」
「俺は平気だよ。」

…本当は空いてるけど、どうせ寮の食事の時間まではまだあるし。
だけど、光、こんなに落ち込んで見えるのに、俺に気を遣うのか。逆だろう。今は俺に甘えてくれればいいのに。

「…何かあったの?」

そう尋ねると、光は唇を開きかけ、言葉が浮かばず諦めたようにまた唇を閉ざし、しばらく沈黙した。

「…帰りたくない…」

そして、やがて、ため息とともにそう呟いた。

「お姉さんがいるから?」
「…うん」
「何、怖い人なの?」
「…うん」

冗談のつもりで聞いたのに、光は悲しそうな顔で答えた。

「すごく怖い…」
「……。」
「…会いたくない」

光は膝を抱えて、そこに口元を埋めた。

「光臣が庇ってくれるけど…それも…不安で」
「…なんで?」
「光臣がいないと、なにもできなくなっちゃう。…光臣がいないとき…どうしたらいいかわからなくなるのが、怖い」

光の姉がどんな人物なのか、俺はわからない。見たこともないし、光から聞いた話だけでは、全くつかめない。

「ごめん…こんな話して」
「え…いや、…話してよ。光、全然自分のこと話さないから…愚痴でも嬉しいよ俺は。」
「……。」

光は俺を見上げ、手を伸ばしてきた。俺はそのまま光を受け入れ、抱きしめた。

「…もう帰る。」

光はやがてそう呟いて、体を離した。

「大丈夫なのか?」
「うん。イリスも心配だし、もう光臣も帰ってると思うから」

また光臣。光を支えてくれてるらしいとはいえ、さすがに妬ける。

「じゃあ帰る前に…」
「え、…」

顔を近づけると、光は気づいたように頬を赤くした。そして俺は一思いに、久しぶりのキスをした。
柔らかな唇を自身の唇で挟んで撫で、吐息を感じた。本当はもっとしたいけど…
唇を離すと、光は赤く色づいた唇を舐めた。

「行こう。」
「…うん。」

手を繋いで、俺たちは土手を上がった。

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