089
屋敷に戻ると、光希が玄関ポーチで待ち構えていた。
俺に掴まって歩く光を見るや否や、掴みかかる勢いで向かってきた光希の腕を掴んだ。
「やめろ。光は体調が悪い」
「関係ない!!あんた今までどこにいたの!?もう門限過ぎてるのよ!?」
「やめろ光希!」
「レベルの低い高校になんか行くからこうなるんだよ!品のない制服着て!!こんなくだらないモノつけて!!」
「あっ…!」
光希は光の鞄についていた白い犬のストラップを引きちぎって奪い、床にたたきつけた。
「身に着けるものはちゃんと選びなさい!!こんな安っぽいモノ、恥ずかしいから持たないで!!」
いいかげんにしろ、と怒鳴りつけそうになって、堪えた。光希は大声で諫めても逆に勢いを増して激高してくる女だ。
「明日には大学の寮に戻る予定だろ。荷造りは済んだのか?」
「アンタが勝手に決めたことでしょ!!私は戻る気ないから!!ここは私の家でもあるんだよ!!」
「お前の家じゃない。」
興奮して吊り上がった目で、光希は俺を睨んだ。
「花城家次期当主とその婚約者の家だ。俺と、光の家だ。光を敬えないなら出て行ってもらう。」
「…敬う!?こんな…グズの妹!!妹とも認めたくない奴を敬うわけないでしょ!!」
「なら出て行け。」
「悪いのはコイツでしょ!!」
「出て行け。」
「……!!こんな家!!こっちから出てってやるよ!!」
光希が階段を上がっていき、自室に閉じこもった。床に捨て置かれた犬のストラップを光は拾い上げ、俺はその光を促して階段を上がった。光の部屋のドアを開けると、そこは荒らされ、ベッドやカーテンや机の上がめちゃくちゃにされていた。
「あの…光希様が…。す、すぐ整えます。」
追いかけてきた使用人が慌てて部屋を片付けようとするのを横目に、俺は自分の部屋に光を促した。幸い俺の部屋にまでは手を出さなかったらしく、いつも通り整えられた部屋に光を入らせ、椅子に座らせた。
光は疲れ切って涙のにじむ顔でうつむいた。
あの男に…抱かれてきたんだと思う。川沿いの道で見つけたとき、光の様子と御幸一也の顔を見て悟った。
光はふらついていて、歩くのが辛そうだ。…痛むのか?
「…風呂は?」
尋ねると、光は少し目が覚めたような顔で俺を見上げた。
「あ…。…入る…」
「じゃあその間に、着替えと食事を用意させる。」
「…ありがとう」
光は呟いて、立ち上がり、ふらふらとバスルームに入っていった。
***
光が風呂から上がり、俺の部屋に運ばれてきた食事を二人で食べた。
そのさなか、ガチャン!とガラスが砕けるような音が部屋の外から聞こえた。光は肩を竦め、光希の部屋の方が騒がしいことに気づいて、不安そうに青ざめた。
「…気にするな」
「……。」
光は俺の顔を窺うように見て、食事をつづけた。
夕食を終えて俺は風呂を済まし、部屋に戻ると光は着替えてベッドに座っていた。
部屋の明かりを消し、俺もベッドに座ると、光はベッドに入った。無防備さに腹が立ち、切なくなる。光にとって俺が信頼できる人間であることが、嬉しくもあり、辛くもある。
「…寝ないの?」
じっとベッドに座っている俺の背中に光が尋ねた。
「…寝るよ」
俺は答え、ベッドの端の方に横になった。
「……。何?」
光がこちらに顔を向けているのを感じながら聞くと、光はしばらく何も答えなかった。焦れて光の方を見ると、光の目と視線がぶつかった。横たわる無防備な顔と、襟元に覗く白い肌…胸の谷間。いつの間にか女性の体つきになった光。ずっと昔から、美人ではあったけど。
「光臣って…」
「……何。」
「…何も聞かないよね」
「何を?」
「…遅くなった…理由とか…」
そんなこと…聞かなくても分かった。光の口から聞きたくない。あの男と何をしていたかなんて…
「…帰りたくない理由はわかるしな」
「……。」
「でも、遅くなる時は連絡しろよ。」
「…うん…ごめん…」
光が身じろいで、布団がこすれる音がした。
「…光希がいなくなったら、光臣も寮に戻っちゃうの?」
どうしてそんな、残念そうな言い方。
「当たり前だろ」
「急に冷たい。」
「はぁ?」
光を見ると、光はじっと俺を見つめていた。
「結婚するのは…変な感じだけど…光臣と一緒に暮らしていけるならいいかも」
「…馬鹿じゃないのか」
「ひどーい」
馬鹿だ。光は。俺がどんな気持ちで光を見ているかも知らないで。
だけど俺は、光を幸せにしてやりたい。結婚式では光の希望をすべて叶えて、光の笑顔を見たい。この家での生活も、光が笑顔でいられるように…そのために俺は何ができるだろう。
「…おやすみ光臣」
「…おやすみ」
光が目を閉じて、しばらくして寝息が聞こえてくると、俺はベッドを抜け出した。光の肩にきちんと布団をかけ、しばらくその美しい寝顔を見つめた。
あの男は、光のこんな無防備な寝顔は知らない。俺だけ…俺だけが知っている光の姿。
そんなことを思って、優越感を感じて安心している自分に少しうんざりした。
それから、窓辺のソファに横たわって目を閉じ、俺は眠りについた。
prev next
Back to main nobel